↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能と罵られ追放された天才軍師、敵国で英雄になる ~追放した王国が、今さら停戦を求めて土下座してきても遅い~  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
72/120

第七十二話 俺は城を攻めず、王都へ食料を届け始めた

王国側の門番は、配給の袋に帝国の印があることを恐れた。

「受け取れば裏切り者にされる」

シリウスは印を消すよう命じなかった。

代わりに王国の施療院長にも袋数を確認してもらい、双方の控えを作った。

「誰が何を渡したかを隠せば、あとで毒だと疑われても反論できません」

最初の荷車が城門に近づいたとき、城壁の弓兵が一斉に弦を引いた。

「止まれ! 敵国の物資は受け取れぬ!」

門番の声はかすれていた。

その背後で、小さな手が格子の隙間から伸びている。

シリウスは荷車を止め、穀袋を一つ地面に置かせた。

袋の口を開き、粉にした麦をひとつまみ口に運ぶ。

毒を疑われることを見越しての行動だった。

「王国軍に渡す兵糧ではない。施療院の病人と、子どものための食料だ」

門番は答えなかった。

背後の子どもが「お母さんに食べさせたい」と呟いたときだけ、肩が動いた。

問題は受け渡し後だった。

王宮の倉庫へ運ばれれば、民には届かない。

シリウスは施療院長、城内の商人代表、帝国の補給官の三者で数量を記録し、受領印のある札を各袋に縫いつける方法を提案した。

「敵国の将軍の署名がついた食料など、誰が受け取る」

商人代表の老人は厳しい顔をした。

「だから私一人の署名にはしません。あなた方の名前も残す。もし届かなければ、どこで消えたか追えるように」


翌朝、荷車の列は城門ではなく、城壁脇の施療院へ向かった。

兵士の目を盗んで運ぶのではない。

双方の立会人の前で一袋ずつ数えた。

ガイルは遠くからその様子を眺めていた。

「食料を渡せば、敵はもう少し戦えるぞ」

「飢えた子を盾にした勝利なら、必要ありません」

夕方、施療院から返ってきた札には、子ども三百二十一人、病人九十四人に配ったと書かれていた。

シリウスは数を確かめ、明日の荷車を一台増やした。

配給が始まって三日目、帳簿の数字が合わなくなった。

施療院に届けたはずの小麦十袋が消えている。

補給官は王国兵による横領を疑い、護衛を増やすよう進言した。

「兵を増やせば、今度は食料が占領軍の管理下にあると見られる」

シリウスは城内の商人代表と施療院長を呼び、受領票を一枚ずつ突き合わせた。

紛失した十袋は、倉庫へ入る前に記録から消えていた。

「袋を運んだ人間を責める前に、道を見ましょう」

運搬路の端には、荷車の車輪が深く沈むぬかるみがあった。

雨のあとで橋板が外れ、運び手が迂回していたという。

迂回先には王宮の徴収所がある。

セリーナは唇を噛んだ。

「徴収官が施療院の食料まで取り上げたのね」

「証拠が揃うまで断定はしない。ただ、次の荷車にはあなたも同乗してほしい」


翌日、徴収所の役人はいつものように荷を止めた。

だが王国の騎士であるセリーナが受領票を示すと、役人の顔色が変わった。

「これは陛下の命令で――」

「では命令書を見せて。病人の食料を奪う権限がどこにあるのか、私も確かめたい」

役人は答えられなかった。

十袋は奥の倉庫から見つかったが、シリウスは役人をその場で処刑させなかった。

記録を封印し、王都の自治会へ引き渡した。

誰が裁くかまで帝国が決めれば、救援は支配へ変わる。

施療院では、一人の母親が薄い麦粥を冷ましながら娘の口へ運んでいた。

少女は半分だけ食べ、残りを母親へ押し返す。

「お母さんも」

配給の四日目、施療院長から別の報告が届いた。

穀袋は届いているのに、粥を炊く薪が尽きかけている。

井戸の水を煮沸する分まで含めれば、あと二日しか持たないという。

「食料だけ積めば救援になると思っていたな」

シリウスは自分の見落としを認め、補給官と地図を囲んだ。

近くの森を切り尽くせば冬を越す住民が困る。

そこで帝国軍の野営地で余った薪を集め、倒木を運ぶ許可を周辺の村長から得た。

村へは代金を支払う。

無償で提供させれば、王国軍の徴発と何も変わらない。

補給官は帳簿を閉じた。

「このままでは遠征費が足りません」

「皇帝へ追加予算を請う。認められなければ、私の指揮方針そのものを問い直してもらう」

「大将軍の地位を賭けるのですか」

「子どもに粥を渡すと約束して、鍋に火がつかないのを見過ごす方が怖い」

しかし城内では別の問題が起きていた。

配給の列に並べない老人や障害のある者が取り残されていたのだ。

商人代表は戸別配達を提案したが、帝国軍の兵が路地へ入ることに住民は反発した。

「運ぶのは私たちがやります」

リゼというパン職人の娘が手を挙げた。

彼女は路地の家々を知っていた。

セリーナは護衛を申し出たが、リゼは首を振る。

「騎士様が一緒だと、扉を開けてくれない家もあります」

セリーナは剣帯を外した。

「それなら荷車を引く係でいい。あなたが先頭を歩いて」

配達の途中、扉の奥から「敵の麦はいらない」と怒鳴られた。

リゼは反論せず、袋を戸口に置こうともしなかった。

代わりに、いつでも受け取れるよう施療院に取り置くと伝えた。

選ぶ権利まで奪わないためだった。

夕暮れ、施療院の鍋に再び火がともった。

シリウスは配給表に『薪』『水』『運搬人員』の欄を増やした。

救援とは、食べ物を届けた瞬間ではなく、食べられる状態になるまで続く仕事なのだ。

シリウスはその光景を見て、補給官に告げた。

「明日の数量は変えない。だが乳児用と病人用を分けよう。袋の数だけで、救えた命を数えたつもりになってはいけない」

配給袋の数は帝国側と王国側で別々に記録した。

どちらかの帳面が消えても、誰に渡したかを確かめられるようにするためだ。

シリウスは「食料を受け取った者に忠誠を求めない」と繰り返した。


翌朝、リゼは荷車の車輪を拭きながら言った。

「明日も来てくれるの?」

補給官は約束をためらったが、シリウスは予定表を見せた。

「天候で遅れることはある。そのときは理由も知らせる」

曖昧な希望ではなく、守れる予定を渡したかった。

初めて薪が届いた日、施療院の炊事係は袋の麦を量り直した。

昨日より少ないと騒ぐ者がいたからだ。

調べると、水分の抜けた麦の重さが変わっていた。

シリウスは重量だけでなく、炊き上がった粥の杯数も記録させた。

帳簿が正しくても腹が満たされなければ意味がない。

炊事係は『数字だけ見ていたら、私も間違えた』と笑った。

その笑顔は久しぶりだった。

施療院長は配給を受けた人々の体調を記録し始めた。

粥を飲めるようになった老人の名前の横に、小さな丸が増えていく。

シリウスは数字を見て、ようやく肩の力を抜いた。

配給開始から二日目、鍋の前で老人が倒れた。

食料が足りないのではない。

空腹が長すぎて、急に食べると身体が受けつけない者がいたのだ。

パルラは粥を薄め、一度に渡す量を減らすよう炊事係に頼んだ。

「少なく見えて、文句を言われます」と係は戸惑う。

「理由も一緒に説明しましょう」

シリウスは配給の掲示に、量だけでなく医師の注意書きを加えさせた。

救援は荷車を城門に通せば終わるものではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。