↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能と罵られ追放された天才軍師、敵国で英雄になる ~追放した王国が、今さら停戦を求めて土下座してきても遅い~  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/120

第二十三話 敵軍十万人が、帝国の国境に集結した

国境の見張り台から届いた報告書には、三つの軍団の旗が描かれていた。

グラニス公国軍、総勢およそ十万。

帝都では「数で勝てない」

と撤退論が広がった。

「十万人を一つの拳と考えるから怖いのです」

シリウスは地図に三本の補給路を引いた。

山道、川沿いの街道、南の平原。

合流地点は同じでも、食料が届く時刻は違う。

皇帝アレクシスは問い返した。

「国境の村を捨てずに守れるか」

「確約はできません。

まず避難に必要な日数をください」

貴族の一人が臆病だと嘲った。

シリウスは言い返さず、地図の上に村の名前を書き込んだ。

撤退も防衛も、そこに住む人々を数に入れなければ作戦ではない。

国境の商人が持ち込んだ荷札には、三つの軍団で異なる印が押されていた。

北は馬の飼料、中央は小麦、南は矢と鉄具。

シリウスは荷札の数を数えたが、それを敵軍の全物資と断定しなかった。

「通った荷車だけです。

通らなかった荷車は見えていない」

ガイルはその慎重さに苛立ち、やがて頷いた。

軍議では、敵十万を正面から受ける案が出された。

将軍の一人は「帝国の威信」

を口にした。

シリウスは卓上に十個の石を並べ、一本ずつ道を引く。

「十万人を同時に相手にする必要はありません。

敵が十万人を同時に動かせる場所を、こちらが与えなければいい」

だが、橋を閉じれば村の市場も止まる。

補給長がその問題を指摘すると、シリウスは市場の日程を確認させた。

住民の避難と交易の迂回路が完成するまで、軍は橋の封鎖を始めない。

戦いに勝っても村が冬を越せなければ、それは守ったことにならない。

夕方、偵察隊が敵軍の先頭旗を確認した。

地図の十個の石は、まだ一つも動いていない。

それでもシリウスには分かっていた。

最初の戦いは敵兵が剣を抜くより前、荷車の車輪が止まった場所で始まる。

十万という数字が軍議に出たとき、若い士官が息を呑んだ。

「こちらの兵を全員集めても足りません」

「十万人が一列に並んで襲ってくるわけではない」

シリウスは敵の三軍団が使う街道を指した。

「ただし、だから弱いと決めつけてもいけない。

道を直す工兵も、橋を架ける資材も持っているはずだ」

リュカが斥候の帰還時刻を読み上げた。

北から戻った隊は二時間遅れ、南から戻った隊は予定どおり。

雨で山道が崩れたという報告もある。

シリウスはそれを敵の弱点として即断しなかった。

「同じ雨は、こちらの伝令も止める」

国境の宿場では、商人たちが荷を積み直していた。

帝国軍が橋を閉じるという噂が広がり、塩と穀物の値が上がり始めていた。

シリウスは宿場の代表を呼び、閉鎖する道と使える道を図で示した。

「軍の都合で止める日には、迂回の護衛を出す」

「敵が来るのに商売の心配か」

と補給長が言う。

「商売が止まれば、明日の兵糧も届きません」


その夜、敵陣の灯が三つの方向に伸びた。

シリウスは灯の数から兵数を推定する案を退けた。

焚き火は偽装できる。

必要なのは食料を運ぶ車輪の数と、隊列が止まる場所だった。

彼は偵察命令の最後に一行を加えた。

「見えなかったものも報告せよ」

空白を埋める想像こそ、軍を危険にするからだ。

十万という数字が伝わった翌朝、国境の市場から人が消えた。

店の戸は閉まり、荷馬車は都へ向かう道に並んだ。

シリウスが見に行くと、穀物商が倉の鍵を握ったまま立ち尽くしていた。

「軍に全部取られるくらいなら、隠した方がいい」

「徴発はしません。

買い上げる量と値を先に掲示します」

「そんな約束、戦争が始まれば破られる」

シリウスは言い返せなかった。

祖国で自分が見たのも、まさにその光景だったからだ。

彼は補給長に命じ、購入する穀物の数量と支払期限を町役場の扉に貼り出させた。

商人には控えを渡し、違反があれば皇女の監察官へ訴えられるようにした。


午後、斥候が敵の旗を描いた布片を持ち帰った。

北の軍団と南の軍団で紋章の縫い方が違う。

ガイルは即座に二人の将軍が別々に指揮していると見抜いた。

「別の指揮官なら、命令の伝達にも時間差がある」

「その差を確かめましょう。

想像だけで勝てるほど、十万人は少なくない」

シリウスは街道沿いの鐘楼に見張りを置き、隊列の先頭と最後尾が通過する時刻を記録させた。

斥候は同じ場所を二度見に行かず、三方向から別々に確認する。

敵の兵数を数えるより、どの道をいつ塞ぐのかを知る方が急務だった。

夕方、難民を乗せた荷車が国境の門で止められた。

検問の兵が敵の間者を恐れたのだ。

幼い子が車上で泣き、母親は通行証を何度も差し出した。

「通行証を確認する場所を変えろ」

とシリウスは命じた。

「門の外に人を溜めるな。

敵の斥候から見える」

ガイルは騎兵を二隊に分け、一隊を検問の護衛に、もう一隊を逃げ遅れた住民の誘導に回した。

兵を戦列から離すことに異議は出たが、シリウスは退かなかった。

「国境を守っても、その中に住む人を失えば何を守ったことになる」

夜、軍議の席に三つの時刻表が並んだ。

敵の北軍団は予定より遅く、中央は先走り、南は馬の飼料のために頻繁に止まる。

十万人という一つの塊が、ようやく三つの別々の動きに見え始めた。

シリウスは燭台を寄せ、地図に三本の細い線を引いた。

どれも敵の進路ではない。

避難民を通す道だった。

斥候が持ち帰った荷車の轍を調べると、北軍団には大型の荷車が多く、南軍団は騎兵の飼料を急いでいた。

シリウスは補給の弱点を見つけたが、敵の兵糧を焼くことだけは命じなかった。

近くには交易商と避難民が通る道がある。

皇帝は国境の住民を保護する方針を確認し、シリウスに作戦立案を命じた。

ガイルは騎兵の配置を申し出た。

「十万人を一度に倒す必要はない。

三つの軍団を、同時には動けなくする」

シリウスの言葉に軍議が静まった。

敵の数は変わらない。

だが守るべき時間は、ようやく計算できるものになった。


その夜、シリウスは軍の見張りだけでなく町の夜警にも報告を頼んだ。

街道に何台の荷車が通ったか、避難所に空きはあるか。

軍の数字だけでは住民の危険を見落とす。

国境の見張り台から、三本の煙が上がった。

敵の本隊を見た合図ではない。

荷駄隊が北の街道を通過した合図だ。

若い参謀は「十万の軍勢が動きました」

と書こうとしたが、シリウスは筆を止めた。

「見たのは荷車だ。

兵の数はまだ見ていない」

斥候が持ち帰った轍の幅、車輪の間隔、休息地点の灰を並べると、軍勢の規模より先に弱点が見えた。

水場が二つしかない。

先頭と最後尾が同じ日に渡れない細い道がある。

「十万という数字に勝とうとするな。

十万が一度に動けない理由を探せ」

それでもシリウスは、敵が別の道を開く可能性を地図から消さなかった。

敵の先鋒が運ぶ荷車の数は、斥候によって報告が食い違っていた。

シリウスは数字を平均しなかった。

街道の曲がり角では同じ荷車が二度見える可能性があるからだ。

観測地点を地図に記し、時刻が重なる報告を除外した。

それでも十万人という規模の全容はつかめない。

「分からないことを、分かった顔で命令書に書くな」

と彼は記録官に告げた。

夜明け、斥候の一人が予定より遅れて帰還した。

敵兵に追われたのではない。

道端で倒れた荷馬を助けるため、敵の輸送隊が足止めされるのを見ていたという。

「食料の車列が長いほど、先頭の将軍には最後尾が見えません」

シリウスは地図に敵の進路を描き込む前に、斥候へ温かい水を渡した。

敵が十万人という報告は重い。

だが敵の兵士も、空腹と疲労で動く人間だ。

「強い軍を弱いと決めつけるな。

ただ、動けない時刻を探せ」

その一言で軍議は兵力の比較から、時間の計算へ変わった。

国境の町からは避難先を尋ねる手紙が届いた。

商人は商品を守りたがり、農民は収穫前の畑を離れたがらない。

シリウスは軍の都合で一律の期限を切る案を退けた。

まず子供と病人を移し、残る住民には退路を複数示す。

敵が来るという報告だけでは、人は家を捨てられないのだ。

夜半、斥候が敵の兵数を数え直した。

十万というのは集結命令を受けた総数であり、前線に到着した兵はまだ全員ではない。

シリウスは軍議の地図に「確認済み」と「未確認」

の印を分けた。

「十万を軽く見るな。

しかし十万が同時に攻めてくると決めつけてもいけない」

ガイルは頷き、各街道の到着時刻を別々に報告させた。

十万の軍勢という数字を聞いて、若い伝令は手を震わせた。

「勝てるのでしょうか」

シリウスは地図の上に三つの石を置いた。

「十万が同じ日に、同じ橋を渡れるか」

伝令は首を振った。

街道は細く、荷車が詰まれば後続は動けない。

「数は脅威だ。

だが数だけで敵の動きは決まらない。

斥候には、兵の数より先に、荷車の列の長さと炊煙の場所を見てこいと伝えてくれ」


翌朝の報告には、三つの軍団が別々の水場を使っていることが記されていた。

シリウスは石を離して置き直した。

「これで、戦う相手の姿が見えてきた」

イスのない軍議室で、ガイルは十万の兵の進路を三本の糸で示した。

「一つでも予定より早く着けば、こちらが挟まれる」

シリウスはその可能性を否定せず、橋を守る部隊とは別に、村の避難を誘導する予備隊を残した。

「勝てる作戦と、負けたとき人を守る準備は両方必要です」

エリシアは避難命令に皇女の印を押した。

戦場へ向かう前に、守るべき村の名が確定した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。