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真っ赤な双眼に気付いたのは、カインではない。

ひよこであった。その手羽先を懸命に羽ばたかせて風を起こし、

魔族の毛を散らしていた。


「ぴよぴよぴよぴよ」

「なんだ、騒々しい……」


魔族の頭皮をしっかりと両足でつかみ、何やら喚いている。

カインはカインで、水を飲むのに忙しく、

また、腹八分目にも到達していないため、口元を拭きつつ、やや不機嫌になったが、

何もしなかった。所詮は小鳥である。それがいけなかった。


「ぴよぴよぴよぴよ」

「痛い痛い」

「ぴよぴよぴよぴよ」

「イタタ、わかった、わかったから……」


業を煮やしたひよこ、頭部を容赦なくツンツンクチバシで突っついてくる。

そのため、カインは胡乱げな視線を、黄色い毛玉から、

何やらサワサワと左右に揺れる草の先っちょに向ける。

先ほどから、風が強いなあ、程度にしか思わなかったのである。

確かめると、やっぱりざわめいていた、雑草地帯。

そこに、目がいった途端、

引きつくような声が、カインの喉から飛び出してきた。勝手に。

無意識といっていいだろう。条件反射的なものである。


「げえっ」


ついでに、金色の目玉も飛び出しそうである。

実際、飛び出してみたかった。全身で、後方に。

だが奴は、柔らかな少年の声で、カインの行動を一気に止めた。

さすが、高位魔族、といったところか。


「やあ」


素足のまま、野草を踏み出してきた赤目の魔族。

にこやかな笑みをその顔面に貼りつけながら、カインの前にやってきた。

見覚えのあるローブ姿のままであった。着替えていないらしい。


「ふふ、カイン。

 久しぶりだね」

「……」


呼んでない。しかも、久しぶりもなにも、つい二日前のことであるし、

名前も憶えられているようだ。他人のフリをしたくなった。

だが、そんなことお首にも出せない。

一度、出してみたら、確実にひねられるだろう。物理的な意味で。

想像するだに恐ろしいことである。

そもそもが、喋ろうにも唇が動かないので、そんな仮定も無意味であるが。

おまけに、潤ったはずの喉元が乾き始めた。やはり、

上の存在への緊張感は半端なかった。さすが、下っ端兵である。

距離を詰めてくる存在に、せめてもの抵抗で、足を後方へとずらすカイン。

少しずつでもいいから、こいつから距離を稼ごうと図る。これまた無意識であった。


「ふふ、なんだ、声も出ないのかい?

 おかしいな。君は随分と、シャイなんだね。

 以前は抵抗虚しく、僕の下僕になってたけれど。

 情けない姿だったねぇ」


アホか、と言いたいが、

高位魔族を前に、そんな失言で自死するわけにはいかぬと、

カインはゆっくり、じっくりと、後方へと片足を引いて、

大地を削る。硬い。土壌はぬかるんではいない。

水場であるが、寝られるほどに、しっかりとしたところは、以前のままであった。

ごくりと、息を飲む。

慌ててはいけない。じろり、と。奴の真っ赤な双眼を見据える。

本来であれば、してはいけない行為である。

下っ端どころか、高位以外の魔族はすべからく、

これらはしてはいけないことであった。魔界小学校の教科書にも書いてある、

基本的なことである。魔眼とは、それほどに恐ろしいもので、

なるたけ目にしないように、とのことは常識であるのだが、

幸いな、というべきなのか否か、たらりと冷や汗をかきつつも、

カインは、少年の目を直接見つめることができた。

一度かかったら、もうかかることもないからだ。

とはいえ、怖くない、といえば嘘になる。

あの夜のことを思い出し、肝を冷やす。

確かに、あの夜のカインは、無様で、ただひたすらに情けなかった。


カインの前にいるのは、高位の魔族。

あの、いけ好かぬ糞ガキであった。

しかも、残念なことに、元気そうである。


ふんわりとした金髪は相変わらず絹のようで、

薄暗い森、それも夕闇であるというのに輝いて見えるし、

唇は真っ赤で艷やか。頬は真っ白な貝殻のごとく純白で、

長い羅列のようなまつげは軽く伏せると、儚ささえ感じられる。

……その真っ赤な瞳と、ぞっとする天使のような

美貌さえなければ、の話だが。

いや、天上に住まうものと、この、魔族を比較するのは

可笑しいことだ。しかし、それぐらい、このガキんちょは、

美しい容姿をしていたし、確かに、あの女、が

母親であれば、この子供は生まれるだろう。このチビガキが、

嘘をついてさえいなければ……、

高位は皆、魔力に比例して美形ばかりである。

また、気まぐれも多い。

あまり、この少年の言うことなど、宛てにはならないのは、

よく理解しているカインであった。

なんせ、魔族も、上の存在は好き勝手できるものであるのだから。

だから、こうして、下っ端で、虫のごとく、

目に入ってもどうとでもしてしまうイモムシ以下の命なんぞ、

こういった高位魔族にとって、どうとでも良い存在のはずであった。

だから、好き勝手にやられる。

なぜならば、魔界の掟が実力社会であるからだ。

魔王が定めた、絶対の掟。

それは、魔王自身にも当てはまる。

ガキンチョは、性別は男である。

だからといって、容赦をすべきではない。

この子供、高位の魔族、であるのだ。

何をしでかすか、たまったものではない。高位は高位。別腹ではない。

慎重に慎重を重ね、注意を払うカイン。

先ほどから、丸分かりに逃げる算段ばかりをしているというのに、

わかっているのか、わかっていないのか……、

余裕な態度で、この少年、

赤く、宝石のような目を眇める。


「……ふぅん。

 あの人間はいないみたいだね……。

 なんだ。

 いると思ったけど……」


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