表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/56

三号。

薄紫の霧を、円を描くようにして吹き飛ばし、

すっと浮いて飛び出してきたのは、リーズ、

ではなかった。

シルクハットにその細長い指を添えて持ち上げ、

いかにも紳士然とした杖を持つ白髪の男が上昇してきた。


「よっ」


いかにも親密そうな挨拶をされるが、

私にはそいつが誰か、まったくもって検討がつかない。


「……どちら様でしょうか」


素敵なステッキを小脇に抱え、品良く笑っているが、

見知らぬ人物の登場に、私はといえば、警戒心を露わに、

毛布をさらに我が身へと手繰り寄せる。

びしっと黒のタキシードはりゅうとした身なりでいて、

お洒落に隙がなく、胸元の真っ白なハンカチが折り目正しく、

また、帽子を取った挨拶時に見えた、ぎゅっと一本縛りの白髪、

ただそれだけであるというのに、妙に似合っており、

微妙に額に垂れ下がる前髪もまたぴったりで、

自分をどうやったら恰好良くみせることができるのか、

をしっかりと計算できる御仁であった。

顔もまた端正であるから、壮年を想像させる……。

つまりは、色気ダダ漏れのダンディズム爺さんである。


「いやあ、何。

 面白い人間がいると聞いてね、さっそく来てみたんだが、」


キラキラとその緑の眼を輝かせる彼は、私の回りをきょろりと見回すが、


「うん、いないね」


ため息交じりに、露骨にがっかりな態度をしてみせた。

それも、両手を平らにしてみせるジェスチャー付き。

これがただの爺さんなら、取り越し苦労なのだが、

無念ながら、羽もないのに空中にぴたりと静止できる爺さんである。

私は、自身の二の腕を、体育座りのまま、力の限りに掴む。


「……どこにいったんだろう。

 君、分かるかい?」


まるで散歩をするかのように、足をぴたりとクロスさせ停止中の紳士。

露骨な視線に、私は、奴の緑眼を、なるべく見ないようにして、


「どこかに飛んでいきました」


などと、馬鹿正直に答えた。

体育座りのお尻が、なんだかいずい。


「ほう?

 何か、知ってるようだね?」


爺さんは帽子のツバに指を挟みつつも、口元に笑みを湛える。

なんでか分からないが、このアンノウン爺さんには敬語で

接しなければならぬことを、本能が告げている。


「人間は、魔界でジャンプをすると、

 ここまで飛翔することができるそうです」

「ほほう! すごい人間がいるものだね。

 まるで夢のような話だが。

 背中に翼でも生えていたのかね?」

「翼は生えて……、てもおかしくはない人間ですが、

 根性でどこでも飛べるらしくて、

 まあ、実際に目の前で飛んでみせましたから。

 ウソではありません」

「それはそれは。素晴らしい。

 人間にも骨のある若者がいるようだね。

 最近の魔族は、こんな所に飛ぶなんて死ぬようなこと、

 想定はしてもすることはないというのに」

「まったく。

 で、どちら様でしょうか」

「ほほほ、君もなかなか言うようだね。

 ふむ、飛翔できる人間か。

 なるほど、飛んでいってしまえば、

 神の杖に居るわけもないということか……」


いかにも面白そうに笑う。

笑うが、この爺さん、さっきから私の質問にまるっと答えていない。

そもそも、懸念材料がひとつ、出てきた。爺さんの言葉に。


「神の杖……?」

「今、君がぼんやりと座っているところのことだよ」


ぞっとした。


「えっ?」


神?

神、ってあの神?

それは、魔族とは敵対している総大将、

影の主役、かつ忍び切れていない、音頭とりの名手ではないか。

振り返ると、


「あ」


何故か、忍者ソード、もとい、聖剣が突き刺さったままだ。

あ、あいつ……。忘れていきやがった!


「にしても、君、

 わしの支配を受ける必要もないほど、抵抗力を身に着けてるね。

 うむ、魔族にもなかなか、気骨ある若者が育っているようだ。

 わしは感激したぞ、感動した!」

「……」

「うむうむ、よし。

 孫があまりに腑甲斐ないから、出てきてやったまでなのだが、

 まあ、貧弱でマッチ棒、出涸らし感があるにしろ、

 神の杖を尻に敷く魔族が出てきたとは、感涙に値する」


なんだろう、この上から目線。いや、魔族は大抵

上から目線だが、この爺さんは貫禄が違う。

紳士な恰好ではいるが、貧弱魔族、聖剣への動揺もあってか、鳥肌立ちまくりだ。

なんせ、魔族の上、ってやつは、見た目からは判別できない。

赤目は、確かに上位だ。しかし、この宙に浮く緑の眼を持つ

ロマンスグレーからは、さらにその上、を予感させた。


「わが孫は、立場に振り回され、

 まったく……、情けないことよ。

 ってことでな、いいものをやろう」

「いえ、あの……、

 知らない人には物をもらうな、って

 親からきつく言われておりますので……」

「なぁに、君とわしの仲ではないか」


いや、今、ついさっき会ったばかりなんですが。

首を振ったり、片手をぶんぶんと左右に動かしても、

さっぱり伝わっていなかった。

さすが、空飛ぶ爺さん。いや、ジジイ。

すい、と平行移動して、毛布大好き魔族の前にやってきた。


「うわ」

「何々、はじめては誰だって怖いものさ」


何玄人ぶってんだ、このジジイ。

いや、確かに、若かりし頃はさぞ、女にもてたであろう顔だが。

け、決して妬ましくてそう思ってるわけじゃないからな。

などと、混乱と憔悴と、主人公としてのハーレム的な何かの欠片さえ

持ち合わせていないマッチ棒評価された魔族、その片手をむんずと掴まれ、


「ほい」


と、何かを渡された。

見ると、魔族の出涸らしよりは多少は血色の良好の手の平に、

ひよこ、

が置かれていた。さりげない気遣いに見えるが、

どうみてもひよこだ。


「……生きてる?」

「なぁに、餞別だよ、しっかりと選別もしたから、

 メスだ、美味いぞ。ちなみに残念ながら、中身は餡子ではない」

「いえ、あの食べないし……つか、え?

 ピヨピヨ言ってウルサイ、てか、マジでウルサイんですけど!?」

「じゃあの」

「あ」


用事は済んだ、とばかりに、緑の眼を持つ老人は、

その高そうなタキシードの背中を私に向け、また、

出てきたときと同じ速度で、下降していった。


「ちょ」


声をかけるも、脇に控えていた素敵に無情なステッキを振り上げ、

背中越しに挨拶をしてくる始末。

音もなく、ロマンスグレーの爺さんは、その白髪の一本縛りを私に

見せつけるだけ見せつけ、消えていった。

途端、紫の霧が、ふわっ、と。

辺りに拡散される。

すっかり、下界が、見えなくなった。


「……」

「ピヨピヨ」

「……」

「ピヨピヨ」


手元で蠢くヒヨコが、なんだか分からないが、

温かく感じられた。疎外感のあるこの世界で、

なんでか分からないが、一人ぼっちじゃない、そんな気が、

いやそうなんだけど。などと、内心で非情な現実に対する冷や汗を

たらりとかきつつも、つぶらな瞳のする黄色い毛玉を見つめる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ