↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能と罵られ追放された天才軍師、敵国で英雄になる ~追放した王国が、今さら停戦を求めて土下座してきても遅い~  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
78/120

第七十八話 王国の最後の軍勢が降伏した

王都の東門に白旗が上がった。

しかし門は開かなかった。

内側には、降伏を命じられた五万人の兵がいた。

剣を置けば殺されると信じる者、王への忠誠を捨てられない者、帰る村を焼かれた者。

恐怖は一つの命令では消えない。

シリウスはガイルに言った。

「武装解除を急げば、誰かが暴発する。まず手順を示そう」

広場を五つに分けた。

武器の返納、負傷者の診察、本人確認、帰郷先の登録、食料の受け取り。

各区域には王国側の将校も立ち会わせた。

「敵に名簿を触らせるのか」と帝国の副官が問う。

「敵だからこそ、互いの記録を照合する。片方だけが管理すれば、消された名前に気づけない」

最初の百人が門を出た。

城壁から古参兵が怒鳴る。

「国を売る裏切り者め!」

若い農民兵が足を止めた。

その背中には、同じ村から徴募された弟がいる。

「兄ちゃん、戻ろう。撃たれる」

そこへ近衛指揮官オルフェンが歩み出た。

彼は自分の剣を鞘ごと地面に置いた。

「降伏を命じたのは私だ。責任を問うなら私に問え」

城壁の弓が震えた。

隣の兵が、射手の腕をゆっくり押し下げた。

列が進み始めたとき、書記が名簿の異常を見つけた。

「第五隊の五人が、脱走兵として抹消されています」

王国の隊長は目を逸らした。

「敗北を認める記録を残すなと、命じられた」

「その五人は本当に脱走したのか」

「……分かりません。最後に見たのは北の橋です」

列から青年が飛び出した。

「兄はそこにいた! 逃げる人間じゃない!」

帝国兵が槍を構えかける。

シリウスは手を上げて止めた。

「名前を戻せ。死者と行方不明者を混同するな。最後に目撃された場所も記録しろ」

「調べるまで、家族には何と言えば」

「分からないと伝える。それが最初に守るべき事実だ」


午後、武器の山から一本の槍が消えた。

警備兵が騒ぎ、逃亡の噂が広がった。

槍は施療院の裏で見つかった。

片足を失った老兵が、杖代わりにしていたのだ。

「これがなければ歩けない」

シリウスは工兵に穂先を外させ、握りを布で巻かせた。

「武器は置いてもらう。歩くための支えまで奪う必要はない」

老兵は新しい杖を握り、泣きながら礼を言った。

夕刻、降伏を拒んでいた最後の小隊が現れた。

隊長は王国旗を胸に抱いている。

「旗だけは地面に置けません」

「置かなくていい。畳んで持ち帰ってくれ」

「敵国の旗を、許すのですか」

「今日終わらせるのは戦闘だ。あなたの故郷まで消すつもりはない」

小隊長は長く目を閉じ、部下に剣を置かせた。

最後の剣が石畳に触れたとき、ガイルは勝鬨の合図を待った。

シリウスは首を振った。

広場の端には、降伏兵を迎えに来た家族が集まり始めていた。

知らせを聞いた村々から、荷車と徒歩で駆けつけた人々だ。

門番は混乱を恐れて柵を立てたが、名簿を読み上げる場所がない。

シリウスは書記官に、帰還先ごとの掲示板を作らせた。

「生きている者、負傷した者、所在を調べている者を別々に書け。空白を死者で埋めるな」

最初に名を呼ばれた青年は、柵の向こうに母を見つけた。

駆け出そうとして、武器を預けた証書を落とした。

「戻れ、手続きが終わっていない!」

警備兵の怒声に、母親が怯えた。

シリウスは証書を拾い、書記へ渡した。

「確認はここでできる。母親に会うために列を外れたことを、逃亡として記録するな」

青年は母に抱きついた。

誰も拍手しなかった。

すぐ隣で、別の母親が息子の名を探していたからだ。

「第五隊のラウルは、どこにいますか」

書記は抹消された五人の欄を見つめた。

「まだ確認できていません」

「死んだのですか」

「それも、まだ分かりません」

母親は泣かなかった。

ただ、持ってきた厚い外套を抱き直した。

「寒がりなんです。見つかったら、これを渡してください」

シリウスは外套を受け取り、本人確認の記録に添付するよう命じた。

調査を続けることを、誰か一人の善意に任せないためだった。


午後には、王国側の将校が帝国の配給量を疑った。

「兵には一日二食と聞いた。こちらの列は一食しか受け取っていない」

ガイルが倉庫を調べると、輸送の遅れで麦袋が半日分足りなかった。

隠していたわけではない。

だが不足は事実だ。

「説明しても腹は膨れん」

シリウスは帝国軍の予備食を回すよう命じた。

ガイルは顔をしかめた。

「うちの兵が不満を言うぞ」

「ならば、先に理由を説明する。今日飢えた兵が明日暴れれば、誰も家に帰れない」

夕刻、炊事場には二つの国の兵が並んだ。

食器も言葉も違ったが、湯気の立つ鍋を前にした顔は似ていた。

城壁に残っていた古参兵が、ついに降りてきた。

彼は剣を差し出し、かすれた声で言った。

「敗れたことより、部下を帰せないのが怖かった」

「ならば、一緒に帰す方法を考えましょう」

シリウスは剣を受け取り、兵の名前を尋ねた。

「まだ終わっていません」

帰郷先の欄が空白の兵がいる。

負傷者の搬送も続いている。

行方不明者の名簿には、調査中の印が並んでいた。

彼は降伏報告書の『武装解除完了』の下に、もう一行を書き加えた。

『帰還支援および行方不明者調査、継続中』

日が落ちる頃、帰還の列はまだ続いていた。

帝国兵が王国兵に灯りを貸し、王国の書記が帝国の軍医へ患者の名を伝える。

誰も相手を友と呼ばない。

けれど、名前を聞き間違えたときには言い直した。

シリウスは最後の名簿を閉じる前に、翌朝の担当者を決めた。

自分が去ったあとも、行方不明者を探す仕事が続くように。

降伏は将軍の署名一つで終わる。

だが、戦争を終わらせる仕事は、その署名のあとに始まるのだった。

誰も置き去りにしない。

その約束を守る夜だった。

誰も置き去りにしない。

その約束を守る夜だった。

夜、帝国軍と王国軍の炊事兵が同じ井戸から水を汲んだ。

笑い合う者はいない。

それでも、互いに剣を抜かなかった。

シリウスはその光景を見て、ようやく小さく息を吐いた。

勝利の瞬間は、歓声ではなかった。

昨日まで敵だった兵が、明日の食事を心配できるようになった。

その静けさこそ、彼が守りたかったものだった。

武器を置く場所と救護所は別々に設けた。

城門から出る兵が一度に押し寄せれば、降伏の場が新たな惨事になる。

シリウスは部隊ごとに順番を決め、確認が終わるまで帝国兵にも前進を禁じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。