Q:何プレイですか?
死ぬ。
そう思った。
間違いない、とも。確信し始めている。
顔面を大地に埋めながら、魔族、短い人生の集大成である、
走馬灯を幻視していた。
魔族は生まれが魔界の首都であるのは、前から記載してある通りで、
おぎゃーと生まれたかどうかはわからない。
しかし、確実に存在しているのだから、
赤子の時代があったのは間違いないだろう。
魔族は、首都郊外の一戸建てに住まう、よくある一般家庭に生まれた。
ああ、こりゃあ普通だ、そうね、平凡だわ。
つまらないわねえ。これじゃ何も期待できんな。
なんてのたまう夫婦の間に生まれた魔族、両親の期待はさっぱり課せられずに、
すくすくと育った。実際、魔族の親の予想通り、魔族は平平凡に成長し、
魔界の首都での仕事も、魔王軍という人間界では有名な軍隊に所属はできたものの、
平素の行いからか、さほどの武勲も上げず、うだつの上がらない日々をかぞえ、
ただ、だらだらと過ごすべく魔界の酸素を消費していた。
もちろん、魔族のすべてが、平たる魔族や同僚と同じ魔王軍所属ではないが、
軍関係者の他は各々、商業や漁業、林業などなど、好きな分野に進出、
意外にもこまごまと働いていた。むやみに勤労意識がないのは、
出動要請のない魔王軍くらいである。白眼視はされぬが、
少々居心地が悪い。そんな彼らや真面目な魔族含め、
雑多な不特定多数の下位がいるからこそ、
高位の魔族などという、ピラミッド式権力構造が出来上がったのだ。
魔族の掟である、実力社会、というのも、一因ではあるか。
力さえあれば、好きな仕事ができるし、むしろ奪ってもいい、
逆に、いつまでも何もしなくったっていい、
自由気ままで大いに結構、実力主義万歳、なんて気風を持つ魔界であるからして、
力のない主人公の魔族は、上からトップダウンで狭められた魔王軍という選択肢を、
選びとっただけであるが……それぐらいに平素から搾取されている下っ端が、
一生かけても拝むことが難しい高位の魔族というものは、恐ろしい生き物で。
不要だと思えば、それまで。
同じ魔族である家族、友人、知人、他人、塀の向こうの通りすがりでさえ、
万事、その調子なのだから、恐ろしいことである。
あるいは、笑いながら殺されるかもしれないが、
そんなの魔族の勝手でしょ、といわんばかりに、
無慈悲な現実なので致し方ない。
山三つほど、魔力で生み出した台風で吹き飛ばした話なんて、
すっかり伝説的な酒のつまみ話のひとつにあげられるほど、
豪快なエピソードもある高位魔族の傲慢な振る舞いは、
魔界温泉街の名物まんじゅうの代名詞となっているほどだが、あれ?
私は、何を語っているのか。
……とにかく、
その高位魔族が、消えろ、と。
わざわざ高圧魔力で上から目線をしてきたのだから、
足が動けるうちに、逃げるが吉である。
もし、奴らのご機嫌を損ねてしまったら、
私は、私のみならず、実家でさえも市中引き回しである……あれ、
これじゃ人間の師匠と同じだな。なんと気味の悪い一致か。
などと、まごついていたら、倒れ込んで無防備な背に向けて、
気遣わしげな声が降ってくる。
「……動いていない?」
その師匠も師匠なら、弟子も弟子だ。
さっきから、ぴくりとも動かない私を、リーズは、私のケツを
ブーツでぐりぐりと、生体反応がないかどうか、確かめている。
おい。せめて、私の履いてる靴とか、
そういった肉体的ダメージが少ないとこを攻めてこい。
両手が、横抱きしている魔族女のせいで塞がっているのはわかるがな。
「生きてる、よなあ」
なんだか他人事みたいに聞こえるが、気にせずに、
私はどうすべきか、無言のうちに算段する。
「おーい、死んだふりしてんのか」
誰のせいでこんな苦労をしてると思っている。
想像よりもあったかい地面の中にて、私は、捻た感情を持て余す。
「……うーん」
リーズは勝手に悩んでいるが、それはもはやどうでもいいとして。
まず、問題なのは、上位魔族の命令をやや無視した形を
とってしまった今である。すぐにでも逃げ出せば、
少しはマシ程度の死ぬ死ぬリスクを減らせる可能性がある。
……とはいえ、この人間が一番の厄介ものであった。
がばりと起き上がり、
快速一番で駆けるとしても、必ず、このリーズが、
追いかけてくるのは目に見えていた。
それも、大問題の根源である上位魔族の女つき。
魔族だからといい加減な対応はしない、ややお人良しのきらいがある彼は、
こんなときには至極厄介な代物であった。
人間、やはり魔界へぼっちでやってくる根性を見る限り、
キルベアを倒せるぐらいの強さはあるし、
魔族の女ひとり抱えての追走なんて、お手の物のはずである。
そういえば、水場へと無理やり引っ張り込んだときも、そうだった。
男ひとり振り回せるぐらいに、無駄に力があるのだ、この男は。
さらに特筆すべきことは、奴は、人間であるにも関わらず、
今度は、魔族のケツに足を乗っけたままで、微動だにしない、ということ。
たまにぐりぐり押し付けてくるが、体重がそこそこプラスされ、圧迫されている。
魔族は基本、丈夫だから痛みこそないが、しかし、女抱えて押さえつけられてる現在、
抜け出すには、この死んだふりみたいな無視の形をいったん、
解かねばならないであろう。跳ね除けてやってもいいが、
果たして、できるかどうか。案外と足の力も強い。不安が残る。
それに、魔族女の不興を買いたくなかった。
リーズは、その手の内で魔力蠢く魔族の女が、
高位の化け物であることを、知らないのだから、
自分がどれほど厄介な状況であるのか、弁えていない。
私の挙動ひとつで、魔族女を放り投げられでもしたら、
まず私が真っ先に狙われる。
かといって、
教える、
なんて。
末恐ろしい八つ裂きをされる権利なんて欲しくない。
高位魔族は本来残虐である、のは知っているのだ。
好戦的な魔族も表面上、年々少なくはなっているものの、
その力は折り紙つきである。
腕力に物言わせて引き裂かれる可能性は、大いにあった。
なんせ、消えろ、と言われている。
火急的速やかに、この場から遁走せねばならないが、
しかし、困った。
困ったものである。
ここは魔界の首都にほど近いから、誰かが横切る可能性は、
人間に隙ができるかも、などという期待に胸膨らむが、しかし。
はっとする。
一見、SM調教みたいなこと、
人間の男と下っ端兵の魔族がやってるし、
おまけに美男子リーズは美女魔族を姫抱きプレイである。
しかも、現在進行形で。
グリグリと踏まれるケツ、私の哀れな下半身が大地に埋没しそうである。
もし、こんな姿、誰か、どこぞの魔族一匹にでも、
見られたりでもしたら。
穴に入って隠れたい。
いや、すでに顔は大地の穴に入り込んでいるから、同じか。
まあ、案の定。
そういった不安は、的にすとんと当たる吹き矢のごとく、
当確するということで。
「あ」
リーズの調子っぱずれの声に、思わず私も顔をあげてしまったものだから、
いけない。
ぼとっ、と。
何やら荷物を落としたらしい、魔族の通りすがりが、
私たちの異形な姿を目の当たりにして、
しばらく瞠目したのち、じりじりと後退、
そのまま、魔界の首都方面へと、走り出した。
「え、あ、ちょ」
しまった、と思ったときにはもう遅い。
狼狽した私は、中途半端に起き上がる姿勢のまま、
通りすがりAの背中を見送った。
いや、同僚A、か。
私の頭の中で、謎のファンファーレが鳴った。脱力する。




