第八十二話 宰相の裁判で、かつての追放の真相が暴かれた
法廷の中央に置かれたのは、かつての追放命令書だった。
シリウスの名の横には、軍機を漏らしたという罪状が記されている。
だが、押印の日付は問題の作戦会議より前だった。
書記官が矛盾を読み上げると、傍聴席にどよめきが走った。
「手続き上の誤りだ」
宰相バルザックは言い張った。
セリーナは当時の門衛の日誌と伝令の受領簿を提出した。
夜中に命令書を運んだ使者の名と時刻が、両方に残っていた。
弁護人が立ち上がる。
「印章が本物でも、文面が差し替えられた可能性はありますね」
「あります。だから、証明できることだけを申し上げます」
セリーナは反論を急がなかった。
追放命令書、門衛の日誌、伝令の受領簿。
三つの記録は同じ時刻を指していたが、誰が最初に偽の罪状を書いたかまでは示していない。
「推測で人を裁けば、かつてと同じことになります」
裁判長は頷き、記録の真正を一つずつ確認するよう命じた。
次に証人席へ立ったのは、追放当時の軍議に出席した老書記官だった。
彼は命令簿を両手で抱えていた。
「宰相の指示で、シリウス殿の警告を議事録から外しました」
傍聴席から罵声が上がる。
「私は気づいていました。偽の受領印にも。ですが、拒めば家族が職を失うと告げられ、黙りました」
裁判長は書記官の言葉を遮らせなかった。
ところが、書記官が持参した控えと城の保管庫にあった原本では、日付が一日ずれていた。
「どちらが正しいのですか」
問われた老人は唇を噛んだ。
「控えの日付を書き直したのは私です。恐ろしくなって……」
シリウスは立ち上がらなかった。
老人が日付を偽ったことと、宰相が警告を握り潰したことは、別々に確かめなければならない。
裁判長は原本の紙質、印章の保管記録、伝令の受領時刻を再調査させた。
そこで故マック将軍の元副官エドガーが進み出た。
「陛下を守るためだった」
そう繰り返すバルザックに、エドガーは首を振る。
「守ったのは陛下の判断ではない。自分の地位だ」
エドガーが証拠台に置いたのは、亡きマック将軍の手帳だった。
表紙は川の泥で変色している。
そこには渡河の延期を進言した日時、警告を受領した監察官の名、救助を優先した命令が記されていた。
「将軍はシリウス殿の撤退策を支持していました。私は知りながら、追放の場で声を上げられなかった」
弁護人は筆跡を疑った。
エドガーは記憶だけで答えず、同じ日に工兵が残した測量簿との照合を求めた。
雨で滲んだ数字と時刻が、手帳の記述を裏づけた。
その結果、シリウスの警告が軍議より前に届いていたことが確認された。
エドガーは証言を終えると、背筋を伸ばしたまま頭を下げた。
シリウスは、長い間聞けなかった言葉をようやく受け取った気がした。
それでも胸の痛みが消えたわけではない。
審理は追放命令だけでは終わらなかった。
法廷の外には、宰相に倉庫を没収された商人と、徴発を実行した元兵士がいた。
「お前が鍵を奪った!」
「命令だったんです」
二人の声がぶつかった。
シリウスは双方を別々の証言室へ案内した。
命じた者の責任と、実行した者の責任。
そして奪われた物資によって飢えた村の被害。
それらを一つの怒りで片づけることはできない。
裁判長は押収帳簿と被害の申し立てを照合するよう命じ、追放の不当性と宰相の刑事責任を分けて審理すると宣言した。
「宰相への処罰を望みますか」
裁判長に問われ、シリウスは答えた。
「私が決めることではありません。奪われた兵糧、徴発で飢えた村、偽の命令で死んだ兵士。それぞれの被害を記録し、証拠に基づいて裁いてください」
自分を陥れた相手だからこそ、知らないことは知らないと言う。
復讐のために判決を急げば、かつて自分を追放した者たちと同じ過ちを犯す。
シリウスは提出文書の写しを被害者側にも渡すよう求めた。
閉廷後、若い書記が廊下で尋ねた。
「将軍。無実が明らかになったのに、嬉しくないのですか」
「嬉しいよ。でも、無実だったことは追放された日から変わらない。変わったのは、皆がそれを知れるようになったことだ」
扉の向こうには、まだ証言を待つ農民たちがいた。
失われた歳月は戻らない。
それでも、次に権力者が記録を書き換えようとしたとき、拒める前例は残せる。
法廷を出ると、王国の兵士たちが廊下の先で待っていた。
彼らは裁判の結果を聞き、誰からともなく帽子を脱いだ。
シリウスはまだ、その列が翌朝どれほど長くなるかを知らなかった。




