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人間の底力とは、根性を擦切らすもので。

退魔の陣が、ひとつ、ふたつと。

大小の数を、音もなく減らしていく。

身じろぎをして、ほっそりとした二の腕を揺らす女魔族。

影がゆらゆらと揺らめく、足止めできる時間は、あと僅かでしかない。

人間の鎧という壁の裏側で、刻一刻と寿命が縮んでいくのを、

ごくりと生唾呑み込みつつ、主人公、敵対している同族の女が、

少しずつ、少しずつ、自由を動かし始めているのを見守る。

リーズの鎧を盾のごとく、抑え目に押さえながら。


「……お前、すごいな」


終の住処が冥土の森になりかけたが、勇気を捻った魔族。

ため息交じりに、呟く主人公の眼には、艶やかに流れる黒髪の奥にある、

美しい女魔族の豊かな体をうつしとっていた。嘆息する。


「まさか、こんな短期間に……、

 自分を取り戻すなんて」


すると、リーズの流れる髪が、肩にさらりと垂れ、

突き抜ける天空のごとき青の双眸を、魔族へと向けて細くする。

首だけ動かし、振り返り見てきたリーズの眼差しには、

すっかり浸食の跡は失われ、代わりとばかりに、眩いばかりの、

強い意志が込められていた。


「お蔭さまでね」

「分の悪い賭けだった」

「でも、助かった」

「そのぶん、しっかり働けよ、私の寿命は半分減った」


げっそりしながら言ってやると、リーズは苦笑しながら、


「任せておけ」


前に向き直り、利き手をまるで、エア剣を持つ構えをすると、

本当に聖剣が、リーズの手元に出現した。

魔力を持たない人間の謎の力に、主人公は大層驚いたが、同時に呆れもした。


「……なんだその、忍者みたいな剣は」

「へぇ、魔界にも忍者って知られてるんだ」

「まぁ、人間の王が仕込んでるスパイ養成機関であることぐらいは」


実際は、魔族が引きこもっていた図書館での知識でしかないが、

リーズはさも愉快とばかりに、唇を三日月の形にしならせながら片足を引き、

紫の薄霧もろとも切り裂くであろう、その青き切っ先を、

女魔族に差し向ける。青眼の構えをとった。

彼の、気合の入った戦闘態勢に、空気がぴんと張り詰める。

私は、リーズが本気であることを悟り、

背をみせずにじりじりと後退、足音一つ立てず、距離をとることにした。

ここまでようやっと、生き残ってこれた魔族、

さすがに、もののはずみで殺されたりはしたくはなかった。

リーズの肩越しに見える女魔族の姿が、離れれば離れるほどに、

遠のいていく。すると、リーズの、哀願にも近い声も細くなる。

高位の存在である、女魔族に対して言葉を重ねているようだ。


「……ここまでやられたら、もう、最期を迎えるしかないが……、

 いつまでも魔界に居るわけでもないんだろう……、

 ……その能力は、人間を生きながらにして殺してしまう……」


芋虫のごとき速さで、確実に後退する私の耳に届く言葉の端々を

推察するに、人間であるリーズは、高位の女魔族の魔眼を気にしているようだ。

確かに、冥土の森を生き残れる魔物、魔族は、その強さのままに、

人間界へと出没する可能性があった。

そもそも、冥土の森自体、力のない魔族が死に絶えてしまう危険地帯なのである、

この森を抜けだして人間界へやってくる魔物や魔族なんぞ、

それなりの強さを身に着けているに決まっている。森を抜け、

まっすぐに進めば、人間界への道にたどり着く。それはいけないと、

リーズは拒絶したのだ。人間からしてみれば、当然のこと。

しっかし、と。

下っ端中の下っ端の魔族、

それでもなお、渋るそぶりをする人間リーズの、その心根に、


「甘い……、いや、奴が特別甘いのかもしれないが……」


どうも、調子が狂う。

普通の魔族でない、人間であるから、余計にそう思うのかもしれない。

無慈悲な魔族は、実力社会の掟を掲げているので、

人間の、その最期まで話し合おうとする姿勢に、心底、辟易とした。

リーズとて、話の通じぬ相手である、そのぐらいは、なんとはなしに

理解しているだろう。中には、主人公のようなヘタレではあるが、

それなりの益があれば、妥協してくれる魔族だっているが、

それはあくまで、ごくごく極めて稀なこと。

力のない魔族であったからこそ、できた芸事なのかもしれない。

あるいは、リーズは、己への弁解のために、

ああやって、相手の命脈を断つ理由を探しているかもしれないが、

どちらにせよ、リーズは殺すことを決断したようだし、

ラストの試みをしてるだけ、なんだろう。そのほうが、

奴にとっても、心の負担が軽くなる。

第一、魔眼が厄介なのは、体験済みであろうから、

退魔の魔方陣が消える前に、さくっとヤッて欲しいところだ。

などと思っている間に、魔方陣の一つが、消えた。

キルベアをあっさり殺せるレベルなのだ、

魔界を彷徨えるほどに、高位の魔族と相対しても、

魔力酔いのしない、肉体を持つ人間。

退魔の陣、それも、対・高位の魔族相手に抗う道具は、

大多数の魔族を消滅させ、高位の存在の体力半分を、

削り取る効用があった。

リーズは強い。

それだけで、十分であった。


「ここがいい、か」


二人がマッチ棒並みにみえるぐらいのとこまで至り、

念のため、冥土の森の片隅、木々の暗闇に身を潜める。

とっぷりと暗くなり始めた魔界の空の下、

私は、人間と、高位の魔族という、天敵同士の戦いを、

目の当たりにすることになる。

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