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少年はかくも笑う。

※微妙に気持ち悪い描写があります。

 

「魔族、だよね?」


帽子フードの奥から覗く、優れた面立ち。

はみ出たふんわりとした金髪、よりもさらに、

真っ赤に燃える瞳の色素が、闇夜に浮いて、目立つ、目立つ。

いずれも、彼が、魔族中の魔族、高位の存在であることを示している。


「僕、ずっと、見てたんだ」


言うや、口角を上げ、さらに主人公に接近してくる。

逃げたいが、固まっている上に、相手は寝転んで半身起こした状態のままでいるため、

何をするのかと真顔で待ち受けるしかない。

涙で潤う瞳に、うつる赤き瞳。殺される。

かもしれない、でも。遊びながら殺される。どっちも嫌。

視線を外すことはできない。不可である。

何が楽しいのか。さっぱり分からない。

恐ろしい。高位の考えはやっぱり意味不明。

動けぬ体で不安と恐怖、モルモットの心境でいると、

少年は、なんと。その、投げ出した両足を跨ってきた。

主人公の半分が、

彼の身に着けている真っ黒なローブで覆われる。


―――――ちょ、何をするつもりだコイツ。


避けようと力を入れるが、やっぱり体が動かない。

案の定、支配下に置かれつつある状況では、どうにもならないようだ。

主人公、その、のしかかってくる体重の軽さを拒絶できず、

ただ、その存在に震える。

やはり、軽い。酒飲みの下半身が椅子状態である。


――――くそ、なんでこんなチビに……、

 ここまでコケにされるんだ、私はっ……。


「そうだよ、僕、子供だもん」


顔に出ていたらしい。

普段から百面相をしている自覚はあるが、ここまで読まれるとは。

そうして、その顔を突っ込んでくる、赤き瞳。

魔族の赤に染まりつつある金目を、至近距離で確かめて満足しているのか、

奴の吐息が、頬にかかる。涙でぬれているから、目の表面がヒンヤリとした。


―――――忌々しい……!


「へぇ」


このちびっ子、見れば見るほど、近づけば近づくほどに、

恐ろしいほどの美貌であった。

すっと通った鼻筋、鋭い目つきの赤目と、白磁の頬に薄い唇。

まるで金髪の薔薇、といえば聞こえがいいが、この年齢ですでに

毒のごとき魔力を放つ少年は、魔界にとって脅威とみなすべきか、

そうでないか。分からない。しかし、いずれにしても、

たらしの魔族になるには違いない。どういった類のたらし、か、までは、

言いたくないし、聞きたくもない。高位の存在は性生活に関しては、

真面目にフリーダム過ぎて、庶民にはついていけないのである。

普段の主人公ならば、確実に会いたくない部類の存在への接触に、

この餓鬼、いいや、糞餓鬼といってやろう、

まったく、高位の存在というものは、何を仕出かすのかわからないもので。

さすがのぼんやり主人公でも、気付けなかった。

この糞餓鬼、こいつは私の鼻を、なんの前触れもなく。


「!」


噛んできた。

その小さな唇で。

強い痛みが鼻筋に広がる。

驚愕した。


「……!、……!?」


痛い、痛い。

声は出ないから、涙がまた零れ落ちる。

視界は真っ赤で夕日のようだし、滲んでいる、

糞餓鬼をぶっとばしたくても、体は動かない。

じわじわり、と、鼻に別の穴が開きそうな激痛に、

歯噛みをする。涙目で。

抵抗できないので、我慢するしかない。

糞餓鬼とはいえ、高位はやっぱり高位だと、

改めて認識する羽目に陥った平凡主人公、

しばし、その拷問のごとき行為を、耐えることになった。

実際、四肢を意識しても、ぴくりとも反応しないし。

しん、と静かな冥土の森が、気持ち悪いほどに静まり返っている。

おまけに息が、息がしづらい。


「……」


数秒、経過した頃か。

噛まれた鼻は未だ痛むものの、糞餓鬼は噛むのをやめたようだ。

マジで泣いてる主人公、少しばかり安堵したが、

この世の終わりのような夕焼け小焼けが遠のいていってくれない。

主人公の頬に、少年の指がかかる。睨みつけたい、が、

濡れすぼった目玉は固定されている。目元を触れてくる、矢先。


「……!!」


引いてくれるかと思いきや今度は舐めてきた。

歯型のついているであろう傷口のみならず、

鼻の穴まで掃除してくる生々しい舌の滑らかな動きに、魔族、

絶賛、体中が鳥肌たちまくりになった。

なんせ、鼻でしか呼吸できないのである。

唾液特有の匂いもするし、かといって、口は開かぬから、

結局、我慢して鼻の孔をおっぴろげるしかない。


―――――気持ち悪い。


真剣にいい大人が涙目。

いや、すでに泣いていたから、あまり変わり映えはしないか。

いい大人になったと居酒屋でクダ巻いてる主人公だというのに。


―――――なんだよこれ、なんだよコイツ。

 どうなってんだよ、これ、え、なんだよ、コイツ、

 高位の存在は、まったく、何を考えているんだ……、

 理解できねぇ……気持ち悪い……。


マジで悲しみに打ちひしがれている魔族、

再び、力を籠めて体を動かそうともがき苦しむ。

でも、やっぱり動くことは難しい。

目玉なんて、落涙が終わったら、

乾きすぎてこのままでは失明の恐れさえあった。

段々と絶望的な気持ちになっていた主人公魔族、

とは対照的に、動きがあった。顔に再びかかる、吐息。

眉目秀麗な少年が、ヘタレの鼻を弄びながら、笑っていたのだ。

直視しながら。たぶん、私の反応を見て、面白がっている。

瞬間、私は。

心底、

ぞっとした。

背筋に冷や汗が流れ放題になる。

途端、主人公の憐れな鼻が解放された。

唾液まみれなので、すごく、残念なことになっている。


「君、やっぱり妖魔の血を引いてるんだね」


この餓鬼の、唾液の匂いが纏わりつく。

鼻で息なんて、したくない。

自然、口開こうとする。

開かないはずであったが、


「は、」


どうやら、この糞餓鬼が使えるようにしたらしい、

そのことを把握した主人公、

なんとも情けない八の字顔になって、


「はっ、は、はぁ……」


必死に口呼吸をこなし、新鮮な空気を取り込んでると、

にやにやとした笑みで返してくる、この子ども。

怒りがじわじわと湧いてきた。

いつの間にやら、瞬くこともできるようになっている。

相も変わらず、視界の隅は、赤くなっているが……。

瞼の開閉を慣れさせようと、痛む目の表面を半眼になりつつ、


「てめぇ……」

「ふふ、だから、性別の境界さえも曖昧なんだねえ」

「……」


なんだこの、と、言い返してやろうとしたが、

ふわり、と帽子フードの奥で揺れる少年の金髪が、

魔族女を想起させる。


「あ、気付いた?」


糞餓鬼は、ふふふ、と小首を傾げる。

微笑むが、その笑みは、あまりにも妖艶で。

人間のリーズとは全く違う言える。

なんといえばいいのだろう、この感覚。

深淵を覗いているかのような、この、恐怖はなんと呼べばいい。

魔族、それでもヘタレをカバーしようと、この恐慌を引き起こす

上位の存在から逃れようと、足に力を入れるも、

体の自由は未だ、解かれていないようだ。思わず舌打ちをする。

にやりと笑む少年。その赤目を細くした。


「僕、あの女の子どもなんだ」

「な、」


柔らかな手の内側が、魔族の頬を包む。

そうして、直視してくる、真っ赤な魔眼。

少年の視線を、外すことなどできなかった。

すんなりと、心の内側にまで、入り込んできた、何かに捕らわれたのだ。

右往左往と、のたくっている、何か。

現実では、主人公の心臓が、どくりどくり、と、悲鳴を上げている。

やばい、まずい、やばい。

本能では、危険を発していた。

でも、もはや、無駄であった。

ぐるぐるぐるぐる。

天と地が逆さになる、眩暈が先ほどからしているし、耳鳴りもする。

昨日の、魔族女が倒れた景色が、思い浮かぶ。

途端、心臓を掴む、ひんやりとした手が感じられた。

心の奥底にまで、やってくる、何か。


―――――これは、魔力酔いの傾向、か?

 いや、それよりも、もっと……、恐ろしい何かが……、

 私の中に潜んで……。


うっすらとし始めた視界に、真っ赤な光だけが、輝いている。

まるで、大好きな太陽のように。

決して、届かない位置にあるあの空。ただひとつの存在。


――――嗚呼、眺めているだけで、なんとしたことか。


ふわふわとした心地だ。

なんだか、極楽にでもいるような。

するりと、首回りを撫でてくる子供の指先の動かし方は、

まさに玄人じみていた。

瞬くと、その視界の薄い世界に輝いた赤き太陽が、

漆黒に塗りつぶされていく。

その哀しみに、カインは、小刻みに唇を震わす。


「さあ、どこまで抗える?

 裏切り者の魔族よ。

 ――――勇者を受け入れた、愚か者」

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