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無能と罵られ追放された天才軍師、敵国で英雄になる ~追放した王国が、今さら停戦を求めて土下座してきても遅い~  作者: レモンティー


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第四十三話 国王に、敵国の大将軍の正体が報告された

王宮へ届いた報告書には、たった一行で王の十年間を覆す言葉があった。

『帝国軍将軍シリウスは、元王国軍師シリウス・アルヴェルト本人と確認された』

ヴァルバディス三世は笑った。

「同名の別人だ。追放された無能が、帝国の将軍になれるものか」

使者は黙って三通の書類を差し出した。

停戦会談に出席した王国将校の証言、捕虜返還の受領書、帝国皇帝の任命状の写し。

どれも別々の経路で入手されたものだった。

宰相バルザックが一枚を抜き取ろうとした。

「敵の宣伝に惑わされてはなりません」

「では、この王国側の受領印も偽物か」

使者の問いに、宰相は答えなかった。

王は資料を読み進めた。

帝国軍は橋を壊さずに補給を止め、降伏した兵を生かして帰し、負傷者の通路を優先した。

どれも昔、シリウスが軍議で提案した策だった。

「余は、あの男の作戦を認めなかったはずだ」

王の声が低くなった。

老記録官が前へ進み出た。

「認められなかったのではありません。戦果報告から、立案者の名が削られました」

彼は古い戦報の原簿を開いた。

表紙には王宮の封印がある。

中ほどの頁だけ、墨の色が違っていた。

『作戦立案者 シリウス・アルヴェルト』

その名に線が引かれ、脇に『宰相府の指示により削除』とある。

「偽造だ!」

バルザックが叫んだ。

「ならば、なぜ削除の決裁書に宰相の印がある?」

王は問い返した。

だが次の紙を見た途端、言葉を失った。

宰相の印の隣に、国王自身の承認印が押されていた。

「……余は、これを読んだ覚えがない」

老記録官は頭を下げなかった。

「お読みにならずに署名されたとしても、命令を受けた兵は命を落としました」

玉座の間に沈黙が落ちた。

宰相が王へ耳打ちする。

「原簿を焼却すれば、敵の宣伝を封じられます」

王は紙を握り潰しかけた。

焼けば、追放の判断を誤った証拠は消える。

自分は再び、正しい王として玉座に座れる。

しかし窓の外には、徴兵される父の袖を掴む少女がいた。

戦場へ向かう男の顔は、十年前の軍師と同じくらい若かった。

「この書類を焼いたところで、あの子の父は戻るのか」

宰相は黙った。

「原簿を封印するな。写しを二通作れ。軍務局と前線のエドガーへ送る」

「陛下、それでは王家の威信が」

「余の印も残せ」

命じた直後、王は自分がどれほど遅くその言葉を口にしたか思い知った。

近衛隊長が尋ねた。

「宰相閣下の職務を停止なさいますか」

王はバルザックを見た。

宰相は微動だにしない。

王はまだ、その男を罷免する勇気を持てなかった。

王は机の上に置かれた承認印を見つめた。

金の縁には、小さな傷があった。

先王の葬儀の際に落とした傷だ。

偽造品ではない。

「印を押した日の会議録を持て」

記録官は震える手で別冊を開いた。

会議の出席者、発言者、休憩の時刻まで記されている。

王の発言欄には『宰相の提案どおり』とあった。

「余は、なぜ反対しなかった」

誰も答えない。

バルザックだけが口を開いた。

「陛下は国家の安定を優先されたのです。軍師一人の名誉よりも、王権の威信を守る必要がございました」

「その結果、軍はどうなった」

「敗戦の責任は現場にあります」

その言葉を聞いた使者が、革袋から一通の手紙を取り出した。

前線で亡くなった兵の妻から預かったものだった。

『夫は帰ると言っていました。

どの作戦で死んだのか、誰に尋ねても教えてもらえません』

王は文字を追い、途中で視線を逸らした。

王宮の記録から一人の名を消すことは、戦場の死者が何のために死んだかを家族から奪うことでもあった。

「この手紙の返事は」

「まだ出されておりません」

「十年もか」

記録官は頷いた。

王は書類の束を二つに分けた。

一つはシリウスの功績に関する原簿、もう一つは戦死者への通知記録だった。

どちらも欠落だらけだった。

「軍務局に照合を命じよ。原簿を持ち出す者は、宰相であっても記録を残せ」

「陛下、敵国に利用されますぞ」

バルザックが食い下がる。

「すでに利用されている。余が知らなかったからだ」

だが王は、宰相をその場で拘束する命令を出せなかった。

彼を切れば、長年その報告に頼った自分の無能まで明らかになる。

その弱さを自覚した瞬間、王は初めて自分が恐れているものの名を知った。

敵国の大将軍ではない。

国民に真実を知られることだった。

窓の下で、傷病兵の家族が王宮の門を叩いていた。

王は立ち上がったが、扉を開けるまでに長い時間を要した。

「調査が終わるまで、軍事記録の単独閲覧を禁ずる」

中途半端な命令だと、王自身が分かっていた。

報告官は本人確認の根拠を三つに分けて述べた。

セリーナの証言、かつての軍師室に残る署名、そして会談に同席した将軍たちの確認である。

王は最初の一つを否定した。

二つ目を偽造だと言い、三つ目を聞く前に席を立とうとした。

「陛下。三つの証言をすべて偽りとするなら、その理由を議事録にお残しください」

記録官の言葉に、王は足を止めた。

報告を受けた国王の前に、古い任免台帳が運ばれた。

シリウスの追放欄には王の署名がある。

しかし処分理由を記した別紙は、台帳の綴じ目から切り取られていた。

書記官はためらいながら告げる。

「この頁を破った者を調べるには、十年前の閲覧記録が必要です」。

王は宰相を呼べと言いかけ、口を閉じた。

今までならバルザックの説明を聞き、それを事実として処理しただろう。

「閲覧記録は私と書記官で確認する。宰相にはまだ知らせるな」。

初めて自分で下した調査命令だった。

だが、失われた頁は戻らない。

王は追放状を閉じ、十年間に戦場で死んだ者の名簿を求めた。

名前の数だけ、取り返しのつかない判断があった。

使者が退出すると、机には二枚の紙だけが残った。

シリウスの追放状と、帝国大将軍の任命状。

どちらにも、同じ男の名がある。

老記録官は最後に、十年前の会議に出席した者の名簿を差し出した。

既に死んだ者、地方へ左遷された者、沈黙したまま昇進した者。

王はその名を一つずつ読んだ。

「余の判断に反対した者はいたか」「三人おりました」。

反対意見は議事録の余白に追いやられていた。

王は紙を裏返した。

自分が聞かなかった声は、最初から存在しなかったわけではない。


翌朝、王はその三人の消息を調べるよう命じた。

今さら赦しを求めるためではなく、何が失われたのかを知るためだった。

記録官は王に、複写を三部作るよう進言した。

一部を王宮、一部を軍務局、残る一部を独立した記録所へ置く。

王はしばらく考えた末、承諾した。

真実を自分の机だけに閉じ込めれば、次の王も同じ過ちを繰り返す。

署名の重さを初めて知った王は、複写の費用を王室の私費から出すと決めた。

その夜、王は初めて報告書に『確認中』と記した。

それが始まりだった。

王は追放状の署名に触れた。

十年前、自分が切り捨てたのは一人の軍師だと思っていた。

だが実際には、誤りを指摘してくれる最後の人間を切り捨てたのかもしれない。

廊下の向こうで、戦況報告を急がせる鐘が鳴った。

王は初めて、その音を勝利の知らせではなく、取り返しのつかない時間の音として聞いた。

国王は報告書の署名欄を見つめた。

軍務長官、監察官、そして追放命令を承認した自分の印。

誰か一人を罰すれば済むと思っていたが、印は三つとも鮮明だった。

「原本を持ってこい」と命じると、侍従がためらった。

「原本は廃棄済みとの報告です」。

王は初めて、書類が存在しないこと自体を恐れた。

廃棄を命じた者と実行した者を、別々に調べさせることにした。


挿絵(By みてみん)

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