ラプソディ、より自由気ままな。
ぎゅっ、と縛られた紐をもどかしくほどき、覗き込む魔族。
息切れしながらも、暗闇の中にあるはずの光明を、
その眼彷徨わせ、必死になって探す。
――――あるはずだ、そう。
あるはずなんだ。
一種、確信めいたものを持ち合わせる魔族。
その根拠はどこからくるものか、主人公は死にたくないので、
懸命に探した。背後から忍び寄る、命の終り。人生の結末。
生死の与奪権利を持ち合わせている女魔族は、何をしているのか、
命がけの魔族は、希望を探すのに手いっぱいで、時間も惜しい
とばかりに、ズタ袋の中を引っ掻き回しているので、
女についてのことは知りようがないが、リーズの人影は、
主人公の真ん前で、向きは真横の人影となってぼんやりしてるので、
彼が無事であることは、なんとはなしに把握している。
ようと知れぬのは、この現状を打破するための、鍵である。
―――――ど、どうしよ、見つかんねぇ……!
魔族は焦った。
なぜ、魔族はこうまでして、いっそ宝くじを買った方が当たるのでは
と疑問視してしまう、やり方を選んでしまったのか。
……人間からしてみれば、そう思われてしまうのも、無理はないだろう。
しかし、主人公は、魔族。
それも、ヘタレな魔族であった。
もっといえば、下っ端。
こうして、夏場の犬よりもさらに過呼吸を催しながら、涙目で、
ズタ袋をさらい、調べに調べているのも、すべては、自分を守るため。
自由と尊厳を意固地に守り通すため、であった。
魔界の掟とは、力。力が全て。弱肉強食である。
全員が全員、強くはない。
知性があるのだから必ずといっていいほどピラミッドになるし、
その三角形の土台を支える魔族ら、
不特定多数の、互いに顔の知らぬ者どもがいる。
そんな弱い弱い彼らは、むざむざ殺されたり、転がされたり、
面白くないからだと嘲笑されながら無残な死を与えられてしまうこと、
昔から枚挙に暇がないほどに多々あったが、さすがに下っ端魔族の同列たち、
むやみに殺されるなんて、嫌だし、代々その死に方も、
無痛で安堵できる死亡の仕方や、
派手に爆死するも速やかに元の体に戻る、だが死ぬ、などという、
葬式を見越した死亡の研究など、代を重ねるごとに、
創意工夫がなされた、対・高位魔族への対応策がもりもり積み上がって
いった。魔界ができて、もうかれこれ……どれほどの
年数が経過したであろうか。少なくとも、神話の時代からは
あったように思うが、そんなこと、教養ある魔族でしか理解できぬ
ことであり、多数の魔族にとってはどうでもいいことであった。
その日その日を、楽しく暮らせればいい。
だから、魔族とは、誇りやプライドだけは高いし、
自由を阻害されることを何よりも嫌う、気ままな種族であった。
また、約束や契約という概念だけは強い。
だから、こうなってしまったのではないか、と。
主人公魔族、人間リーズを打ち捨てることできず、
その場に留まっている。
ズタ袋はカラフルだし、主人公は力のない、
ついでに面もない、実家からも職場からも見捨てられたへっぴり腰。
しかし、そんな主人公魔族には、魔界ならではの知識がある。
同僚Aが、何も持たずに、冥土の森を歩くはずがない。
高位の存在や、理性のない魔物がどれだけ、弱い存在にとって、
末恐ろしいことか。薄氷を踏むことのない奴らには、
この気持ち、絶対にわからないことであろう。
はっ、と息を飲んだ魔族。
見つけた、らしい。
小刻みに震え、今にも落としてしまいそうなソレを、
慎重に、しかし、速やかにズタ袋から取り出す。
それは、真四角で、金の鐘が二つくっついた、さっき魔族が
放り投げた目覚まし時計と同じじゃん、って、まさに
目覚まし時計だが、かち、こち、と、時間を刻む、動く時計を、
魔族は、心臓の高鳴りをおさえ、しっかと掴む。
そうして、人間リーズが、したように、
魔族もまた、その秒針をいじる。
――――右、右、左、違う、上上下下左右左右、B、いや、
そんなボタンはない、違う、違う、
右、右、右……、
そうだ、全部、右だ。右回り。私の人生も右回り。
逆にはならない。何もかもが右曲がり。
すべては、神の思うがままに。
そうして、すべてを受け入れてきたはずの魔族の子孫、
その末席にいる主人公、いじくり倒した目覚まし時計を、
うまく発動させようと、位置を定める。
自分の、立つべき場所を。思考する。速攻で脳内決着はついた。
――――リーズ、の背後がいいだろうか。
なんとかできる限りの可能性を示した目覚まし時計を片手に、
主人公、やっぱり魔族らしく、人間盾にして、
魔族女と対峙する。そこに至るまで、こそこそと、
いや、かさかさと、腰を低く真正面へ、
女魔族を警戒しながらの横移動、妙に素早い動きでいたが、
そんなこと、高位の魔族には些末なことなのか、
不動なままでいた女魔族と向き合う。もちろん、間には、
硬直状態のリーズがいる。どこまでも魔族らしい主人公である。
そこにたどり着くだけで、良い汗かいた小市民魔族、
かち、こちんと、時を叩く音のする目覚まし時計を、
また、女魔族にぶつけてやるため、足を引き。
今度はリーズの背後から、
「どっせいりゃあああああああ」
ぶつける。
何故、魔族女が動かぬのか、それはわからない。
「や、やったかあ?」
高位の存在の考えなぞ、下っ端には所詮、分からぬこと。
したがって、生き残り、抗う権利を持つ主人公は、
できうる限りの対抗策を持って、魔族女の足止めをするのである。
朝は、魔族にとって、好ましい者と、苦手な者がいる。
あまりに眩しい朝日は、嫌いな者のほとんどが、
高位の魔族で、だから彼らは、常に魔力でもって、紫の霧などという、
ふざけた天候を魔界に擦り付けた。
おかげで、魔界の気候はでたらめになり、住める場所が限られていった。
かといって、食べるものがないと、魔族も生きていけないので、
雨を降らすが、その雨降らしも、魔力で呼び寄せた雨雲であるのだ、
かき集めた低気圧をなくした地域は、いつまでも高気圧に晒され、
生者が死に絶える大地一歩手前になった。
――――上の気位高い魔族のことなんぞ、私にはさっぱりわからん。
だがな、だからといって、無料でご奉仕なんぞ、マゾな執事でもメイド
でもない私が、すべきことじゃねぇ。
目覚まし時計は、真っ直ぐに、魔族女へと直進、
そうして、三回りほど大きく膨らむようにみえ、
爆発するのように展開されるは、魔方陣。
右回りの、運命を回す志向性の方陣である。
輝くそれは、ありとあらゆるものを晒す。魔に強き者を、より二周り強く、
破壊し、戒める。大小さまざま、ぶわっ、と。一気に空間を占有したそれら。
灼熱の太陽の如きに輝き、バリエーション豊富な古代語が、一文字、
ときたま、日食のダイヤモンドリングの如き光を帯びつつ、
ぐるりと巡る一粒から光芒走る、退魔の陣。
―――――といっても。
縊り殺されるのは、私か。
無念なことに……、
運命は、こうも、強かに、牙をむいているのである。
リーズの背中越しに、じっとそのさまを静観していた主人公、
魔族女が、その場で何もせず、恐ろしい魔方陣たちに囲まれても、なお、
奇声を発することもせず、ただ、焼き尽くされる肌は痛いだろうに、
無言で美貌を晒している高位の存在を、
凍えるような気持ちで見詰めていた。




