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希望という名の。

ズタ袋。

距離にしては、数メートル。

ちょっと足早に走れば、入手できる範囲に落ちている。

カラフルなパッチワークが目印の、同僚Aの置き土産である。

いや、慌てて紛失した遺留物であるか。念のため、付け加えておくが、

同僚Aは死んではいない。


「さて……」


気合は十分である。

むしろ、ありすぎるほどである。

時折、背後から苦しそうな人間、リーズの呼吸困難なさまが、

絶賛生中継されているが、あまり気にしないようにする。

とにかく、問題なのが、あの女魔族、高位の存在だ。

―――――あの女、の注意を、何かに惹きつけてやれば……。

それで、どうにかして、あのズタ袋を、入手できれば。

あるいは、一発逆転のホームラン、博打に勝てるかもしれないのである。

主人公魔族の手にあるのは、実家からぶつけられた、道具袋。

中には、実家で不要になったもんばかり詰められているが、

幸いなことに、打撃として有効そうな、魔族女が熱中しそうな

ものが、いくつかあった。女は、相も変わらず素っ裸状態で、恥もなにも

あったものではない顔でいるし、とはいっても、魔力のこもりすぎな

赤い瞳を見ることはちょこざいなことなので、彼女の感情自体、意志の

働きがわからないので、なんともいいようがないが、

しかし、先ほど、主人公魔族の動きをトレースした辺り、

もしかしたら、なんて期待が高まる。

魔族の性格は、魔族がよく知っているのである。

こちらをじっと、何やら観察でもしているらしい高位の視線を感じる魔族、

それでも、主人公は脂汗をかきつつ、道具袋にずぼっと腕を投入。

ごそごそと、アレ、を取り出そうと躍起になる。

そう、アレ。

―――――あった!

正四角形の形をした、それでいて、上部に小さい鐘のようなものが付随する、

誰もが目覚ましを使うのに必要なもの。昔ながらのデザイン。

子供向けのデザインには、血みどろな吸血鬼ヒロインが描かれており、

魔族主人公は幼いころ、そのオドロオドロしさに、失禁したという

哀しいエピソードがあるが、それはどうでもいいとして。

今、主人公が冷や汗垂らしつつ取り出した、その目覚まし時計は、

速やかに、それでいて、これからの出来事を甘受しようと、

その姿を冥土の森の一角、魔界の首都近辺にて、

金色の輝きを薄紫の天候下で、威風堂々とその威風を晒した。

もちろん、平凡魔族、敵対している高位の女魔族に、

どうか、動かないで、殺さないでくれー、と、

強く念じながらの取り出しである。膝はすっかり硬直している。


「ふふふ……」


ついぞ、笑いなど出てしまう。

主人公魔族が、魔王であれば、それはとても似合っているが、

残念ながら凡庸の、恐怖を和らぐための吐き出しであった。

なるべく目を、高位の存在に向けぬよう、注意を払いながら、

リーズの様子が芳しくないのを気にしながら、

主人公、最期かもしれないと、内心では盛大にビビりながらも、

意固地な心で、プライドを保つために、

その目覚まし時計を、ぎゅっと強く握り、もう片方の道具袋も

空いた手でしっかり持ちながら……、

静寂の一瞬。

心を決め、目覚まし時計の四角いフォルムを力強く握り、

利き足を一歩下げる。

そうして、目覚まし時計を大きく振りかぶって、力強く、雄々しく、


「どっせええええええい!」


一生のうちでこれほどまでに大声を上げただろうか、

と思われるほどの声量で、時計を、女に向け、分投げた。

キルベアに襲われたときよりも、さらに、意志の籠った、

大音量であった。

たじろぐ気配なんぞ視界の隅でもみえなかった。

なんせ、ズタ袋が目当てであったから。

一目散に、前倒しになりそうな体を、両手で支えた、

強気な魔族、力を込めて、魔界の大地をけりあげ、

カラフルなパッチワークのズタ袋目指して、走り出す。

死にぞこないの彷徨う森、などと呼ばれる、薄暗い冥土の森には、

そのいやに家庭的なズタ袋、いっそ不気味なマッチングであったが、

主人公にとってはパンドラの箱並みの、何か、である。

そう、何かが入っていなければならないのだ。

丸みを帯びた、そのラインの中に、いったい何が。

あるというのだろうか。

乾いた口腔内を、こみ上げる唾液で潤す暇さえも惜しみ、

魔族、がっ、と。

そのズタ袋の持ち手を、掴み取る。

スライディングで。

渾身の力で体を投げ出したので、

すさまじい土埃が舞い上がり、魔族の膝下あたりが擦れたけれども、

幸運なことに、魔族女がこちらに手出しをしてこない。

だからこそ、こうして瞬きをし、肺呼吸をしていられるのだが、

地に足をつけていつでも逃げられるよう、

たちまちに横倒しから、しゃがみこみの姿勢へとしゃれこんだ魔族、

さて、その箱ではない袋の中、奥底には、

希望なるものが、潜んでいるのだろうか。

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