第一章_5話
ーーあの夜からおおよそ半年が経った。
消えかかっていた命を
救ってくれた少女ノアを守ると誓った夜から。
*
この森小屋周りにはノアの師匠が残した
目眩しの結界がはってあるため招かない対象は
入れない仕組みになっているそうだが
なにがあるかはわからない。
なぜならノアが寵愛を受けているのは
黒魔神ヴェノアノールだ。
ノワール族の俺でさえ、俺の種族でさえも
誰も姿を見たことがないとはいうが…
世界の一部を"無かったことに"にできる神。
伝記としか思えないがーー
命を救ってくれたノアが、わざわざ俺に
声を枯らして泣き伝えたことが嘘だと思えない。
"何か"が起きないとも言えない。
万が一のために。
ひとりきりのノアを守れる力を取り戻すよう
毎朝ひとり戦闘用に鍛錬を行うことが
日課となっていた。
鍛錬で暑くなった身体に、雨季にさしかかりそうな
気温が低い早朝の朝もやの中の森林は心地良い。
まとめ上げた薪木の上に腰掛け、
熱が引けるのを待つ。
「う〜おはよぅ…クレナイ…」
ノアは肌着ワンピースのまま眠い目をこすりながら
俺に果実の飲み物を持ってきた。
「早いな、もう起きたのか」
「うん〜〜 一緒に飲もう」
甘酸っぱい目覚め用の果実のジュースは
鍛錬した身体に程よく染み込む。
「ふふ、日課偉いねぇ
私にも今度ノワール族の武術教えてよ」
「いいぞ。護身術以外にも
ノワール族特有の型があるー…おいノア、
背中あいてるぞ」
ノアの肌着は背中で結ぶ紐がついており、
どうやら寝ている間にゆるんだようで
小さな背中から上肩までの紋章が
「わっ!!ごめん!!
見ないでーー!」
「何度か見てるが…」
「でもやっぱいやなのーっ!
見苦しいじゃない…」
ノアはそう言って器用に背中の紐を結び直す。
ーーたった一度だけ、生贄が生まれ持つ紋章だと
背中を見せてもらったことがある。
どの文献にもなかった紋章だったが、
上肩から逆三角形にツルが巻き広がるような
黒い紋章だった。
そして、読めない文字のようなものが
小さくツル周囲に沿って描かれていた。
まるで、身体を侵食する魔法陣のようだった。
「お前がドアをちゃんと閉じず
着替えるから見えてしまうもんは
しょうがないだろう。それに、紋章は見慣れた」
「……むぅぅ」
まぁ少女だが異性だ。気になるのだろう。
俺も決してのぞいているわけではない。
なるほどこれは師匠に厳しくされるのだなと
改めて思ったものだ。
きちんと背の紐を結び直したが
肩までの髪は寝癖でぴょんぴょんと
跳ねている。
「雨季に入るし外出るの難しくなるからなぁ。
狩りにでも出るの?私も行きたい」
「俺はいいが、お前は弓の腕力が足りない。
俺が仕留めるからー」
「んもう!クレナイったら師匠みたい!
いい?私だって早く大きくなって、
強くなって、もっともっと役に立つように
なるんだからね!?
いつかクレナイだって倒しちゃうかもよ?
…いつまでも子供と思わないでよねっ」
ぷぅーと頬を赤めらせノアが言う。
"本来は誰とも関わるべきではない"
苦しくともきっと師匠からそう教わったノアは、
"役に立つこと"に固執しているように見える。
ーー当たり前か、"関わるべき存在"では
ないはずなのだから。
しかしながら、その発言自体が
非常に子供らしさ所以だというのにーー
「……クッ ぷっ、はは、なんだその顔は。
だから子供なんだ」
「あーーーっ!!!!
クレナイが笑ったーー!!!
初めて見たかも!!!!!
えっ!?でも私が子供!?」
ーー俺も驚いた。
自分自身が笑ったのはいつぶりだろうか
ノワール族の里は遠い記憶の彼方だ。
「ははは、顔が真っ赤だぞ」
「うっ、嬉しいけど笑いすぎー!んもう」
ノアに日に日に幼稚さが現れる。
緊張の糸が切れ、きっとノアも俺も
少しずつ"普通の日常"を取り戻してる気がした。
ーーーー思えばなんてことのない
日々のやりとりも、
明日が当たり前にくることも
くだらないことで笑い合える相手がいることも
ただの日常が
こんなに美しく儚いものだったのだ。
ーーそう気づくのは、
いつも失ってからだ。




