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魔族の哀しいサガ。

「回復魔法は?」

「できない」

「そうか、俺も無理なんだよな……」


リーズは、困惑している。

回復術の特性がない人間、がウロウロと魔界を彷徨うのを良しとした、

こいつの思考を疑う。

もし、何かあったらどうするつもりであったのか。

もちろん、それは、目の前の女性にもあてはまる。

破れた服は、ずいぶんと派手だし、スカート丈も短いようだ。

というのも、太もも内側あたりに、ぺたりとくっついているからだ、原形が。

ちぐはぐに引きちぎられたため、元の服装についても、

ある程度は推測できる程度には、留められている……、

それはあまりにも惨たらしく、彼女の無念さを思えば、痛ましいことだが、

しかし……、彼女は……、

人間ではない。


「……なあ、どうしてそこからこっちに来ない?」

「……リーズ、お前、気付かんのか?」


女が魔族であること、を促すと。


「ああ、こんなところに出入りする奴なんて、

 俺以外に居ないし」

「そうだな」


一応、わかってはいたらしいことを知り、安堵するも。

肝心なことを理解していないのに気付く。


「じゃなくて、いやそうだがな……、

 それじゃなくて」

「ん?」


その、高位な魔族っぽい奴が、どうして、

こんな冥土の森で、ぶっつぶれているか、ということのほうが、

大問題である。


「……魔族は、特に誇り高い生き物だ。

 私が言うのもなんだが、その女。

 相当強いはずだぞ、それも私よりも、さらにさらに、

 上の上、もっと上の……」


にわかにざわつく、体中の毛穴。

私が、リーズにご高説を授けている合間にも、

目に見えぬ魔力の本流が、どこからか流れ出ている。


「リーズ、分からないのか?」


もう一度、懸念を伝える。

すると、人間は、傾けていた私への視線を外し、

女性へと意識を切り替える。

彼女は、リーズの腕の中で、頭を預けたままだ。

金髪が柔らかくうねり、その傷ついた体は、

かけ布の中に収まり、今は安らかに眠っている。

リーズの、硬そうな鎧は寝心地悪そうだが、

しかし、覚めずに目を瞑っているあたり、枕に硬度は関係ないのだろう。

問題なのは。

この、濃度だ。魔力の。

私は、両目を見開いた。


「……ウソだろ」


ゆらり、と。

多分、人間であるリーズには把握できないのだろう。

意識がないはずの、女の体から、煙のように、

高濃度の魔力が流出、天へと立ち昇っていた。

それは、あまりにも強すぎて、私は立ちくらみを起こそうとするも、

どうにか耐える。私の後ろ足が後退る瞬間、

図ったかのように、その女の魔力が、弱まったからだ。


「おい?」


人間からの問いかけにも反応できないぐらい、私は息苦しくなり、

脂汗を体中にかいていた。


「大丈夫か、おい」


リーズは、私の異様さに、不安を抱いたらしい。

できれば、その女を置いてこちらにやってきてほしいのだが、

抱えたまま、謎の馬鹿力で立ち上がり、

私のほうへと近寄ろうとしている。


「うわ、こら人間、アホ、近づくな」

「な、アホとはなんだ、アホとは」


さすがに傷ついた女を抱いてとる行動は、自然、

優しくなるらしい、リーズ。その男前っぷりは、

どうかこの魔界では発揮しないでもらいたい。


「……どうしたんだ、そんな、ただでさえ

 ひどい顔が真っ青だぞ」

「私の顔はそこまで、ひ、どくないはず、だがな……」


昨日はゲロ臭かったけどな。

そして、今日は今日とて魔力酔い、か。

意識せずに当てられたのだから、下っ端には辛いものがある。

じりじりと、私と人間は、一歩踏み込むと、一歩下がる、

を繰り返した。


「おい」


辛抱たまらず、人間は私に不満げな声を出す。


「どういうことだよ」


だが、私には、どうしてもその女から距離を置きたい理由が、ある。

必死に、一定の長さを私は計りながら、

その呪いのような魔力の出所を疑わしげな眼で、注意を払う。

攻防の間中、わかめのごとき揺れる、輝かしき金髪。

男の胸に完全に顔を寄せているから、

もはや表情はわからないが、しかし、私への不満があるのだろう、

先ほどから、魔力の煙が、女の体から、じわり、じわりと

噴き出ている。そうして、一筋の煙が、女の襟足からするすると伸び、

くるくると左回りを繰り返しながら、ひとつ、ひとつ丁寧に。

単語を、描いた。


「……は……」


唖然とした。

まさか、魔力で文字を描く、とは。

いや、魔方陣はある。あるにはあるが、

こんな、めちゃくちゃなやり方をする魔力の使い方は、

生まれて初めて目にした魔族、心底、ぽかんと口を開いた。

今は水は必要ないというのに。

馬鹿みたいに、口を開けている。

情けないが、魔族にとって、これは未知の体験であったので……、

致し方のない部分ではあるだろう。

なんせ、彼は主人公であると同時に、下っ端兵でもあった。

上級の魔族に出会うなんて確率、ゼロに等しかった。

魔界の首都でさえ、そうだ。

上と下の棲み分けは、見事に出来ているのである。

魔族は、初めての体験に、頭の中が真っ白になった。

その、空白の頭部に、その文字が、見事に滲む。

まるで、墨に濡らされたかのごとく、はっきりと。

その、女魔族の言語が記された。


――――我ノ邪魔をするな。

 消えろ。


魔族は、平凡で、凡庸な奴である。

したがって、こんな魔力で命令をしてくる奴には、

反抗、は絶対に、無理、

できない相談であった。

魔界とは、実力社会。

上の人間の命令は、絶対である。

それも、魔族が一生かけて会えるかどうかわからない、

魔族の上位者であるならば、なおさら。

目まぐるしく働く脳裏には、

高位魔族の、リーズへの執着心を見出したが、

それを人間に告げ口するほどの勇気も、

力もなかった。できることは、己の命を守るだけ。

それが、精一杯であった。

なんせ、このままここにいたら、確実に殺されるのは、

明白であった。人間の庇護下よりも、

長年の魔族の習慣のほうが、哀しいことに、勝ったのである。

怖気が体中を染み渡った魔族は、力を振り絞ってリーズに背を向ける。

まるでキルベアの再来だが、そんなこと、魔族には悟る暇もない。

人間は、動揺していた。

しかし、それさえも振り切るように、魔族は、

魔界の首都から遠ざかろうと、して、

バタン、と。

倒れた。

足元には引っかかるものは何も落ちていない。

つまりは、何もないところで盛大にすっ転んだのである。

天から地へ、まっさかま。


「がっ……」


鼻の骨に激痛が走る。

当たり所が悪かったらしい。


「お、おい、無事か?」


視界は土色。

聴覚からは、遠いどこかからか、人間の、

心配するような声がする。

魔族は、口開こうとしたが、

顔全体が土に覆いかぶさっているため、

漏れる言葉が、籠る。


「い、たひ……」


魔族は、平凡で、下っ端兵であり、

普段から、皆と同じく訓練なんてしていなかった。

よって、こんなにも、強い魔力を浴びせられると。

供給と需要の逆転が体内で起こり、不要な魔力の

排出もままならなくなり……、結果、

顔面を、冥土の森の大地にめり込ませることになる。

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