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何を言ってるんだ、と思った。
頭上のひよこは、何やら、不穏な空気を小鳥なりに察したものか、
プルプルとしている。いや、これは寒さゆえか。
魔力の。凍えるかのような、冷える魔力の螺旋が、
渦を巻き、じわり、じわ、じわり、と。
強風のごとく、風のまにまに、カインのほうへと吹き付けてくる。
……正直、気持ち悪い。
あのときの、女の。
(あの素っ裸女レベルじゃねぇ……)
息苦しかった。
すっかり、倒れる寸前にも成り果てている。
足を引きずり落とされ、両膝を、
地面につけた。
これは、カインの魔族としての本能であり、
不可抗力である。
バクバクと痛みさえ感じる心臓、
過呼吸ではと疑わんばかりの、酸素欠乏。
あからさまに激しい魔力の本流に、
カインは翻弄されていた。
(くそ……、糞ガキが……)
それでも、罵倒はしない、我慢をするという
理性だけは、かろうじてカインの脳みそには残っていた。
次第に、四足の獣のように、倒れこむ形になった。
途端、魔界の王とか自称する、ガキンチョの波状攻撃の魔力の波が
途絶えた。
顔が真っ青状態のカイン、調子を整えながらも、
奴の顔を見上げようと仰ぎ見る。
すると、奴は。
「……ふぅ。
これでも、無反応か……」
何やらいい汗かいたみたいな顔をして、
ひよこのほうに近づいてきた。
となると、自然、カインの頭にも接近していることになる。
赤い目が、ギラリギラリと、変わらぬ輝きをしてみせながらも、
ひよこに話しかけている。カインはすっかり忘れられている。
これではまるで、ひよこが本体のようですらある。
「……仕方ない。
摘んで食べてやろう」
なんですと。
しかし、それはそれで、いいのかもしれない。
なんだかわからなこのガキンチョは、
頭のひよこに熱中しているようだ。
……なぜか、勇者だと思っているらしいが、
まあいい。ひよこをさっさと差し出してしまえば、
貧弱な魔族に用事などないであろうことは明白である。
カイン、しばし、そうして、どこかで既視感のあるポーズ、
女豹のポーズのままに、ただ沈黙を守ることにした。
何か、反応を示したら、こっちに興味を持たれる可能性がある。
(なんか知らないが、裏切り者とか言い腐ってたし)
ひっそりとしていることが、生き延びるための秘訣であろう。
カイン、息を殺し、そうして足腰に緊張を張り巡らせ、
いつでも逃げ出せるチャンスを伺う。
と、ひよこ。
の重みが、なくなる。
どうやら、ちびっ子に取られたらしい。
そうして、しばし、息を潜めていると。
「ぴよぴよぴ……、」
声が段々と遠のいて……、
(頭に骨が落ちてきたら嫌だなあ)
なんて、主人公の看板を遠くに投げ捨てる畜生なことを
考えているカインの情けない頭に、
さらなる嫌な予感を感じさせた。
大きな影、が。
カインがつぶさに見つめている、地面に。できたのだ。
(え?)
疑問視を、するまでもなかった。
「ぴ、ぎゃー、ぷぇー」
「ぐぇ」
ヒキガエルが潰れるような声が、カインの喉から飛び出てきた。
頭に何やら、重みを感じた、と思ったら、再び、
カインの顔が、地面と接近していた。
(あ、これ、めり込む)
実際、めり込んだ。
かなりのめり込み具合である。
(い、息が……)
それと、頭上の重み。誰かが、乗っている。痛い。
首が死ぬ。事実、人間であれば、普通に骨が折れているところなれど、
カインは安心設計の魔族である。少しだけ人間より丈夫に
できているので、これぐらいで骨折する心配はなかった。
しかし、息はしづらいのは否めない。
両手をバタバタと動かし、カインの首や頭を押さえつけてくる
謎の重みと格闘する羽目になった。
本当に死ぬかも、と涙目になる。物理的に息ができないのである。
土を食べながらも、咳き込みながら、それでも。
どうにか、こうにか。
脱出することに成功した。
がばっ、と両手に力をつけて弾みをつけ、面を持ち上げる。
「げ、ご、ふ、ごふ、げふっ」
そうして、重石のごとき荷物を取り除いて存分に酸素を取り込む。
涙目でそうして、周囲を見渡すと。
そこには、もうひとり。
女がいた。
「え?」
カインは、目元を擦る。
彼女は、旅装束の格好をしていた。
それも、
「チビ……」
「チビいうな!」
両手の拳を頭上にあげ、プリプリと怒っている。
キレているのは間違いない。間違いないのだが……、
対比するかのように、となりにいるガキンチョと同じ身長。
赤目の高位魔族は、何やら驚きの表情を浮かべている。
「なん、だと……?」
(……)
カインは、考えるのをやめた。
いずれにしても、厄介な問題が目の前に繰り広げられているのだ。




