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人間VS魔族女。

魔界特有の薄紫の空を背負いながら、

女は、同時に浮かび上がっていたかけ布の隙間から、

ほっそりとした腕を差し出し、労働をしたことのない貴人の人差し指を、

我々に向けてくる。磨かれた爪は、薄暗い景色に一欠片の美しさを放つが、

同時に、畏怖すべきもの、地面にぐるぐると左回りに回る、魔方陣が現れた。

魔力の洪水ともいえる発露に、すっかりへっぴり腰の魔族、その場で崩れ落ちた。

対し、人間は、後方で倒れ込んだ相手を慮るような余裕はない。

いかにも丈夫そうな鎧に、背後のヘタレ魔族が、

したたかに、おでこをぶつけたというのに。

悲しみの魔族、冥土の森に沈む。

後方の地べたで呻きながら。


「むっ……」


リーズは、慣れた仕草で、腰に差していた愛剣を放つ。

両手で正眼に構えた立ち居は、彼が歴戦の勇であることを伺わせる。

すっと真っ直ぐにそそり立つ、青ざめた刃と、

彼の澄んだ両目の青は、この異様な魔界の景色に決して取り込まれず、

むしろ浮きぼりになって異彩を放っている。

生と死。

どちらかしかないことを、二人はわかっているのだろう。

そうして、ひとりを除いた双方、戦いの呼気を整え、

どう動くべきか……、あらゆる攻撃の手段を頭の中で、何度も何度も、

繰り返し、相手の生命が途絶えるまで、仮初の殺し合いを続ける。

二人だけの世界に入り込んだままの彼らは、ぴくりとも動かず、

じわじわと浸食してくる殺意を、

睨みつけることで跳ね返したりもしたリーズ、

刃も長髪の黒も優美に傾け、そうして、

相手の動きに注意を払いながら、声をかけることにした。

何故に、ここまでされねばならぬのか、

一応の心理として、訊ねたのだ。殺さねばならぬ理由を知りたかった。


「お前、何者だ」


ふわふわと豊かな金髪を宙にくねらせながらも、

両眼を開かぬ女魔族は、それでも、口開かぬ。

代わりにとばかりに、女は、すっと、

その眼をうっすらと見開く。

そこには、意識朦朧と額の鈍痛に呻くマジで死にかけ魔族が、

散々内心でぐちぐち文句を言い連ねていた、高位魔族の証、

赤目が存在していた。

真っ赤だ。

リーズの心も、赤い、に占められた。

血の色のごとき両目は、宝石のガーネットのようで、

傍目からは美しいが、現実のピジョンブラッドは、

とてつもなく恐ろしい魔力を帯びていて、ここにもし、

魔族が正気を保っていれば、魔族女の、眼力にも気をつけろ、

と口を酸っぱく、あるいはリーズに告げ口してたやも

しれないが、残念ながらたとえ意識がはっきりしてたとしても、

やっぱり逃げ腰魔族なので、言わない予感がひしひしと感じる。

いずれにしても、間に合わぬ、が。


「むむ?」


リーズは眉間に皺を寄せつつも、しっかりと、

その赤の眼力を、青の双眼に、はっきりくっきりと、収めてしまった。

赤の鮮やかさに目を奪われてしまった、のもそうだろうが、

彼はやはり人間で、それも、魔界には初めて、なのである。

魔族の生態に滅多に現れるはずのない高位の魔族に、

油断してしまうのも、無理はないであろう。

リーズは、その赤目に囚われた。

そうして、しっかりと握りしめていたはずの剣を、

長年愛用していたはずの大事な、先祖からの伝来品である愛剣を、

手放してしまう。

がつっ、と。

大地に横倒しでめり込む、冴え冴えとした刃の剣。

刃こぼれひとつしていないあたり、

日々、手入れをしていたと思われる。

重力ひ引っ張られるがごとく冥土の森に沈む剣。

死にぞこないは、何も、剣や、息も絶え絶え魔族に

かかっているわけではなかった。

いつもは闊達とした空色の眼をしていた、彼の表情が、

何かに驚いたままの、すっかり出窓状態、

見開き状態のままになり、ぶらりと手ぶらで。

リーズは、立ち尽くしていた。

そんな様子になって、初めて。

我、至り、と。

魔族の女は、魅惑的にも濡れ濡れとした唇を孤に描き。

不気味な嘲笑を湛えた。

その、やけに肉体的な体も、かけ布に巻かれたままでいるが……。

人間の持ち物に頓着はしないようだ。


「う……」


と、ここで。

事態の把握をさっぱりしていない、額をさすりながらの傷心の魔族、

ゆったりとした動きで、カエルみたいな横たえ方から、

人型魔族らしく、二足歩行で立ち上がる。


「ん?」


魔族女の足元にあったはずの、魔方陣はすっかり消えていた。

もはや用済み、そう思っているのだろう。

だから、平凡魔族でも、どうにかこうにか、意識を取り戻すことができた。


「これは……」


凡人主人公、ぼんやりとした表情で、

未だに存在している高位魔族の、その赤目に、どきっ、と。

心臓をぎゅぎゅっと引き絞らせつつ、冷や汗をかきながら、

人間の背後にいるほうがまだ安全だろうと思い、

リーズの後ろに退避しようと、その立派な鎧の影に入った。

途端。

人間の、様子がおかしいことに気づく。

いつもの、リーズの闊達としたアホらしさがないのだ。

すぐに突っ込みを入れたり、動く素振り程度はするはずなのに。

どうしたのだろう、と、奴の顔を覗き込む。

いつもの、人間にしては端麗な顔立ちに付随する、青眼があるはずだった。


「げえっ」


ヒキガエルのごとき声を上げながら、飛びのく魔族。

そこにいるのは、両目とも、赤目に侵されつつあった、

人間のなれの果て。

高位魔族に捕らわれかけている、リーズの、

なんら感情の浮かんでいない、真顔があった。

整っているから、余計に青ざめてみえる。


「マジか……」


思わず零す言葉に、はっとした。

ぎぎぎ、と。

時計の針を無理やり動かすかのような、

軋む音を響かせるつもりもないのだが、

結果そうなってしまいかねない仕草で、

主人公、平平凡魔族、

その可哀想な未来しか選べなさそうな顔で、

魔族女のいるあたりを視界に入れようと、奮闘する。

ぎぎぎ。

女、は。

居た。

そこに。

かけ布から、その柔そうな肩を、剥き出しにして。

こちらに、向って。歩んでいた。冥土の森を踏みしめ、

ゆっくりと、しかし、確実に。

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