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無能と罵られ追放された天才軍師、敵国で英雄になる ~追放した王国が、今さら停戦を求めて土下座してきても遅い~  作者: レモンティー


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第四十四話 国王は報告書を破り捨て、偽物だと叫んだ

破られた報告書の切れ端を拾ったのは、王宮の清掃係だった。

紙片には帝国大将軍の名が半分だけ残っている。

彼女は机の下に散った残りを集め、書記官へ渡した。

「陛下が読まなかったとしても、届かなかったことにはしないでください」。

書記官は受領簿に一行を書き足した。

報告は拒まれた。

だが、拒んだ日付だけは残った。

裂かれた報告書の端には、負傷兵の名前が一つ残っていた。

国王はその名を読まなかった。

読むだけで、誰かが自分の命令の結果を背負ったことを認めなければならなくなるからだ。

報告書を裂いた瞬間、国王は自分が何を壊したのか分からなかった。

紙なら破れる。

十年前の命令も、八万人の敗北も、帰還兵の証言も、同じように消せると思いたかった。

床に落ちた紙片を見下ろし、彼はさらに声を張った。

「このような偽報を持ち込んだ者を調べろ!」

臣下たちは頭を下げたが、誰一人として同意の言葉を発しなかった。

紙の裂ける音が玉座の間に響いた。

「偽物だ!」

国王は報告書を二つに引き裂き、床へ投げた。

だが書記官は黙って控えを差し出した。

「原本は軍議の記録として保管されております」

王はその紙も奪おうとしたが、近衛隊長が動かなかった。

彼にも、王国軍の戦死者の名を残す義務があった。

破れた報告書の紙片が床に散った。

侍従が拾おうとすると、国王は足で踏みつけた。

「余を欺くための芝居だ」

しかし玉座の間にいた近衛隊長は、声を落として尋ねた。

「では、捕虜の帰還名簿も偽物でしょうか」

国王は答えず、別の話題を命じた。

否定できない事実ほど、怒鳴り声で覆いたくなる。

書記官が震える手で控えを差し出すと、バルザックがそれを奪おうとした。

財務官が横から言った。

「原本の控えは三通あります。軍議の規定です」

王の顔が赤くなる。

怒鳴りつければ全員を黙らせられるはずだった。

しかし帳簿や署名は、怒鳴り声では消えない。

国王は初めて、自分の命令より長く残るものがあると知った。

「エドガーを拘束しろ」

バルザックの提案に、将軍たちが顔を上げた。

老将は王国軍の撤退を指揮し、何千人もの兵を生還させた人物だ。

今彼を捕らえれば、軍は誰を信じればいいのか分からなくなる。

若い将軍が口を開きかけ、隣の上官に袖を引かれた。

恐怖で維持した沈黙は、忠誠とは違う。

宰相バルザックは「シリウスを名乗る者は処罰すべきだ」と進言した。

国王は即座に頷きかけたが、侍従が新しい書類を差し出した。

そこには、十年前の軍師シリウスが提案した撤退路の図面と、現在の帝国軍が用いた避難路が重ねて描かれている。

偶然にしては細部が一致しすぎていた。

国王は書類を閉じ、誰にも見えないように伏せた。

バルザックは証人の処罰を進言した。

エドガー参謀とセリーナを内通の疑いで拘束すれば、証言を封じられると考えたのだ。

しかし財務官が口を挟んだ。

「将軍を拘束すれば、前線の兵は誰の命令に従うのですか」

王は答えられなかった。

十二万人の追加動員を命じたばかりの王国は、指揮官一人を失う余裕さえなかった。

王は追放の日の光景を思い出した。

シリウスは頭を下げなかった。

ただ、最後にこう言った。

「この命令で死ぬ兵の名前を、どうか記録に残してください」

王は傲慢だと思った。

いま目の前には、帝国が返した戦死者の名簿がある。

そこに王国兵の名まで記されていた。

自分が捨てた言葉を、敵国の軍師が守っていた。

「陛下、本人ならばどうなさいますか」

老いた文官が尋ねた。

国王は椅子の肘掛けを強く握った。

「本人であるはずがない」

文官はそれ以上追及しなかった。

しかし問いは消えなかった。

もし本人なら、追放したのは無能な男ではない。

自分たちが国を守る力を手放したことになる。

日が落ちると、国王は謁見の間に残した侍従を呼んだ。

「あの紙片は、どうした」

侍従は懐から折り畳んだ一片を取り出した。

『一万人を解放』。

国王は受け取ったが、しばらく開けなかった。

十年前、兵を使い捨てにするなというシリウスの声を、弱さと呼んだのは自分だ。

今度は同じ言葉を、敵の戦果として聞いている。

国王は軍費の報告を持つ財務官を呼び戻した。

「十二万人を動かすなら、冬の麦はどうなる」

財務官は答えた。

「来春の種麦に手を付けることになります」

王は机の縁を握った。

兵の命を数字として数えてきたが、数字の後ろに畑があることを、初めて想像した。

寝室に運ばせた報告書の副本は、破った原本と同じ内容だった。

国王は燭台のそばで読み直し、火を近づけた。

だが手が止まる。

紙を焼けば、書いた者の言葉は消える。

しかし一万人の兵が家へ戻った事実は消えない。

国王は燭台を遠ざけた。


翌朝、国王は表向きには強硬な布告を出した。

だが内々には財務官に軍費の再計算を命じた。

誰にも知られたくない変化だった。

バルザックは布告だけを見て満足げにうなずいた。

王が初めて宰相に知らせず数字を確かめようとしたことに、まだ気づいていなかった。

破られた報告書の一片が、玉座の段に引っかかっていた。

そこに残ったのは『負傷者を保護』という四文字だった。

国王は靴先で紙を払おうとして、動きを止めた。

宰相が「陛下、偽報など焼却しましょう」と勧める。

「……待て」

思わず出た声に、王自身が驚いた。

だが次の瞬間には顔を硬くし、「必要ない。片づけろ」と命じていた。

紙を拾った侍従だけが、そのためらいを見ていた。

夕食の席で王は、いつもより少ない皿に気づいた。

侍従が「軍費節約のため厨房にも指示が」と説明する。

紙片をつなぎ合わせても、破れた箇所の文字までは戻らない。

書記官は別便で届いた会談記録と照合し、欠けた部分を推測で埋めずに『判読不能』と記した。

「陛下が否定されたのは、この報告書です。会談にいた人々の証言ではありません」

王は答えず、報告官の名をもう一度尋ねた。

王が破った報告書の破片を、近衛隊長は暖炉に投げ込もうとした。

だが若い書記官が止めた。

「受領番号が残っています。破棄するなら、破棄した命令も記録してください」。

隊長は怒鳴った。

「国王の命令に逆らうのか」。

書記官は膝を震わせたまま答えた。

「命令を残すためです。後で陛下が確かめられるように」。

王はそのやり取りを聞いていた。

破れた紙を戻せとは言わなかった。

ただ「受領簿はそのままにしろ」と命じた。

バルザックの目が細くなる。

書類一枚の始末をめぐる小さな抵抗が、宰相の思いどおりにならない隙間を作っていた。

王は苛立ち、「王宮の食事を減らして勝てるのか」と言いかけた。

しかし卓上のパンは、まだ温かい。

戦場から戻った兵士の報告には、冷えた粥すら分け合う様子が書かれていた。

王は皿を下げさせず、食べきれなかった分を厨房へ戻すよう言った。

国を変えるほどの決断ではない。

それでも、王が初めて自分の食卓と戦場を結びつけた夜だった。

バルザックは王の変化を見逃さなかった。

「陛下。もしあの男が本物なら、追放を命じたのは陛下ご自身ということになります」

その言葉は確認ではなく脅しだった。

王は杯を置いた。

「私は判断を誤らぬ」

宰相は深く頭を下げた。

王が言い切るほど、その確信にひびが入っていると知っていたからだ。

廊下に出たバルザックは、近習に短い指示を与えた。

「帝国の軍師が口を開く前に、黙らせる」


その夜、若い書記官は破れた原本の写しを封筒に入れ、受領簿と同じ番号を振った。

王に逆らうためではない。

明日になって誰かが「そんな報告はなかった」と言うのを防ぐためだ。

筆を置くと指先が震えた。

真実を守る行為が、戦場で剣を持つより怖いこともある。

廊下ではバルザックが密かに部下を呼び止めていた。

「王が疑い始める前に、手を打つ」

部下は行き先を尋ねた。

宰相は答えず、帝国軍の宿営地を示す地図に指を置いた。

玉座の間で破られた紙片は、まだ床に残っていた。

破られた報告書を拾おうとした書記官の手を、近衛兵が押さえた。

国王は怒鳴ったが、書記官は震える声で答えた。

「陛下、写しは地方の軍病院にも届いております」。

紙片を燃やせば済むと考えていた廷臣たちの顔色が変わった。

証拠は王宮の外にもあった。

破られた報告書を拾う書記官の指に、紙の端が食い込んだ。

「これを写した者を連れてこい」と王が言う。

書記官は顔を上げた。

「一人ではありません。三つの部署で照合しています」。

王は机を叩いたが、すぐに手を止めた。

報告を破れば真実も消えると信じていたのは、自分だけだった。

廷臣たちは誰も紙片に触れず、証言者の名を記録するための新しい紙を求めた。


挿絵(By みてみん)

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