飯とリーズと名前。
「よお」
「お疲れさん、んで、死んでる、んだよな、あれ」
「ああ」
振り返りながら、頷くリーズの声に、ウソはなかった。
彼が青光りする剣を鞘にしまったから、
あたりは薄暗い冥土の森に立ち返ってしまう。
「……なあ」
「ん?」
暗闇のさ中、
人間の声と、魔族のささやかな声だけが応えている。
「魔族、ってさ、どうして、そんなに淡泊なんだ?」
「……いや、そう、淡泊ってことではないがな」
「そうか?」
「ああ」
ほら見ろ、とやや、逃げ腰姿勢を続けていた魔族、
さっと立ち上がり、人間の手を掴む。
「……なるほど」
その手は、明らかに震えていた。
すぐにリーズの手を離した魔族、
「言うなよ」
などと、釘をさす。
「魔族って、見栄だけは一人前なんだ」
言うや、さっさと歩きだす。
続いて、人間も付随する。
リーズのほうが、足幅があるようだ。
すぐに追いつかれる。
「……魔界の首都、行くんだろ」
「ああ……、しかし、もう」
リーズは、枝の生い茂る木々の空を仰ぎ見た。
薄紫の霧と、夜空による交配で、夕闇にほど近い
天候となり果てていた。
ざわざわと、ざわめく風の音に混じり、何か、獣の
叫び声が、どこからか聞こえる。
それはまるで、高位の女魔族の、魂消る声かと思ったのだ。
肩がびくっと跳ねた魔族に、リーズがくつくつと、笑う。
再び、昨日と同じく、寝床づくりをする。
相変わらず豪華な繕いに寝そべっているリーズを隣に、
私はといえば、冥土の森の、空を仰向けに見詰めている。
「なあ」
「あ?」
「そろそろ、教えてくれてもいいだろ」
「何がだ」
ふぅ、と。
嘆息めいた言葉を紡ぐリーズ。
「名前だよ、名前」
「ああ……」
そういえば、教えていなかった、と眠くなり始めた魔族、目元を
擦りながら、いい加減な返事をする。
「……教えられん」
「何故?」
「……信じるも、信じないも、勝手だがな……」
真っ暗な、星月さえ望めぬ天空を見上げながら、
毛布を襟首までかけて温もりを教授する魔族、
人間相手に、本当のことを言おうかどうしようか。
僅かに悩んだ、が、どうせ勇者に出会ってしまったら、
なすすべなく死んでしまうのだから、どうでもいいか、と。
一巡してから、重い口を開く。
「私には、大層な名前がついている」
「ほう」
「……でな。
だから、誰にも、その名を教えることはできないんだ」
「……大層な、名前だからか」
「ああ、なんせ、皆、目を回すからな」
「……そんなにすごいのか……」
「ああ」
息を飲むリーズに、魔族は、どことなく愉快な気持ちになった。
ぶっちゃけ、そこまですごくはないが、嫌煙されやすい
名前でもあったのだ。魔界では、あまり好まれぬ名前。
人間界でも有名かどうかはわからないが、
あまり口外したくなるものでもなかった。こればかりは、生まれながらに
平凡な魔族、両親を恨んだが、仕方のないことであった。
多分、親は、喜びすぎたのだ。その行き過ぎた喜劇が、悲劇な未来に
なってしまったのだが、まあ、実家に縁切られた今、笑いごとではないが、
しかし、誕生した当初は、絶好調すぎて、特別な名前を贈りたくなった
のであろう、たぶん。そう思わないと、やっていけない。
「しかし、そうだと、俺、お前のこと、
呼びづらいな……」
しばらくは死にたくないから、お前の回りを金魚のフンみたく、
ついて回る予定だ、なんて思っているが、やっぱ死んでも言いたくないので、
とりあえず、ふふん、と鼻で笑うにとどめておく魔族。
「私のことは、好きなように呼べばいい」
「いや、それはそれで困るな」
うーん、と唸るリーズ。
人間は細かいところが気になるようだ。
「別にそこまで悩むほどでもない、と思うがな」
「なら、お前はどう呼んでほしい?」
「……それはそれで困る」
「だろ」
紫の霧が、濃くなってきた。
リーズは呟いている。視線はこちらに向いているが、
あいにくと眠くなってきた私は、そんなこと、
どうでもいいとばかりに、返事もせず、うつらうつらと、夢の世界への
誘いにかかりはじめていた。
「……お前の眼黄色いけど、それほどじゃないし……、
髪は、……、うーん」
私の外見から、なにかヒントを得ようとしているらしいが、
リーズの低い声が、遠のいていく。
朝は、いつもの通りに起きる、主人公。
目を覚ますと、いい匂いがする。
体を横たえたまま、その良い匂いのありかはどこかと、
鼻をひくひくと動かし、じっとしていた。
ぼんやりとしていたせいもあるだろう、
リーズが、何やらとんでもない発言をするまでは。
「お、起きたか、おはよう、カイン」
と、ここで、がばり、と。
総身を起こした、主人公魔族。
あまりに驚きすぎて、なけなしの毛布がどっかへ飛んでいきそうになる。
「お、おっとと……」
毛布の端を掴み取りながら、ほっとしつつ、
きっ、と。
その金色の瞳をリーズに差し向ける。
人間はニコニコと微笑んでいる。何故に嬉しそうなのか。
「おい、その名前」
「ああ、いい名前だろう」
「んなわけあるかっ」
「おまけに大層な名前だし」
推定カインは、体中を、冷や汗で垂れ流した。
口の中は乾くし、お腹はすいているから、胃が痛むと、
さらにきゅっ、と痛みが生じる。ぐるぐるとした気持ち悪さが、
体内を這いずり回っているような感覚。ひどいものだった。
自然、声が薄暗いものになる。
「リーズ、貴様、それは、わざとか?」
「え?」
「わざとか、って聞いてるんだっ」
ばんばん、と。
だだっ子のごとく、地面を叩く魔族。
そのただならぬ様子に、リーズ、ようやく事態を把握しはじめた。
「え、まさか……」
口を片手で抑えつつも、その黒髪を流した髪を、顔を上げて、
定位置に戻したリーズ、
「まさかの、どんぴしゃ?」
などと、驚きの顔でいる。
その顔がまた腹立つので、魔族、顔をそむけ、もそもそと、
毛布を片付け始める。動揺を隠すため、もある。
そんな魔族の様子に、リーズは、なんとも言えぬ表情となり、
頬を人差し指でかいた。
リーズは、良かれと思って、そう口にしただけであったのだ、
まさかここまで頑なな態度とられるとは思ってもいなかったのであろう。
それっきり、会話にカイン、という名前が出てくることはなかったが、
朝ごはんを用意したリーズの手際に、舌を巻いた魔族、
にこりと微笑む人間の、その心根にまた、なんともいえない微妙な
表情を浮かべる羽目になった。
「なあ、これ……」
「どうだ、美味しそうだろ」
「ああ、まぁ、な」
まさか、味噌汁、ごはんに、焼き魚、サラダ、漬物……、
ここまで豪華なものが、野外で揃うとは、夢にも思わなかったのである。
しかも、焼き立て。しっかりと台に載せてるし、食器に盛られている。
「どこでこれ……奪ってきたんだよ、
まさか、ひとりでのこのこと魔界の首都に……」
「いやいや、さすがに俺だって、
方角だけしか知らないところにのこのこと行かないって」
胡散臭い。だが、にっこりと笑むリーズの、
その有無を言わなさに、空腹の鳴き声に、魔族、どうせ、今日も
お腹いっぱいに食べられるかどうか、分からんと、開き直り、
食事に手をつけた。




