こうなってしまった。
「げほっ……」
ヤケ酒に苦しむ体に、魔界の空気は冷たい。
とてもじゃないが、冥土の森を彷徨うにはキツイ。
「ごほっ、んん」
頭上は、鬱蒼と生い茂った樹枝の葉っぱで覆い尽くされており、
お天道さまを望むのは期待できんほどの荒れ具合。
……まぁ、迷いの森だし、当然といえば当然といえようか。
「はぁ……」
そんな、地元民でも寄り付かない薄暗くてどん底な地を、
私は当てもなく歩く羽目に陥ったため、
胃の中のブツをあらかた吐き出している。
吐いてー吸ってー吐いてー吸ってーを繰り返したので、
酸っぱい匂いが、鼻腔を突き抜けてより一層気持ち悪くなったが、
幾分、酒の抜け切れない体が、すっきりとしたのは間違いない。
一週間前のホップステップジャンプさえも再現できるほどの、軽やかさだ。
いやいや、とそこでようやく私は、現実を思い出し、
げんなりとした。アホみたいにスキップして、井戸に余計なことを
吹き込んだから、こうなってしまったのだ。
「くそっ……、私が悪いってのかよ……」
怒りのあまり、吐しゃ物にまみれの哀れな大木を、
ぐーで殴ろうとしたが、
「はあ……」
無駄な労力であることを、頭の片隅で考え、
拳骨に固めていた五指を緩めてパーにする。
頭をかいた。
「……結局、デモデモダッテ作戦できんかったし……」
そう、魔族らしく……、
冥土の森なんて魔界の首都前の緩衝地帯にやってきちゃったのも、
そのデモデモ作戦を遂行できなかっただけである。
その内容とは具体的に説明すると、
誰もがドン引きするのであえて解説しないが、
まぁ、どこにでもあるデパートで、
ヤダヤダ、買ってくれないとヤダー、
っていう、人の往来もなんのその、な、ちびっ子がよくやっていた
駄々っ子購入作戦のことである。つまりは、すごく、
大人げない、恰好の悪い方法であり、描写が非常にやりづらい行為
のことであるが、主人公は一応、平凡ながらもプライドやら恥とやらのものを
持ち合わせており……、また、実家からはびた一文も、
上司にかけあえる可能性を秘めた大金を得られることができずに
いたため、勇者討伐の依頼を別の魔族になすりつけるとか、
そういった高等戦術を使うことができなかったのであった。
……また、残念なことに、この主人公、
知り合いなどはいるものの、親友などの交友関係が皆無なため、
そういった手助けは期待できず。
魔界銀行からの金を借りるにしても、担保もない。
逃げ道なんてものがあったのなら、誰よりも真っ先に使っている。
もはや、ありとあらゆる方面を封鎖された主人公、
絶望と無念をその貧弱な胸板に抱きつつ、
道具袋片手にすごすごと追い出された実家から、
居酒屋をハシゴし、ヘタレで気弱な性分も手伝ってか、
思う存分酩酊したのであった。
……そうして、勇者討伐命令に書かれていた、
準備期間、いわゆる武器とか道具、トラップなどの用意日数
を精一杯、ダラダラと酒飲み期間に使い、時折、魔界警察の世話に
なりながらも、また酒を飲んで酒を飲んで酒を飲んで……、
そうして、とうとう、安全であった魔界の首都を、
千鳥足でほろ酔い気分で飛び出てしまった、というわけである。
「勇者がなんぼのもんじゃーい」
と、警備していた三つ頭のケルベロスに、
大見得切っていたのはなんとなく、覚えている。
その悪酔いもすっかり失せてしまった現在、
足元に転がるカラの酒ビンがひたすらに空しい。
「げふっ」
私はまた、口元を抑える。逆流する胃液が……、
涙目で再び、先ほどと同じ態勢をとる。
背中を丸めて哀愁を帯びるその姿。
せりあがる胃のムカつきと共に、自身の情けなさをやおら感じる。
「うう……」
魔界の命令は絶対で、勇者討伐の命令書曰く、
魔界の首都を出たら、首魁を上げるまでは帰ってくるな、
という副題が添え物みたいに記載されている。
別に、私は、悪いことをしていない。
魔族らしく、魔族の絶対掟を活用しようとしただけである。
極めて平等な、実力社会。
それを、活用するのは、第一、私だけの行為ではない。
つまりは、悪ではないのだ。
……うまく調子のいい奴は国家がらみの命令書とはいえ、
どうにかこうにか、手ぐすねを多用して、
別の奴にこの死亡フラグを擦り付けたり、
自分は死んだことにして、新たな戸籍を作ったりしていた。
他にも色々と、手段はあるが、無念なことに、
主人公にはそれほどの頭の良さはなかった。
思いつかなかった、ともいえるが……、
所詮は下っ端、たくさんの魔族がいる。
力のある有名魔族ではないから目立たないということでもあるが、
間引きの書の実態は、
単に勇者の力をそぐための使い捨て。
体力を奪うことそのものが目的なので、
どれだけ魔族が死んだとしても、高位の魔族には痛くも痒くもない。
間引きの書、といわれる由縁である。
副題の首魁の首、など、とれるわけがない。上のお偉いさんは、
百も承知で、そんな無理難題を、付け加えているのだ。
そのことを思うと、主人公は、ひどく、自分が惨めに思えた。
「畜生……」
もう一度繰り返すが、
魔界は実力社会である。
力も頭も弱い奴は、死ぬだけである。




