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過去と今。

食べられるものが落ちていないかと、

地面の上や、木々の枝にぶら下がっているものを

丹念に見ながらの水場探しであったが、

案の定、何もなかった。ペンペン草だけが生えている。

踏みしめながら、ため息をつく。

もうかれこれ、一時間以上は歩き通しである。

いくら丈夫が取り柄の魔族とはいえ、

さらなる収穫ゼロは気力が削ぎ落とされるばかりか、

頭上のひよこを食料にしてしまいかねない。

かといって、さすがに雑草は食べたくないし、

第一、煮炊きをするための道具を持ち合わせていない。

腹を下しそうだし、環境が悪い。八方塞がりであった。


しかも、獣の叫び声がどこかからか、聞こえるときたものだ。


(まずいなあ……)


いずれにせよ、水場への道のりは、遠かった。


(これなら、あのトンネルの向こう……、

 いや、やめよう)


また、あの糞ガキが出てきたら、たまったもんじゃない。

おかしなことばかりが起きている。警戒する必要があった。


(……なんでこの、冥土の森って、

 高位の魔族がちらほらと出てくるんだ……?)


首をひねりながらも、下っ端兵の魔族、

足音を消しながら、見覚えのある地を目指して、歩き出す。

運良く、方角だけは覚えている。

太陽大好きっこな性格が、こんなところで幸いした。


(ただし、ちゃんと戻れるかどうか……、

 ま、行けるだけ行くだけだ)


元々、使い捨てでしかない間引きの書の被害者である、

開き直ることだけは天下一品であった。

……すでに数え切れぬほどに、開き直っているが。





歩めば歩むほどに、少しばかり、

カインは郷愁に触れていた。

といっても、魔界のことではない。

第二の人格、ということについて、である。

恐らくそれは、第二、ではない。

かといって、第三、でもなく。


ぱちくりと瞬きを繰り返しながら、

心の中に潜んでいたはずのそれをまるで探ろうと、

私は、胸のあたりにさらっと触れる。

平らな胸襟。

かつては女でもあったし、今は性別不明である。

といっても、ほとんど男のようなもので、

恐らく、男を選ぶと思う。

妖魔の血族ではあるが、

正直、女であると面倒なことばかりが多く、

かえってアレの庇護が多くなるのではないか、という

懸念があった。


「ぴよぴよ」


頭上のひよこ、を撫でながら、黙々と歩む。

森の中は静かで、考えるにはうってつけの場所である。

運良く、獣の声も遠ざかっている。

かつて、認めて欲しい、と敬愛の念ばかりを抱いていた

過去を思い出していた。

……さすがに、かなりの昔の話であり、

姿、形。声でさえ、脳裏からはすっかり消え去っているが。


「あのお方は……」


口にすると、

やはりあの存在は、別格であると心が訴えている。

ひどく、体が軋む。

心臓が、引き絞られるがごとく、苦しい。息苦しくもなる。

本当は、なんて言葉、何度、繰り返したことか。

四肢が引っ張られて、バラバラになるほどに辛い。

泣きたい。そんな衝動にもかられそうになった。

……かつては、そうだった。メソメソしていた。

薄暗い部屋で、この過去と向かう子供の時代はとても辛かった。

誰にでも話せる内容ではなかったし、

両親は子供のことなぞ気にもしない、まさに魔族らしい

性格をしていた。ゆえに。


「……ふ……」


だからこそ、今は、鼻白んで笑ってやるだけであった。

過去は蓋をする。

でないと、カインという名前で、前進できないのである。


そうして、また、足を動かしていく。

何も考えないで丁寧に、見落としがないかどうか、食べられる

ものを探るために、周囲をしっかりと散策しながら進む。


紫の薄霧が、濃くなっていく。

時刻はすっかり、夕闇に近づいていた。






もしこのままであれば、私は死ぬだろう。

その最期、また、私は何を想い、見るのだろうか。

ふいに、再び去来する思いに浸った。

何度もそうして、蘇ってきた過去を反芻し、見直してきた。

飽きてきたら、もう、見返しはしないとばかりに、

そんな過去を忘れ、ただ、いっときの人生を生きた。

今生の別れとは、今の人格とオサラバすること。

私は、そうして、こうして、何度も何度も繰り返してきた。

バカみたいだと思われるだろうが、仕方のないことであった。

なんせ、本当に、しょうがないことであったから。

諦めることは、自分を守ることでもあった。

馬鹿にすることは、己のプライドを助けるためでもあり、

卑下することは、そうすることで、心を安定させたかったのだから。

必要なことだ。


「……お」


どれほどの距離を稼いできたのか。

もはや忘れてしまったが、

足の疲れが、それを物語っていた。

どかっ、と座りこむカインの前には、

かつての人間と一晩の眠りをした、

あの水場が、なみなみとその清らかな水面を小波立たせていた。

……やはり、過去を思い出すのは、

今の時間を忘れるのにちょうどいい暇つぶしだ、などと、

やはり魔族、魔族らしい便利な思考であると、

自分のことなのに、まるで他人のごとく考え、さっそく水を

口の中へと運ぶため、近づき腰を落とす。

顔を突っ込み、ごくごくと飲み込んでいくと、

疲れが吹っ飛んでいく気がした。

胃の隅々に染み渡る心地よさに、

だらしなく口端から水をたれながしてもなお、

野生の獣のごとく、恍惚とした表情で、

冷ややかな甘露をがぶ飲みする。一心不乱である。


……背後の茂みから、赤い瞳が光っていることも知らずに。

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