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無能と罵られ追放された天才軍師、敵国で英雄になる ~追放した王国が、今さら停戦を求めて土下座してきても遅い~  作者: レモンティー


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第六十七話 王都では食料が不足し、暴動が始まった

王都のパン屋には、まだ夜が明けないうちから列ができていた。

最後の一斤を前に、幼い子を抱いた母親が銅貨を数え直す。

「昨日の値段なら買えたんです」

店主は目を伏せた。

麦粉の仕入れ値が三日前の倍になっている。

後ろから割り込んだ男が母親を押し、子供が転んだ。

怒号が上がり、石が店の窓を割った。

衛兵が槍を構えたとき、騎士セリーナがその前に立った。

「穂先を下ろせ。パンを買いに来た人間を敵兵にするな」

「しかし、暴徒が――」

「石を投げた者は調べる。だが、まず子供を起こせ」

セリーナは負傷者を施療院へ運ばせ、店主と衛兵と市民の証言を別々に記録した。

飢えが暴力を正当化するわけではない。

それでも、飢えの原因を放置したまま罰を与えれば、明日も同じことが起こる。


午前、セリーナは王宮の食糧庫へ向かった。

市場の暴動で捕らえられた三人についても、彼女は釈放を求めなかった。

石を投げた者の責任は調べる。

ただし、空腹の市民をまとめて反逆者と呼ぶことだけは止めさせた。

「裁くなら一人ずつです。食べられない理由まで罪にしてはいけません」

王宮の食糧庫には、帳簿上は備蓄がある。

ところが倉庫番が示した袋数は、記録より少なかった。

「王宮の厨房へ回した分もあります。しかし、この差は……」

「封印を解く前に、実数を数え直しましょう。市民の立会人も呼んでください」

倉庫番は青ざめた。

「宰相府の許可がなければ、一袋も出せません」

セリーナは許可を求める文書に時刻を記し、控えを取った。

無断で扉を壊せば、残った食料まで奪い合いになる。

だからといって、役所の返事をただ待つこともできない。

彼女は教会と施療院の備蓄を調べ、今夜を越えるための炊き出しを頼んだ。

パン屋の主人も、商売に使うはずだった小麦粉を少しだけ持ってきた。

「これで全部を救えるとは思わん」

「ええ。だから王宮の倉庫を開かせます」

同じころ、帝国軍の陣営には王都の市場価格を記した密偵の報告が届いていた。

麦粉、塩、薪。

いずれも値上がりし、荷車の麦は王宮用として衛兵に守られているという。

「城を囲めば、王は折れるでしょう」とガイルが言った。

シリウスは報告書を閉じた。

「先に倒れるのは王ではない。子供と病人です」

「では食料を送りますか。王宮に奪われる恐れがあります」

「城外に炊き出しを設ける。王国の医師と市民代表に配給を確かめてもらい、誰が何を受け取ったかは控えを残す。ただし、忠誠を誓わせる名簿にはしない」

「王国兵にも配るのですか」

「武器は預かる。食事は断らない」

シリウスは補給官に、三日分の食料と運搬可能な量を別々に計算させた。

帝国兵の糧食を空にしては救援は続かない。

明日以降の配給時刻も、初日から掲示するよう命じた。


夕刻、城門の外に湯気の上がる鍋が据えられた。

最初に来たのは、背中に子供を負った女だった。

彼女は椀を受け取ると、口をつけず子供へ渡した。

次に並んだのは、王国の軍服を着た男だった。

護衛が止めかける。

「その人も、三日食べていないよ」

女の言葉に、護衛は手を下ろした。

それでも列は長くならなかった。

帝国の食事を受け取れば反逆者とされる、という噂が城内に広がっていたからだ。

王国出身の医師が自分で一椀食べて見せ、配給の条件を読み上げた。

「名前も忠誠も聞きません。病人には持ち帰りを認めます」

ようやく、門の陰から少年が出てきた。

母親の分も欲しいという。

医師は少年に付き添い、寝込んだ母親のもとへ椀を運んだ。

配給所の端では、王国の衛兵が人々の列を見守っていた。

「我々が護衛につけば、帝国に協力したと報告される」

セリーナは王宮の通行札を見せた。

「ならば私の指示として記録してください。配給を受けた者の名は記さず、争いが起きた件数だけを報告します」

衛兵は槍を地面に立て、列を乱さないよう声をかけ始めた。

敵軍の施しではなく、今夜を生き延びるための共同作業になりつつあった。

夜、王都の鐘が鳴った。

暴動はひとまず収まったと伝えられたが、セリーナは安堵しなかった。

彼女の前には、王宮から届いた短い返答がある。

『食糧庫の開放は認めず』

「理由は?」

使者は答えられなかった。

セリーナは拒否の文書を保管し、翌朝の再審議を求める書面に署名した。

市民の人数、残る食料、倒れた者の名。

すべて添えた。

王宮の門は、まだ開かない。

だが、今夜だけは誰も槍でパンを奪わずに済んだ。

そして城門の外では、敵国の大将軍が明日の鍋の数を数えていた。

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