第六十五話 王国の兵士たちが、次々と武器を捨て始めた
投降した兵の列に、弓を背負った少年がいた。
「これを置けば、村へ帰れますか」
シリウスは首を横に振った。
「帰る道を確かめるまでは約束できません。ですが、あなたを再び戦わせるために預かるのではありません」
少年は弓の弦を外し、地面へ置いた。
丘の下に剣が置かれた。
一本、また一本。
投降してきた王国兵の中には、帝国兵より若い顔もあった。
シリウスは白旗の下へ歩み寄る前に、弓兵へ弦を緩めるよう命じた。
投降してきた王国兵は二十人に満たなかった。
武器を地面に置いた彼らの手は震えていた。
隊長格の青年は「村の種麦を奪えと言われた。拒めば家族まで処罰すると」と話した。
ガイルは罠を疑ったが、シリウスは一人ずつ武器を確認し、負傷者を別の幕舎へ移した。
降伏を知った王国軍の別隊が丘の向こうに現れた。
彼らは投降兵を裏切り者として射ようとした。
シリウスは投降兵を盾にせず、帝国兵の防盾を前に並べた。
矢が盾に突き立つたび、青年の肩が跳ねた。
「どうして守る」
「武器を置いた者を殺せば、次は誰も降伏できない」
その言葉を聞いた帝国兵が盾を握り直した。
夜、投降兵に家族への手紙を書く紙が配られた。
ある兵は「生きている」と一行書き、続きを書けずにいた。
別の兵は「村から麦を奪わなかった」とだけ書いた。
シリウスは検閲するのではなく、家族の所在地と伝達方法を確認させた。
手紙を運ぶ役を引き受けた村人は「うちの息子も徴兵された」と言った。
翌日、王国軍の見張り台から白布が上がった。
二人、五人、十人。
まだ武器を握る者もいたが、仲間を撃つ命令に従わない者が増えた。
シリウスは勝利を宣言しなかった。
降伏した者を飢えさせず、辱めず、帰れる場所を残すこと。
それが次の白布につながると知っていたからだ。
最初に武器を置いた王国兵は、十七歳ほどの若者だった。
槍を投げ捨てたあとも、両手を上げることを知らず立ち尽くしていた。
帝国兵が近づくと、若者は「殺さないで」と叫んだ。
シリウスは距離を保ったまま、武器を拾わないよう伝えた。
後ろの王国兵が若者を裏切り者と罵った。
その声を聞いて、二人目が槍を落とす。
三人目は仲間の腕を掴んでいた。
降伏の意思がある者と、まだ戦う者が入り混じり、誤射一つで惨事になる状況だった。
シリウスは白布を掲げる位置を変えた。
降伏者が進む道と負傷者を運ぶ道を分け、盾兵には槍先を下げさせる。
「なぜ敵のために道まで作る」と若い帝国兵が尋ねた。
「道がなければ、逃げる兵も戦う兵も区別できない」
投降した若者の靴底は破れ、足の指が血で染まっていた。
パルラが手当てをすると、彼は何度も「明日は畑へ帰れるか」と尋ねた。
帰還を約束できないシリウスは、氏名と故郷を記録し、家族へ無事を知らせる手紙を書かせた。
その紙を握った若者が泣いたとき、周囲の兵は誰も笑わなかった。
最初に槍を置いた王国兵は、勇敢な男には見えなかった。
震える手で武器を地面へ滑らせ、仲間から罵声を浴びていた。
帝国兵の弓が一斉に向けられる。
シリウスは旗手に白布を掲げさせ、投降者が歩く道を作った。
「武器を置いた者を撃つな」
その命令は、王国軍にも聞こえるよう何度も繰り返された。
やがて二人目、三人目が現れた。
彼らは敗北を認めたのではない。
今日だけは誰かを殺さずに済む道を選んだのだ。
投降者の一人が「仲間はまだ向こうにいる」と訴えた。
シリウスは捕虜の数を数え直させた。
無理に連れ出せば戦闘になる。
残せば見せしめにされるかもしれない。
彼は王国側へ使者を送り、投降した兵士の氏名と負傷状況を通知し、家族への連絡を求めた。
書面には帝国軍の署名も添えた。
戦場で交わした約束を、翌朝にはなかったことにさせないためだった。
投降した青年は、置いた剣を何度も振り返った。
「これを捨てたら、父は俺を臆病者と呼ぶ」
シリウスは剣を拾わず答えた。
「家へ帰って、父上に自分の言葉で説明すればいい」
青年は唇を噛んだ。
「帰れるのか」
帝国軍の捕虜名簿には、彼の村の名も書かれた。
シリウスは処遇を文書にして読み上げさせた。
信じろと命じるより、守る約束を残す方が難しいと知っていた。
投降者を受け入れる野営地では、王国兵と帝国兵の間に小競り合いが起きた。
帝国兵の兄は先月の戦いで死んでいた。
彼は捕虜の顔を見るだけで拳を握る。
シリウスはその兵を責めず、捕虜の護衛から外した。
「復讐したくなるのは分かる。だが、お前が後悔する命令は出さない」
代わりに彼を戦死者の遺品整理へ回した。
夜、兵は兄の名が書かれた小さな木札を持って戻った。
「あいつらを許したわけじゃありません」
シリウスは「許さなくていい」と答えた。
「それでも、武器を置いた相手を殺さない。それが軍の約束だ」
兵は木札を握り、黙って敬礼した。
翌朝、投降者の名簿を読んでいたシリウスは、同じ村の出身者が何人もいることに気づいた。
彼らは互いを知らなかったが、帰る畑の景色は同じだった。
兵が戦場で敵味方に分かれる理由を、誰も説明できなかった。
シリウスは帰還希望者の欄を新たに設けた。
捕虜収容所では、投降兵に武器を戻すべきだという声が出た。
帝国兵と一緒に村を守らせれば戦力になる。
シリウスは認めなかった。
「武器を置く決断をした者に、今度は我々のために戦えと命じるのか」
ガイルは不満げだったが、投降兵の中に負傷者が多いと知って口を閉ざした。
パルラは傷の深い順に治療し、王国兵にも帝国兵と同じ包帯を使った。
青年は包帯を見つめ、「これで帰れるのか」と再び尋ねた。
シリウスは帰還の道が安全だとは言わなかった。
ただ、送り届ける交渉を始めると約束した。
青年の剣は他の武器と一緒に番号を付けて保管された。
シリウスは処分を急がなかった。
戦いが終われば、持ち主が畑仕事の道具へ打ち直すこともできる。
ガイルは「剣を鋤にか」と呟いた。
「剣で守れなかったものを、鋤で守れる日が来るかもしれません」
シリウスはそう答えた。
投降した兵の一人が剣を置かず、握ったまま震えていた。
「父の形見なんだ。捨てたら帰れない」
帝国兵が槍を構える。
シリウスは二歩だけ近づき、「刃を下に向けて置いてくれ。名を記して保管する」と告げた。
青年は何度も確かめてから剣を離した。
武器を捨てさせることと、誇りまで奪うことは違う。
やがて列の後方からも剣が地面に置かれ始めた。
金属の音は歓声より小さかったが、戦場の空気を確かに変えた。
武器を置いた兵には水と食事が配られ、負傷者は先に救護所へ運ばれた。
帰郷を望む者にも、道の安全が確かめられるまで滞在場所を用意した。
投降は自由を即座に取り戻す魔法ではなかった。
武器を捨てた王国兵の一人が、足元の剣を再び握ろうとした。
帝国兵が身構えると、男は剣の柄に結んだ家族の布を指した。
「それだけ持って帰りたい」
シリウスは布を外して返すよう命じた。
降伏を受け入れることと、帰る理由まで奪うことは違った。




