第八十三話 王国の兵士たちは、俺に謝罪しようと列を作った
幕舎の前の列は、夜明け前から伸びていた。
かつてシリウスを臆病者と呼んだ兵。
追放命令を運んだ下士官。
何も知らず、噂を信じた若者。
昨日の裁判で真相を知った者たちが、謝罪するために集まったのだ。
シリウスが外へ出ると、先頭の老兵が震える手で帽子を脱いだ。
「あのとき、俺は笑いました」
シリウスはその顔を覚えていなかった。
相手だけが十年間、その場面を忘れずにいた。
「命令だと聞かされていた。それでも俺は笑った。許してくれとは言いません。ただ、俺が何をしたか知ってほしかった」
シリウスは黙って聞いた。
謝罪を受け取ることと、過去をなかったことにするのは違う。
「聞きました」
老兵は深く頭を下げた。
その後ろに、片腕を吊った元王国兵が立っていた。
戦友の遺品を抱え、袋の中には帰郷できなかった仲間の名を刻んだ木札がある。
「俺たちは、あなたの話を聞こうともしませんでした。謝っても、死んだ者は戻りません」
「そうだな」
「それでも、言わなければ前へ進めないんです」
シリウスは木札を見た。
「その名前を故郷へ届ける手伝いはできる」
兵士の目に涙が浮かんだ。
「俺が笑ったことまで、許してくれるんですか」
「許すかどうかを今決めるつもりはない。だが、君がこれから誰を守るかは見ていたい」
兵士は膝をつこうとしたが、シリウスは止めた。
そのとき、列の後方で人の倒れる音がした。
傷の癒えない復員兵だった。
「道を空けて!」
パルラが駆け寄り、脈を確かめる。
シリウスは兵士たちに道を開けさせた。
「謝罪はあとでいい。まず治療を」
負傷兵の荷物から、何度も書き直した家族宛ての手紙が見つかった。
シリウスは封を切らずに預かり、彼が目を覚ますのを待った。
兵士の命より優先される儀式など、あってはならない。
セリーナが列を整理しながら、ぽつりと言った。
「私も、あのとき声を上げられませんでした」
シリウスは彼女を見た。
「君が今していることを見ている」
それは免罪ではない。
過去に簡単な答えを出す代わりに、これからの行動を見ようという約束だった。
治療が始まると、一人の元伝令兵が前へ出た。
「追放命令を運んだのは私です。命令書を渡すだけの仕事だと思っていました」
「その後、何をした」
「渡し場へ危険を知らせる伝令を志願しました。間に合いませんでしたが」
シリウスは頷いた。
「過去の一日だけで君を決めるつもりはない。これからも危険を知らせる側にいてくれ」
元伝令兵は深く礼をした。
次に、若い兵が尋ねた。
「俺はあの場にいませんでした。でも父が追放を喜んだ。俺は父を恥じるべきですか」
「君がしていないことの責任を負う必要はない。君自身がこれから誰を守るかを考えてほしい」
若者はすぐには納得しなかった。
それでも帽子をかぶり直し、負傷者に水を運ぶ手伝いを始めた。
列の中には、謝る言葉を持たず、ただ戦友の遺品を抱えている者もいた。
衛生兵の一人は手帳を開いて言った。
「私はあなたの退却命令を疑いました。でも、負傷者を先に運ぶ指示だけは守った。三人が生きて帰りました」
「命令を疑ったことは間違いではない。結果を確かめ、自分で選んだなら、それでいい」
衛生兵はようやく顔を上げた。
シリウスは列を見渡した。
一人ずつ謝罪を受け取る式典を続けても、帰れない仲間の名は家族に届かない。
「ここに机を並べてほしい」
書記たちが顔を上げる。
「謝罪の名簿ではない。行方不明者と遺族の連絡先を調べるための机だ。負傷者には椅子と水を」
兵士たちは互いに顔を見合わせ、やがて木札と手帳を持ち寄った。
片腕を失った兵士は、軍学校で上官の命令を疑えなかった経験を話すと申し出た。
老兵は遺品の届け先を調べ始めた。
誰かに許してもらうためではない。
帰れなかった仲間のためだった。
夕刻、机の上には謝罪の言葉より多くの名前が集まった。
シリウスは帰還先の記された名簿を受け取った。
その中に、住所の空白がいくつもあることに気づく。
謝罪の列はようやく役目を変えた。
だが、兵士たちを故郷へ帰す仕事は、まだ始まったばかりだった。




