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無能と罵られ追放された天才軍師、敵国で英雄になる ~追放した王国が、今さら停戦を求めて土下座してきても遅い~  作者: レモンティー


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第五十話 無能と追放された俺は、帝国の大将軍になった

広場で万歳の声が上がったとき、シリウスは負傷兵の席が用意されていないことに気づいた。

式典の責任者は慌てたが、彼は式を止めず、帰還兵の代表を壇上へ招くよう頼んだ。

帝都の広場には、軍旗を見上げる兵と市民が集まっていた。

かつて王国の城門を出たとき、シリウスの荷物は小さな鞄ひとつだった。

誰も見送らず、門番だけが冷たい目で背中を見ていた。

いま、彼の名を呼ぶ声は広場の端まで続く。

だが胸に浮かんだのは勝ち誇る気持ちではなかった。

帰れなかった兵の顔だった。

王国を追放された日、シリウスの荷物は小さな鞄ひとつだった。

十年後、帝国の大将軍として授かったのは、金の勲章よりも重い軍旗だった。

兵士たちの歓声の中、彼は旗を掲げる前に一度だけ目を閉じた。

脳裏に浮かんだのは、王宮の侮辱ではない。

国境で帰りを待つ家族、避難路を教えてくれた農婦、武器を置いた王国の少年だった。

大将軍の徽章を受け取ったとき、シリウスの脳裏に浮かんだのは追放の日の雨だった。

王都の門は閉ざされ、荷物は古い外套と地図だけ。

あのとき自分を見送った者たちが、今も王国で生きている。

胸に新しい徽章があっても、十年前の傷が消えるわけではない。

大将軍の軍旗が差し出された。

シリウスは両手で受け取ったが、すぐには掲げなかった。

「この旗の下で、何人が命を落としたのでしょう」

皇帝アレクシスは答えを飾らなかった。

「少なくない。だからお前に預ける」

シリウスはうなずいた。

勝利の数を誇るためではなく、次に失う命を減らすために持つ旗だと理解した。

皇女エリシアは微笑んだ。

「これで、あなたを無能と呼ぶ者はいなくなりますね」

シリウスは首を振った。

「失敗すれば、また呼ばれます」

彼女は驚いた顔をした後、真剣な目になった。

「それでも、あなたは逃げないでしょう」

シリウスは答えた。

「逃げるべきときは逃げます。兵を生かすためなら」

二人は顔を見合わせ、ようやく笑った。

祝宴の席で、若い士官が「王国に復讐なさるのでしょう」と尋ねた。

シリウスは杯を置いた。

「復讐する相手を間違えれば、守るべき人々を傷つける」

士官は納得できない顔をした。

シリウスは続けた。

「王国軍には徴募された農民がいる。彼らを殺して、私の名誉が戻るわけではない」

華やかな広間で、その言葉だけが静かに響いた。

皇女エリシアは言った。

「これで、あなたを無能と呼ぶ者はいなくなるでしょう」

シリウスは首を振った。

「まだいます。失敗すれば、また呼ばれます」

エリシアは驚いたが、彼は穏やかに続けた。

「それでいいんです。肩書きが判断を正しくするわけではありませんから」

帝国の将軍たちは、勝利よりも敗北の可能性を口にする新しい大将軍を見つめた。

ガイルは大勢の前で頭を下げた。

「総司令官、命令を」

シリウスは彼を立たせた。

「まず兵に休暇を。次に負傷者の家族へ手紙を」

華やかな式典には似合わない命令だった。

だがそれを聞いた兵たちの歓声は、先ほどよりずっと大きかった。

自分たちの暮らしが、将軍の目に映っていると分かったからだ。

エリシアはシリウスに古い地図を返した。

黒岩砦を守ったころから使い続けたもので、折り目には修繕した跡がある。

「新しい地図を作らせましょうか」

シリウスは首を振った。

「これには、間違えた道も残っています」

失敗を消してしまえば、次に同じ場所で迷う。

彼は地図を広げ、まだ戦争の続く国境へ指を置いた。

式典の後、パルラがいつもの麦粥を持ってきた。

「偉くなったからって、食事を抜いたら許さないよ」

シリウスは匙を受け取り、苦笑した。

高価な料理も並んでいたが、湯気の立つ椀の方が懐かしかった。

国境の砦で、空腹の兵を前に食事の量を数え直した日。

あの日の小さな決断が、ここまで続いている。

その夕方、シリウスはセリーナから届いた短い便りを読んだ。

『王国には、まだ帰れない人々がいます』。

彼は紙を丁寧に折り、作戦図の端に置いた。

王国の国王が何を選ぶかは、まだ分からない。

十二万人の徴募も撤回されていない。

大将軍になった今日が、物語の終わりではなかった。

シリウスは軍旗を窓辺に立て、次の地図を開いた。

「今度こそ、戦わずに帰せる兵を増やそう」

パルラが祝宴の料理を運んできた。

豪華な皿の陰で、彼女は小さなパンを一つ差し出した。

「最初に兵たちへ出したパンです。覚えていますか」

シリウスは笑った。

行軍の途中で硬くなり、兵士たちに不評だったあのパン。

二人で炊事場を回り、何度も作り直した。

大将軍の戦果は、剣と旗だけでできているのではなかった。

夕方、セリーナからの手紙が届いた。

『王国には、まだ帰れない人々がいます』。

シリウスは読み終えると、軍旗の傍らに置いた。

追放された男が大将軍になった。

それで物語が終わるなら、どれほど簡単だろう。

だが王国の畑では種麦が徴発され、国境にはまだ兵が集まっている。

シリウスは新しい作戦図を広げた。

今度こそ、誰も追放されずに済む国を作るために。

叙任式で新しい剣を受け取ったとき、シリウスは刃ではなく鞘の留め具を見つめた。

かつて追放された彼の腰には剣すらなかった。

門番に身分章を取り上げられ、城門の外へ押し出された。

あの夜、唯一持っていたのは書きかけの作戦図だった。

いま手にする剣は、誰かを見返すためのものではない。

抜かずに済む日を増やすためのものだ。

式典のあと、皇帝はシリウスに尋ねた。

「故国の王が謝罪してきたら、戻るか」

シリウスはすぐには答えなかった。

王国には会いたい人がいる。

守りたい村がある。

けれど帝国にも、すでに自分を信じて命を預けた人々がいる。

大将軍の階級章が手渡されると、シリウスはそれを胸につける前に皇帝へ尋ねた。

「この階級で、撤退を進言する権限も変わりますか」

皇帝は笑みを消し、頷いた。

「勝利を命じるだけの将軍は要らぬ。退くべきときに退ける者が必要だ」

シリウスはそこで初めて、階級章を受け取った。

祝賀の広場で、シリウスはかつて王国軍で自分に石を投げた兵士の姿を見つけた。

男は帝国の捕虜交換で戻り、今は義足で歩いていた。

「大将軍になったんですね」と男は言う。

シリウスは返す言葉を探した。

「あのとき、あなたを追放すれば戦争は終わると聞かされました」

男は笑わなかった。

「終わりませんでした」

歓声が二人の間を通り過ぎる。

シリウスは勲章に触れず、男に必要な支援を尋ねた。

男は義足ではなく、帰還兵が働ける工房を求めた。

式典の翌日、軍の予算にその調査費が加わった。

大将軍になったことが、過去を正しくするわけではない。

それでも、今から変えられることはあった。

「謝罪は受け取るかもしれません。しかし、帰る場所を決めるのは王の言葉ではありません」

皇帝は静かに頷いた。

「ならば、ここで成すべきことを成せ」

夕暮れ、セリーナから短い知らせが届いた。

『交換した負傷者のうち、三十七名が故郷に帰りました』。

シリウスはその紙を机に置き、戦況図の隅へ三十七という数字を書いた。

奪った砦の数ではなく、帰った人の数。

リュカがそれを見て首を傾げた。

「大将軍の戦果表にしては、変わっていますね」

シリウスは笑った。

「だからこそ、忘れずに数えたい」


その夜、彼は次の戦いの準備を始めた。

戦わずに終わらせる道を、最初に探すために。

式典の後、セリーナからの短い報告が届いた。

国境の救護路を、今日も負傷者を載せた荷車が通ったという。

シリウスは勲章を外し、報告書の余白に返事を書いた。

『道を維持してくれ。

誰が命じた道かは、記録しなくていい』。

彼にとって大将軍の名誉は、地図から消えない一本の道に及ばなかった。

式典が終わると、シリウスは一人で兵舎へ向かった。

夜番の兵が慌てて敬礼する。

「大将軍閣下、こんな時間に」

シリウスは見回りの記録を受け取り、負傷兵の寝台が寒くないかを確かめた。

肩書きが変わっても、明日の朝に誰が目を覚ますかは変わらず重要だ。

王国を追われた軍師は帝国の大将軍になった。

だが彼が本当に望む勝利は、まだ先にあった。

大将軍の任命式を前に、帝国軍の下士官が一通の請願書を届けた。

昇進に伴う祝賀費を、冬を越せない国境の診療所に回してほしいという内容だった。

シリウスは皇帝に請願書を見せた。

「将軍の名誉より先に、兵の指が凍えないことを」

皇帝は祝賀の規模を縮め、毛布の輸送を認めた。

昇進を祝う兵の中に、かつて王国でシリウスを無能と呼んだ元兵士がいた。

男は人垣の外で帽子を握り締めた。

「謝罪は要らない」とシリウスは言わなかった。

代わりに、男が口を開くのを待った。

「あの時、黙っていました」

シリウスは頷いた。

「次に誰かが不当に追われる時は、黙らないでください」

男は初めて顔を上げた。

祝賀の歓声より、その短い返事が胸に残った。


挿絵(By みてみん)

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