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死にかけのバラード。

もはや、そのかけ布の意味はなしていなかった。

あらゆるものがモロダシ状態……、

もし、平素の主人公であれば、顔をそむけながらも、

内心はスケベ心を発揮していたはずである。

しかし、そうはならなかった。

魔力酔いはすっかり醒めたが、覚めやらぬものがある。

石像のごとき人間の様子を、再び覗き見るが、リーズはやはり、

使い物にならなかった。その双眸。

ヘンテコ魔族の大好きな朝の空、

羨むべき澄んだ青の光彩に侵略してくる赤、

網膜から侵略してくる赤き血のごとき魔力が、

その血管のひとつひとつに入り込んでいる。

結果、現在、瞳孔開きっぱなしの瞳の表面では、

赤と青の、色の抗争が行われていた。

このままでは、彼の瞳は真っ赤に染まり、心も支配されるであろう。

じりじりとした、焦りを感じる。

――――赤目の魔力にしてやられたか……、いや、

 リーズは……、まだ、抗っているようだな……。

気持ちが落ち着き始めた魔族は、一方の同族、

こちらに、余裕こいて歩み寄ってくる、足の裏が汚れても

平気らしい、高位魔族の女の眼力に注意を払いつつも、

現状打開をどうすべきか、まとまりのない頭の中を整理して、

考えに考えようと、考える。とにかく、考えた。

――――そう、冷静になるのだ、私よ。

 今、必要なのは、私の命を守ること、だ。

ヤケクソ魔族だって、やっぱり、自分の身が可愛い。

八つ裂きの串焼きにだって、されたくはなかった。

だから、逃げ出さねば。この、悪意の塊から、魔族本位から。

リーズを、盾にしてでも、私は……、

この、冥土の森の奥へ。

視線を、脇に生えまくっている大木群に走らせる。

―――――そうだ、そこに飛び込めばいい。走りづらそうな獣道。

どこにだって、逃げられる私の足は、まだ傷ついてはいない。

かき分けられるはずだ、

長い雑草や石の窪みを乗り越えていける、この足ならば。

魔族が丈夫だからって、二の足を切られては、どうにもなりはしない。

支配されるなんて、まっぴらごめんだ、私は、私らしく、自由に、

あの森の奥へ彷徨うのだ。こんな、人間のそばで、あんな、魔族の女に、

殺されたくはないんだ。キルベアに食い散らかされて死ぬのと、

こんな化け物たちの間で命脈を断つのとでは、意味合いが違う。

どちらも無残で、残酷なれど、少しは、己の人権を行使できる。

つまりは、私は、好きなように、したいのだ。

好んで、殺されたくはない。しかも、逃げる選択肢をとれるのと、

とれないのとでは、大きく違う。違うのだ。

私は、満足した死に方をしたいのである。

こんな、魔界の首都近辺で、勇者にも出会わず、

職場の同僚や実家に知れ渡る、

一生の汚点を引きずりつつも、生きねばならぬ。

思えば、こいつ、人間への接触が、私の人生の、つけはじめであった。

利用してやろうと思い立ったのが、吉日ではなかったのかもしれない。

だが、力を持つ人間は、魔族にとっては魅力的で、

生き残りをかけるには悪手ではないと、そう、思わせてしまうほどに、

リーズには、彼には、そういった頼りになるものが、

信用といったものが、あった、……のか?

……わからない。

じゃなければ、どうして、私は……、

ふいに、迸る魔力の波動を感じた。

それは、生臭い風のようで、気持ち悪い匂いを放っていた。

腐った、肉というか。鼻が利いている。


「う」


思わず、その大元を確かめる。

ぐらり、と。

また、魔力酔いの兆候がみられたが、

斜めになりそうな体を、歯を食いしばって

真っ直ぐに立て直し、額に手をやる。


「……キツ……」


眩暈を再度、起こしそうになるも、

どうにか、


「ひっひっふー」


と、どこかの保健体育の教科書に書かれてる内容を復唱、

こうにか、意識をクリアに保つ。

くそ、厄介なことを、ちょっとは加減をしろ、

などと、リーズの紳士っぷりとは真逆の悪態を、心中にため込みながら、

両膝に手を置いて、中腰姿勢で吐き気を我慢しつつも、

高位魔族に立ち向かう。一歩、人間の前に出る。

……どうして、こうなってしまうのか。

本人にも、良くわからぬ、もやもやとした心境のまま、

下っ端魔族が、上位魔族に反抗するという、

魔界歴史上類を見ない、無謀な立ち居振る舞いが始まった。

――――はあ。

それでもまあ、魔族は所詮、屁のつっぱり魔族であったので。

唇を引きつりつつ、支配され始めのリーズよりも、

さらに真っ青な顔を晒しながらも、

気位程度、高くしてやろうと、ごほごほ、と。

何度か咳をし、その場を凌ぎながら。

手の甲で口元を拭きあげ、がばっ、と一気に、その折り曲げた背中を、

天へと垂直に伸ばした。

――――今、私にできること、か。

冷え冷えとした肉体の正直さとは異なり、魔族、

これが本当の最期になるのかもしれないと、高を括った。

空は、紫の霧に、覆われ始めたのか……、

すっかり薄暗くなり始めていた。

魔界の空の陰りは、早い。

丁寧に抱き、親切にされていたはずの女魔族は、

蟻んこと同じ意味でしかなかった、魔族の態度に、

その魅惑的な肢体の歩みを、ぴたりと止めた。

異変に気づいたらしい、だが、相手の眼を見ることは死活問題なので、

どこまでこちらを気にしているのか、判別はつかない。

魔族の視野には、どこまでも広がる木々の揺れる枝葉と、隙間に

そびえる紫の空、背後で苦しそうなうめき声を放つリーズの気配、

それと、女。

距離は、だいたい7、8人大の大人が間にいる程度。

魔族女がヤル気を出したら、こんな長さも無駄であることは知ってはいるが、

呼吸の一つ二つが大事な魔族、これ幸い、時間が稼げるとばかりに、

緊張の糸が切れそうな体のまま、あらゆる可能性を視野にいれた。

まず、隣の人間の安否。

先ほどから、意識のほつれが見え隠れするが、まだ、大丈夫だろう、多分。

あの魔族の魔の手、じゃない、魔の瞳から逃げ出すには、

やはり、あの女魔族の協力、あるいは死を持って、

中途半端な暗示を取り消すしかないわけだが、

しかし、すべてを消し去れる、かどうか……、それが問題である。

ひとつだけある方法が、流星のごとく脳裏を走ったが、

それは生き残った後にすべきだろう。

問題は、高位の魔族。女。相手を、どう、調理してやるか、だ。

分の悪すぎる賭けだ。しかし、やるしかない。


「どうせ、死ぬ命だもんな……」


呟くが、しょっぱかったはずの魔族、

普段よりも力強い答えが、腹の底から出てきた。

そのことに、主人公、いつもの主人公らしからぬと、

驚き、目を細めて苦笑する。

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