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無能と罵られ追放された天才軍師、敵国で英雄になる ~追放した王国が、今さら停戦を求めて土下座してきても遅い~  作者: レモンティー


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第二十二話 兵士の食事を改善したら、行軍速度が二倍近くになった

炊事兵パルラが乾パンを机に叩きつけると、硬い音がした。

塩肉には異臭がある。

「これを食べて三日歩けと言われても、兵は腹を壊します」

補給長は顔をしかめた。

規定どおりの配給で、帳簿に不足はないという。

シリウスは一片を水に浸した。

帳簿の重量と、食べられる食事の量は違う。

まず傷んだ肉を隔離し、調理用の水と薪を確保した。

豆と干し野菜を加えた温かい粥を朝に配り、昼は携帯しやすいパン、夜は塩分と水分を補う。

パルラは炊事隊を二班に分け、先発隊の到着前に鍋を温める段取りを考えた。

「兵を甘やかすのですか」

「腹を壊した兵を荷車で運ぶ方が高くつく」

パルラは配給台帳を指でたどった。

乾パンの重量は規定を満たしている。

だが、湿気を吸った袋が三つ、腐敗臭のする塩肉が二樽。

数字の上では百人分でも、食べられる量はその半分に満たなかった。

「捨てれば横領と疑われるんです」

と補給係は青ざめた。

「なら私の署名で廃棄する。

兵士の腹に入れる方が罪だ」

とシリウスは答えた。

炊事場では大鍋を三つ並べ、豆と根菜を煮込んだ。

火の通りにくいものを先に入れ、肉は薄く切って全員に行き渡らせる。

水は井戸の量を測ってから使った。

調理時間が延びれば行軍の出発も遅れる。

そこでパルラは前夜から豆を浸し、夜番と炊事番の交代を組み直した。

「二倍近く速い」

という未検証の報告が先に広まったが、シリウスは測定区間と休憩時間の違いを調べ直させた。

誇張した成果は次の補給計画を壊す。


翌日の試験行軍では、同じ道を同じ装備で歩かせた。

先週は途中で倒れた兵が五人いたが、今回は一人も出なかった。

ただし速度の差は食事だけでは説明できない。

休息の取り方も、靴の修繕も、荷物の配分も変えたからだ。

シリウスは報告書の見出しにあった「食事だけで速度倍増」

の文字を消した。

「速くなった理由を間違えれば、次は失敗する」

パルラは空になった鍋を洗いながら笑った。

「勝ったのは私の料理じゃないんですね」

「いいえ。

兵が食べて歩けるようになったことが勝ちです」

シリウスは炊事場の戸口で足を止めた。

戦場で一番遠くまで届く命令は、腹を満たしてから出されるのかもしれなかった。

補給係は腐った塩肉を捨てる命令書を握ったまま動かなかった。

「帳簿には正規の納品とあります。

廃棄を認めれば、納入業者が訴えてきます」

「だから証人を二人つける。

樽を開けた日時、臭い、変色、封印の状態を記録する。

誰かを罰するためでなく、同じ物が届かないようにするためだ」

パルラは厨房から木匙を持ってきた。

「将軍、食事の改善だけなら明日からできます。

でも三日後には豆が尽きます」

シリウスは献立表の裏に在庫を書いた。

村から無理に買い上げれば冬の種を奪う。

帝都へ追加輸送を頼む間、兵の配給をどう守るか。

彼は各隊に残食量を報告させ、食べられないほど硬い乾パンを砕いて粥へ混ぜる案を採用した。


翌日の試験行軍で、兵士の一人が靴ずれを隠していた。

列から遅れるのが恥ずかしかったのだ。

パルラは食事の配膳を止め、彼の足を見た。

「歩けなくなるまで黙っていたら、私の鍋を運ぶ人が減ります」

兵士たちが笑う。

シリウスは靴の補修係を増やした。

食事を変えた成果を測るなら、歩けなくなった理由も調べなければならない。

報告書には平均移動距離だけでなく、最後尾の到着時刻、休憩時間、脱落者数を並べた。

数字を見たガイルが感心する。

「速くしたのは鍋だけじゃないんだな」

「ええ。

でも最初に異変を見つけたのはパルラです」

その名が正式な報告書に残ったとき、彼女はようやく少し誇らしげに笑った。


翌日、パルラは炊事場の入口に三つの桶を並べた。

ひとつには麦、ひとつには乾燥豆、最後のひとつには塩が入っている。

「豆を増やせば腹持ちはよくなります。

でも水も薪も余計に要る。

勝手に献立を変えれば、別の隊が困ります」

シリウスは補給長を呼び、十日分の在庫と輸送予定を突き合わせた。

麦は足りる。

豆もある。

だが薪は雨で濡れ、炊事時間を延ばすと夜間の見張り交代に影響する。

「調理場を二か所に分けましょう。

鍋を増やすより、火を絶やさず使い回す方が早いです」

パルラの提案に補給長は渋い顔をした。

彼女は階級の低い炊事兵だったからだ。

「失敗したら誰が責任を取る」

「試験を命じる私です」

とシリウスが答えた。

「ただし結果がよければ、手柄は提案者に記録する」

最初の試験では、かえって配膳が遅れた。

食器を返す列と受け取る列が交差し、兵士が炊事場の前に溜まったのだ。

パルラは顔を赤くした。

「私の考えが甘かった」

「違う。

鍋の問題ではなく、人の流れの問題だ」

リュカは騎兵の厩舎で使う一方通行の通路を思い出し、木柵を貸し出した。


翌日から配膳と返却の列が分かれ、食事を終えるまでの時間が短くなった。

試験行軍では、シリウスは速い者を褒めなかった。

最後尾の歩兵に合わせ、足に水ぶくれのできた兵を途中で休ませた。

二日目、若い兵が言った。

「前の軍では、遅れると食事が残っていませんでした。

だから痛くても黙って走ったんです」

「今は黙るな。

足の傷を隠すと、明日は歩けなくなる」

その兵が靴を脱ぐと、踵の皮が裂けていた。

衛生兵が手当てをし、予備の靴紐を渡した。

行軍の速度は脚力だけで決まらない。

脱落者を減らす準備が、隊列全体を前へ進める。

三日目の夜、パルラは空になった鍋を見て笑った。

余り物が減ったのではない。

必要な人数に、必要な時刻に届くようになったのだ。

「明日も同じようにいくとは限りませんよ」

と彼女は言った。

「だから記録を続ける」

とシリウスは答えた。

成功を伝説に変えず、次の日にも使える手順に変える。

それが彼の望む改革だった。

シリウスは行軍速度だけを競わせなかった。

蹄鉄を点検する時刻、休憩の長さ、最後尾の到着時刻を同じ帳面に記録させた。

初日は進みが遅く見えたが、三日目には脱落者が目に見えて減った。

後方に取り残される者を拾うための停止も減る。

試験行軍の報告は意外な数字だった。

以前なら四日かかった同じ区間を、今回の部隊は二日余りで踏破した。

ただし道が乾いていたこと、荷重が軽かったことも記録した。

「食事だけでこれほど変わるとはな」とガイル。

「条件が違えば結果も変わります。

食事だけの手柄にしてはいけません」

パルラはそれを聞いて笑った。

「でも、空腹の兵が減ったのは本当ですよ」

パルラは炊事場の戸口に、兵士が食べ残した椀を並べた。

量は十分だったはずなのに、半分近く残した者がいる。

理由を聞くと、夜番の交代直後に熱い粥を急いで飲まされ、腹を壊したという。

シリウスは行軍の数字を示す板の前で立ち止まった。

「速くなったのは食事だけのおかげか?」

「違います。

休憩と水、それに靴の修繕も変えました」

とパルラは答えた。


翌日の報告書には、行軍距離とともに脱落者数、気温、荷重を記した。

『二倍近く』という見出しに飛びつく士官もいたが、シリウスは記録を伏せなかった。

良い結果だけを残すなら、次の雨の日に兵を死なせる。

パルラは改善前の記録を机に広げた。

遅れた兵の数、足を痛めた者の数、荷車が止まった回数。

数字は食事の効果だけを示すものではなかった。

雨の有無、道の傾斜、荷物の重量も横に書く。

シリウスは「都合のいい日だけ比べれば、改革ではなく宣伝になる」と言った。

パルラは厨房の入口に、兵士が自由に書ける小さな札を吊るした。

『腹が痛い』『塩が足りない』『熱すぎる』

最初の朝、札は一枚もなかった。

苦情を言えば配給を減らされると思われていたのだ。

そこでシリウスは自分の名で『書いた者を罰しない』と記し、まず味が薄いと一枚書いた。


翌日、札が七枚になった。

パルラはそれを見て笑った。

「七人分、改善できるところが見つかりました」

行軍速度の数字より先に変わったのは、兵士が不調を隠さなくなったことだった。

翌日、若い兵士が粥を残した。

パルラが理由を尋ねると、夜警の直後で胃が受けつけないという。

彼女は叱らず、食べる時刻をずらして少量ずつ渡した。

「同じ鍋から食べても、全員が同じ身体じゃない」

その言葉を聞いたシリウスは、行軍計画の休憩欄を一つ増やした。

パルラは改善前後の行軍記録を並べた。

最も速い隊の速度はほとんど変わらない。

一方、遅れて脱落する兵は減っていた。

「先頭の速さではなく、脱落者が減り、予定時刻までに到着できる人数が増えたのです」

と彼女は説明した。

シリウスは記録官に、宣伝用の数字と実測値を混同しないよう命じた。

兵の身体は手柄を飾るための数字ではなかった。

炊事場の隅で、若い兵が匙を置いた。

「腹いっぱい食べたのに、まだ足が重いです」

補給担当のパルラは鍋の中身ではなく、配膳時刻を調べた。

夜明けの行軍に対して、温かい食事が届くのは出発の直前だった。

兵は食べ終える間もなく走らされていた。

シリウスは行軍の刻限を変えず、炊事班だけを前夜から交代制にした。

水を飲む休止地点も道中に二か所設けた。


翌日、脱落者の報告が減った。

リュカは言った。

「足を鍛えたわけでもないのに」

「兵を道具と考えなければ、工夫はまだある」

パルラは新しい献立の横に、休憩時刻を書き込んだ。

行軍記録を見た補給長は「二倍という触れ込みは誇張では」

と顔を曇らせた。

パルラは頷いた。

「先頭の速さは二倍になっていません。

最後尾が追いつくまでの時間が短くなったんです」

シリウスはその違いを報告書に明記させた。


翌週、病気で脱落した兵が減り、荷車の故障も早く発見できた。

数字を飾らなかったことが、次の改善につながった。


挿絵(By みてみん)

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