進むか、そのまま朽ちるか。
暗がりの中をひとりでいるのは何も、人間だけの特権ではない。
魔族にもあるし、むしろ馴染みぶかいものである。
ふいに、主人公らしからぬ感情に陥っていたひとりの魔族、
名前はカインだが、はたと立ち返り、何度も目をこする。
いつまでも郷愁に漂うのは結構なことだが、
こうしてぼんやりさんになっていても、どうにもならない
現実だけは、しっかりと待ち構えているのである。
頼みの綱は、愛剣忘れてどこかへアイキャンフライしてるし、
実はこの世にいないのではないか、と、惜別しかけた。
……とにかく、笑顔だけは素敵な人間は忘れることにし、
まずは飯の用意をせねばならぬと、足を動かすことにした。
いや、両足が動けるうちに、というのが正解、か。
このままでは、また眠るだけ寝るだけの野生生活になってしまう。
実際、すでに十万文字数は過ぎているというに、主人公はちっとも
主人公らしからぬものになっているため、もはや飯だけが
カインが行動すべき目標と定まっている。
ご飯がなければお菓子、といかないのが、
ぼっち魔族の辛いところ。
さて、頭がひよこの棲家に成り果ててしまったカイン、
薄暗い紫の霧が、本当の真っ暗になる前に、どうにかして、
食料確保せねばならぬと、どうにかこうにか、頑張る気概をみせた。
まず、現在の時刻、昼は過ぎた。
魔物は以前活発化傾向にある時間だ、
できることなら、朝方歩き回るほうが良かったのだが、
残念ながら、カインは腹の立つ相手と脳内で決闘をしていたため、
そんな場合ではなかった。しかも、所詮は想像力の戦い、とはいえ、
なぜか主人公のはずのカインは負けている。自分の頭の中でのくせして、
自分で自分を負かす、という器用なことをやってのけたカインは、
朝っぱらから憂鬱になった。
「……そもそも、勝てる見込みもないし…」
などと、自己嫌悪に陥る。
誉れある魔王軍所属の、人間からは恐れられる下っ端兵の割に、
シビアな現実に打ち負かされていた。
リーズ相手に尊大な態度をとっているくせして、
どこか抜けている、としか言い様がないが、
カインはしばし、放心状態になり、
昼。
今、となった。
住むところはもう、良い場所があれば、縄張り意識もバリバリに、
住んでやることは決めている。服だって、もはやクサイを通り越して、
不清潔で病気の心配をそろそろすべし、な時期にきているが、
飯だけは、どうにもならない。
それだけは、やはり、食べねば生きていけないので、
人間よりはいくらか丈夫とはいえ、やっぱり、先立つものはご飯なため、
どこかからか入手せねばならなかった。
カイン、いかにも面倒くさそうな顔をしながら、
とぼとぼと歩き出す。
頭にひよこをのっけつつ、
場合によってはひよこをムシャムシャ、なんて我がことながら、
恐ろしいことを想像しつつ、しっとり、ほっそりと、
魔物や魔獣に気づかれぬように、こっそりと、
冥土の森の中を歩き出す。
ここは、冥土の森の中でも、特に、木々が太く、盛り盛り成長している
森なため、見晴らしは良かった。いいが、カイン自身も丸見えに
なりやすいため、慎重に、しかし、どんなものも見落とさぬとばかりに、
食べられそうなものを、一つ一つ、丁寧に探る。
幸い、ここら一帯は、魔物と遭遇することもなく、
草の生い茂るところもさほどなくて、歩きやすいうえに、
突拍子のない化物の遭遇に悩まされることなくすいすい進めることに、
カインはなんとはなしに、最初は喜んでいたが、
だんだんと、何もない現状に苛立つようにもなってきた。
がっかりもした。
やはり、魔物や魔獣がいるところは、食べ物がある、
とそう認識すべきなんだろう、と考え始める。
肉食雑食、なんでも食べるであろう、野生の獣。
悪さばかりしでかす、魔族でさえも嫌っている魔物たち。
奴らは、水を欲する。
事実、奴らは水場を中心にして、ねぐらを転々とする、
ということもあるらしい。水は、すべての命をつなぐもの。
その水場の水を求めてはるばるやってきた、魔物を食べる魔獣だって
いるのだ、こんな、何もないところに、危険がないのはいいことだが、
だからといって、食べるものもない、というのは、望ましい状況ではなかった。
「水場、か」
水、ということで、頭に浮かんだのは、あの場所である。
そこは、強者であるリーズがいたからこそ、魔物の襲来がなかった
こともあっただろうが、飲める水があるのは幸いなことだし、
最後にやはり、口にできるのは、水であることは認識している。
末期の水。
喉はカラカラである。
もし、この干上がった砂漠のごとき、舌の上に、
なめらかに水滴が滑り落ちていったら。
なんと、甘露なことか。
想像するだけで、体が小刻みに震えだしそうになる。
カインは、すっかり背中が丸くなりかけている猫背を、
再び真っ直ぐにし、どうせ食べるものも何もないのなら、
あの綺麗な水の近くがいいだろう、と。
半ば、諦めもあるにはあったが、進むか、と決めた。
死ぬつもりはない。
だが、目標はあったほうが良かった。
ちゃんとたどり着けるかどうか。
それだけは最大の懸念ではあったが。
なんせ、いい加減に走り回ってここまでやってきた魔族である。
大した印も何もあったもんではない。
ヘンゼルとグレーテルであれば、確実に生き延びることは
できないであろう魔族、
生けるだけ、行ってみよう。そういうことにした。




