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足踏み×3

夜は夜で素晴らしかったが、

地平線の彼方から、にじみ出るようにして

顔を覗かせる太陽の輝きもまた、格別であった。

ここに酒があればなあ、なんて思いもしないでも

なかった魔族であったが、末期の酒にでもなったら

縁起でもないので、そこはぐっと我慢する。

第一、お酒などという高尚なものなんて存在しない。

不眠の魔族、淡々と金目を細め、刺すように入り込む、その、

白々と明けてきた光線のごとき光に、心震わす。

さあ、やらねばならない。

鼻息荒くも、早速、本日の人生プランをきちっと反芻する。


(まず、食べる。

 全部、食べる。

 そうして、崖を降りる。

 ようし、完璧!)


ガッツポーズをとっているが、どう考えても、

さっぱり安全面は推奨されないノープランである。

とはいえ、ほかに選べる方法なんて存在しない。

このまま神の杖にいても、空腹に苦しんで、

ひよこがただ犠牲になってしまうだけであるし、

毛玉の暖房がなければ、夜は凍えて魔族は死ぬ。

飢え、とは厄介なものである。

靴の底をかじってしまうほどに、苦しいものであることは、

魔族はよくよく引きこもっていた図書館での知識で知っていた。

実際、プライドでは食べられないことは理解している、

だからこそ、このまま、ここで体育座りしていたところで、

来るかどうかわからないリーズのことなど、

これ以上待っていられないし、飢えで醜態を晒すなど、

もってのほか。ただでさえガタガタのプライドに、

さらなる犠牲を強いるべきではない。


(それに、飛び降りるわけじゃないしな)


崖には、足がかりとなる場所がちらほら、

散見されたのである。昨日、見下ろした範囲では。

……暗がりで、霧も出ていたから、底の底までは確認できなかったが、

しかし、いつまでもここにはいられまい。

あとは覚悟を決めた魔族を手ぐすね引いて、待つばかりの崖先。

断崖、ギリギリ絶壁が待っている。


(2、3日、眠らなくても魔族の体ならば大丈夫だ。

 ……睡魔への耐性はあるはず)


魔族は丈夫な作りであると、何回も述べたが、

実際のところは人間よりかは丈夫、という程度で、

あまり当てにはならない。特に、主人公みたいな下級中の下級魔族は。

とはいえ、これ以上ここで足踏みをしているわけにもいくまい。

ある程度、休息をとれそうな場所の目測を計りながらも、

降りていくしかないだろう。休めそうな広いところがあるかどうか、

祈るばかりである。


「よし……」


魔族、早速、道具袋から干し肉を取り出し、

むしゃむしゃと咀嚼し始めた。

青みがかる空の端っこを見つめながら、

胃の中をそれなりのタンパク質を送り込んで、

ゲップをする。


「げぷ……」


さすがに、胃のほうも、

ご無沙汰ぶりの食料に、痙攣を示した。

決して、お腹いっぱい、というわけではない。

これでもまだ、腹八分目、もいかない。


「……ふぅ」


しかし、贅沢はいえない。

たとえ無事降りれたとしても、食べられそうなものが

あるかどうか……、冥土の森をさまよった記憶を昨日のように

蘇らせた魔族、げんなりとした表情を浮かべたが、


「ま、とにかく、生き残ってから考えよう」


前向きに検討するように、頭の中を改める。

そう、まずは生存せねばならないのである。

こんな、食べ物の可能性がまず、ありえないところにいられないし、


「これ以上、妙な紳士や頭のおかしい高位魔族、それに変な人間に

 出会いを求めたくないしな……」


いずれも、顔だけはマトモなのだが、残念ながら、

頭の方がイカレてる、といっても過言ではない。

空腹魔族の言い分なんて、はじめっから聞いていないし、

どこにでもさっと行ってしまう。力があるから、なおさら。

もうこれ以上巻き込まれたくない、のが本音の平凡魔族であった。


(リーズだけは、まあ、食べ物くれるからマシだがなあ……)


タダ飯ぐらいの自分を棚に上げて、人間批判をする魔王軍所属の魔族、

という自分への批判は無視した形をとるカイン、

しばらくそうして、しみじみとしていたが、

思い出したかのように、懐に備えていたヒヨコを取り出し、

この小鳥が生きていることを確認、嘆息する。


「ひよひよ」

「……昨日よりは元気がないみたいだな……、

 とはいえ、肉は食べないだろうし」


小さな嘴を突っつきながら、呟く。


「試すためのぶんぐらいは、残してやった

 ほうがよかったかもなあ……、

 全部食べちまったよ……」


ま、しょうがないか。

そう、つぶらな瞳を返してくるひよこの、ふわふわ

頭を撫で、懐に仕舞い直した。


「私が死んでしまったら、お前のぶんの

 食料も調達できないからなあ……、悪いな。

 まあ、しばし我慢してくれ。

 ……私が生きていたらな」


ぎゅっと奥のほうへ、ひよこを落とさぬように

工夫をして入れ込む。

ひよこ、大人しくされるがままである。


「よしよし。

 静かにしていてくれよ?

 まーた、変な奴が飛んでくるかもしれんからな」


暖かいホッカイロと化した、胸の内側生息中のひよこに言い聞かせたカイン、

そうして、道具袋を腰に縛り付け、命綱ともいうべき毛布を

手放さぬようにした。もちろん、袋の中に、毛布は入っている。

これで、やるべきことはやった。顔を上げるカイン。


「さて……」


魔族は、朝が弱い。

というよりも、出歩かない。

それは、魔に属するもの、すべてにいえることであった。

地平線からの光は、神に属するもの。

今が、好機であった。


「魔獣や魔物が出ない、朝。

 それが勝負だな……」


魔族、よっしゃとまた気合を入れ、

足踏みをして、そうして、また足踏みをした。

どんどんどん、と響く足元の大地。


「よし!」


言いながら、また、片足に力を入れ、足場を踏みつける。


「……よっしゃ!」


繰り返した。

どれぐらい、やっただろう。

片手で数えるほどではあったが、やっぱり魔族、

怖いものは怖いのであった。

心に汗を盛大にかきながら、また、足の裏に闘魂を叩きつけ、

背筋に流れる冷や汗を嘆く。

絶対、落ちたら死ぬ。

それだけは、まず、間違いなかった。

ちら、と崖下を覗くだけで、

ヒュウ、と立ち昇ってくる風の強さに、怖気づく魔族。

崖の先端を、立ってなどいられなくなった。たちまちに座り込む。


(ああ、……、

 どうして、こんな目に遭わねばならないんだ……)


「畜生っ!」


そう、天に向けて言い放つ。

背後で、魔族の振動をもろに受けている聖剣の刃が、朝日の直射日光を受けて、

キラリと光る。

今日もまた、いつもの魔界の日々が始まった。

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