夢、幻、嘘、偽りと。
手首ではなく、上腕を使うことで疲れにくくなる。
ひとりぼっちで工夫できたのはそれだけだが、
以前よりも作業効率が上がったのは素晴らしい。
日がな、霞ばかり食べている仙人であっても、
学びが増えるのは喜ぶべきことであったし、
やることもなかったことだから、こんな、ちょっとした
変化でも人生に潤いも張りも出るというものである。
しばし、そうして、よいせ、よいせと、
小さく呟きながら、穴を掘る。
にしても、この仙人。
ずいぶんと、腕力がある。いや、握力、というべきなのか、
力、というものが、普通ではなかった。
人間ではないから、という理由で納得はできるが、
しかし、プリンを食べるがごとく、こうにもあっさりと
岩の塊をほいほい削れるものなのだろうか。
不自然である。
カインも、そう思った。
当事者であるが、夢の世界にいる自分であるのだから、
正直、どうだっていいことだが、
そんな小さなことが、引っかかった。
先端が丸っこい、主人公が手にしている掘削器……、どう俯瞰しても
スプーンにしか思えぬが、その丈夫さにも舌を巻く。
どんだけ頑丈なのだ。曲がりもしない。
「……」
夢の中の仙人は、無口なタチであるらしく、
自分が中にいるというのに、どうにも情報がつかめない。
風が、背後からふいに入り込むのを、素知らぬ態度で受け止め、
ずーっと、その作業を繰り返していた。
ちなみに、掘った土塊の後始末は、どうしているのかというと、
「……」
あれ?
これは、まさか。
カインは瞠目したが、しかし、どうにも、その腕は止まらない、
収まらない。口に運んで……、いくようだ。
勘弁してくれ、
と、たらりと冷や汗、ひるんだ、
そのときに。
光が、瞼の隙間に入り込む。
帯状の光であった。驚いて目を細める。
雲の間から、差し込むような、そんな、神々しささえ感じたが、
カインにとっては、それは、辟易とする事態であった。
第一、どこからこんなものがやってくるというのだ。
急激な光源の出現に仙人は顔をしかめ、
土くれの処分を諦める。
そうして、顔を両手で覆う。
どこからやってくる光なのかわからないのだから、
光攻撃から、眼球を守らねばならぬ。いたずらに目を大きく開けてしまうと、
いかに仙人だとしても、失明する可能性があった。
道術にいかに長けてようとも、下手なやりとりが、盛大な
失敗につながりかねない。ずっと、修行をしてきたという自負もある。
人を助けることは、やぶさかではないが、
こんな終わり方をするために、長生きをしてきたものではない。
反撃するでもなく、しばらくそうしていると、
光の波状攻撃も終わったようだ。
レーザービームのごとく、集中的に顔全体を
放射してくるそれがまた来たらたまらないと、
応対すべく、体の位置を壁際に避けようと、よろよろとした足取りで、
あるはずの横壁に、手を伸ばす。触れようとした。
しかし、そこにあるのは、凹凸のある、頑丈な岩ではなく。
つぶつぶの、どこか温もりさえ感じる、土壌。
はっと両目を見開き、その岩壁を確かめようとする。
土色。
目に飛び込んできた、懐かしい大地の色が、
そこにはあった。手の平がしっかりと掴んでいる。
「……は?」
カインは、思わず声に出すが、
「え?」
瞬く。
「何?」
気づけば、夢の世界は終わっており、私は、現実にはたと
立ち戻っていた。
なんだこれは。
呆然とする。
実際、カインは、これは夢の世界であることを認識していた。
だのに、なんだ、これは。
驚愕するしかない。
なぜ、うつ伏せ状態でいるのか。
そうして、どうして、見覚えのあるトンネルの中にいるのか。
さっぱり理解できないでいた。
そう、ここは、あのリーズから勢い飛び出して、たどり着いた、
野宿していたはずの所である。まさか、と疑念を持ちながらも、
ほっぺを摘む。すると、痛かった。やはり、痛覚がある。
ということは、やはり、夢ではない。
それに、懐にあるひよこ。
「ひよひよ」
鳴いている。
生きているようだ。
夢の世界では、存在しなかた、この小動物の気配がある。
カインは、取り出したひよこを事実確認したが、
現実であった。前髪をさっきから啄んでいるし。
事実であろう。
決して離さぬ、と言わんばかりに髪から嘴をぶら下げている
ひよこを、無言のままに頭頂部にのっけた魔族、
ほふく前進を開始した。
魔王軍所属としては、生まれて初めてのほふく前進であった。
恐らく、魔王軍としても、当代初の快挙ではなかろうか。
それぐらい、魔王軍という軍人は、
上位に頼りきっているし、個人プレーが多い。珍プレーも多いが。
「やっぱりな……」
愉快な頭のまま、呆然と、野宿の形跡を眺めた。
薪を集めて体を温める、なんて、野生の魔物が怖くてできないヘタレ魔族、
何がなんだかわからぬ頭を傾ける。
「あれは……、夢?
神の杖、とやらは、存在しなかった幻なのか?」
しかし、頭上でどっかりとしているひよこの温もりは嘘偽りではないし、
リーズと会話をした記憶もあるし、変な紳士と出会った覚えもある。
空中浮遊してたり、飛び降りる行為をしていたが、
そんなこともしっかりと記憶力にいささか自信のない魔族にも、
ちゃっかり記憶域に奴らの姿が刻まれている。
あまりにも嘘、なんて決め付けるにしては、現状が現状なだけに、
胃痛が刺激されてくる。それに、
「ぐ……」
腹は、減るのである。
ここは、ホームレスをしていい場所ではなかった。
貧弱なのに、誰かからモノをもらえるところでもない。
魔族の信条である、弱肉強食が跋扈する、
野生の化物が往来の、冥土の森であるのだ。
いつまでも、こんな、大木が並び立つ、
恐ろしい森にいたら、本当に強食されてしまう……。
腹部を抑えながら、魔族、それでもやはり、その場から
歩くことができないでいた。
腕についている、その土の粒も、そのままに、
足の底に付着している、岩粒も挟めこんだままに、
そうして、ぼんやりと、周囲の木々たちが、
ざわざわ、と、ざわめいているのを頭上のひよこと共に、
耳にしていた。周りの空気に囁く、梢がひそひそ話をしている
かのように感じた。
空は、いつの間にか、青空となり。
朝と成り果てていた。
立ち尽くしている合間も、紫が、天上を覆い始める。
疲れたのか、体は休みを欲していた。
カインは、自然と、その場にどかりと腰を下ろしていた。
未だ冷めやらぬ夢を見ているような、まどろむ目をして、
そのトンネルをじっと見据える。
なんら変哲のない、その穴を。
……赤ん坊は、生まれるために、産道を通る。
そのことを、念頭に、なぜかはわからないが、
その道の先をみていた。
「……あの光」
まさか、また。
しかし。
カインは、呆れるような顔をしてみせた。
頭をゆるく振るが、答えはいつまでも口の端にのせようとは、
思わなかった。がっかりもしたが、絶望も身にしみていたのだ。
カインという名前は嫌いであった。とにかく、嫌いである。
噛み締めるも、血は、出なかった。
そこまでする義理もないのだ。
あるのは、現実を見定めねばならない、という切実なもの。
とにかく、生きねばならないのだ。




