第二章:【三年越しの告白】
夜、凪に連絡をした。
『これからよろしくな』
だが、既読がつくまでの時間がやけに長い。連絡してから二時間経過しても既読はつかなかった。まぁ俺がマメすぎるだけかもしれないが、前連絡していた頃は遅くても数十分ほどで既読がついていた。
「あいつもしかして本当に彼氏……?」
ま、そんなこともないか。結局、眠気に負けてそのまま寝落ちしてしまった。
翌日の登校中。
「おーい、どうしたそんな浮かない顔して?」
零の声に引き戻される。
「いや……なんでもない」
顔をそらすと、零に鋭い視線で笑う。
「もしかして、凪から連絡来なくて萎えてんのか?」
「ちげぇし……」
「目を逸らしてるから本当に萎えてんだな」
顔が熱くなる。
「うるせぇ、もうお前置いて先行く」
そう言って、零を置き去りにして猛ダッシュで教室へ向かった。
教室のドアを開けると、凪が一人で椅子に座り、かすかに咳をしている。
「凪……来るの早いな」
「あ、おはよ」
掠れた声が胸に刺さる。
「体調悪いのか?」
凪は少し下を向き、かすかに肩を震わせた。
「うん…ちょっと風邪…」
「そう……なのか」
その声に、俺は胸がぎゅっとなる。心配で、でもどう声をかければいいのかわからない。
すると教室のドアの方から聞き覚えのある声が聞こえた。
「俺、お前走るの速すぎだろ。さっきのことは謝るから……」
「おっとお取り込み中だったとは、悪い悪い。ここは私は退散するとしよう」
「いや別になんもなかったけど……?」
「ま、冗談はさておき凪、ちょっと話したいことがあるんだが放課後、屋上に来てもらえるか?」
凪は少し黙り込んで言った。
「いいよ。でも少し遅れるかもしれないけど大丈夫……?」
「それは構わん。じゃあ放課後待ってるからな」
「お前『待ってるからな』って同じクラスだろ…」
そんなことを話しているうちに次々とクラスの人が来て、授業が始まりいつの間にか授業が終わっていた。
放課後、いつものように零とたわいのない話をしていた。
「いやー学校疲れたぁ」
「そうか?最近はテスト対策あるから早く感じるが……」
「それはお前が頭いいだけ、それよりお前屋上行くんだろ。早く行けよ」
「わかってるって。じゃあ終わるまで昇降口で待っててね」
零はそう言いながらウインクをした。
「はいはい、わかったから早くしろよ」
そう言って俺は屋上に向かうのであった。……そういえば零のやつが言ってた『凪と話したいこと』ってなんなんだろう……。
一方その頃。
私、神谷零は今屋上で凪のことを待っている。理由はただ一つ。凪についてだ。あいつは三年前、確か『あれ』が原因であの島に引っ越すことになったはずだ……。そんなことを考えていたら、階段の方から足音が聞こえてきた。
「来たか……」
ドアの方から凪が来た。そして私の目の前にまで来た。
「凪、単刀直入に聞く。どうしてお前がここにいるんだ……?」
凪は少し黙り込んで口にした。
「……朝に言った『話したいこと』ってこのこと?」
私はコクリと頷いた。そして私は続けて発した。
「お前は確か三年前、『不治の病』という理由で引っ越したはずだ」
私は凪を真っ直ぐ見つめた。
「しかも余命は、あの時の時点で残り半年を切っていたはず……何故なんだ?」
凪はしばらく何も言わなかった。やがて、小さく呟く。
「今は……言えない」
その声は、朝よりもずっと弱かった。
「ただ一つ言えるのは……」
凪は視線を空に向けた。
「余命は、半年じゃなかった」
風が一段と強く吹き抜ける。私は眉をひそめる。
「……どういう意味だ」
凪は少しだけ笑った。けれどその笑みは、目は笑っておらず、どこか諦めていた。
「零が勘がいいから、きっと気づいてるよね」
沈黙。私は喉を鳴らす。
「お前、もしかして……」
その瞬間、凪が静かに首を振った。
「言わないで」
真っ直ぐな目だった。
「優には言わないで。お願い」
「……なぜだ」
「優は、優しいから」
凪はそう言って、フェンスに背を向けた。
「知ったらきっと、私のために全てを尽くしてしまう。そしたら彼を不幸せにさせてしまうから、それと私には『やること』があるから」
そう言ってまた一歩、屋上の出口へ向かう。
「だから……今のままでいい」
ドアが開く、そのとき、凪の足が止まった。壁に手をつき、苦しそうに息を整える。私は思わず一歩踏み出す。
「凪…」
だが凪は振り返らない。その言葉の意味を、私は理解してしまった。ドアが閉まる。
屋上に残ったのは、風の音だけ。
「……優のこと本当に考えてんのかよ」
拳を強く握る。
「……残り時間が、そんなにないっていうのに……」
その頃、何も知らない俺は昇降口で待っていた。
屋上から戻ってきた零は、いつもより静かだった。しかも目の周りが少し赤いような……。
「……お前、凪と何話してたんだ?」
「うるさい、だまれ」
何気なく聞いたつもりだったのだが……。こいつ本当に何があったのだろうか?すると後ろから足音が聞こえてきた。
「優くん……」
「凪……か、ちょっと聞きたいことが……」
俺が言おうとした時、凪は俺の言葉を遮って言った。
「明後日の日曜日、空いてる?」
「あ、あぁ空いているが……」
すると凪はニコッと笑って、
「じゃあデートにいこ!」
「え?」
俺は赤くなった。多分、あいつの冗談……だよな。
「断らないってことはいいってことだよね?じゃあ明日、駅前に十時集合ね。それじゃ!」
それだけを言い残し、凪は帰ってしまった。少し表情が悲しそうな目をしていているのは何故だろう……。
日曜日の朝。駅前。三年ぶりのちゃんとした約束。
「優くん」
振り向くと、凪が立っていた。少し痩せた気がする。でも、笑顔は変わらない。
「待った?」
「いや、今来たところだ」
本当は二十分前からいた。凪は小さく笑う。
「優くん、相変わらずだね」
「何のことだ?」
そう言って俺たちは歩き出す。そして映画を観て、クレープを食べて、川沿いを歩いた。普通のデート。普通の時間。なのに、どこか怖かった。また凪が時々、苦しそうに息を整えるのが気になった。
「大丈夫か?」
「うん、ちょっと疲れただけ」
そう言って笑う。その笑顔が、妙に儚く見えた。そんなこと考えているうちに気づけば夕方になっていた。
「じゃあそろそろ帰る?」
俺は少し悩んだ末、口にした。
「俺について来てくれ……」
それだけを言い残して、歩き始めた。黙々と歩いているうちに懐かしい場所に辿り着いた。
校舎裏。
三年前と同じ、蝉の声。凪も気づいたらしい。
「……覚えてるか?」
「うん」
ここで、俺たちは三年前約束をしたんだ──。
『またね!』
あの言葉を。俺は深呼吸した。三年前は、勢いだった。でも今は違う。ちゃんと伝える。
「凪……」
名前を呼ぶ。凪は静かに俺を見る。
「俺、三年経っても変わらなかった」
心臓がうるさい。
「ずっと好きだった」
凪の指先が、わずかに震える。
「もう一度お前に言わせてくれ……」
三年前と同じ場所で。
「俺と、付き合ってください」
沈黙。蝉の声だけが響く。凪は目を閉じた。そして──小さく笑った。
「……嬉しいよ」
「でも、ごめんね」
胸が、ぎゅっと縮む。
「優くんとは、付き合えない」
頭が真っ白になる。
「なんでだよ」
思わず声が強くなる。凪はゆっくり首を振った。
「優くんには、もっと幸せになってほしいの」
「俺は凪といるのが幸せだって言ってんだろ!」
情けない。どうでもじゃないほどに必死すぎる。すると凪の目に涙が浮かぶ。
「だから……だよ」
声が震えている。
「私、優くんのこと今でも好き……」
その一言で、希望が生まれてしまう。
「でも、だからこそ付き合えない……」
涙が頬を伝う。
「これ以上、優くんの時間を奪いたくないの」
意味がわからない。時間を奪う?
「俺は──」
言葉が続かない。凪を一歩下がる。三年前と同じ距離。
「ごめんね、優くん」
またその言葉だ。凪は振り返らずに歩き出す。今度は、腕を掴めなかった。足が動かない。蝉の声だけが、やけに大きい。三年前と同じ場所。ただ俺は取り残されてる気がした。




