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無能と罵られ追放された天才軍師、敵国で英雄になる ~追放した王国が、今さら停戦を求めて土下座してきても遅い~  作者: レモンティー


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第二十一話 俺の部隊に、帝国最強の騎兵隊が配属された

白銀騎兵の馬蹄が砦の中庭を埋めた。

千二百騎。

ガイルの旗下にある精鋭だが、先頭の隊長リュカはシリウスに敬礼しなかった。

「命令に従う前に、あなたの腕を確かめたい。

模擬戦を」

「構わない。

ただし勝敗の基準を先に決めよう」

シリウスは木札を三枚並べた。

補給隊の護衛、負傷者の搬送、伝令の到達。

敵旗を取るだけなら騎兵は強い。

だが今回の任務は街道を守ることだった。

模擬戦の準備段階で、リュカの騎兵は丘への突入経路を確認した。

ところが、後方の伝令の到着が遅れていた。

「第二中隊に引き返せと伝えたはずだ!」

「その伝令は、狭い谷で補給車と行き違っています」

シリウスは地図に印をつけた。

騎兵の足は速い。

しかし隊列の最後尾に命令が届かなければ、速さは孤立を早めるだけだ。

その日の訓練に先立ち、リュカは自らの鞍を締め直していた。

部下の一人が「本気で戦えば勝てます」

と言うと、彼は首を振った。

「相手が軍師だからといって、馬鹿にするな。

負けるなら理由を知りたい」

その言葉を偶然聞いたシリウスは、相手がただの反抗者ではないと知った。

訓練場には三本の白旗が立てられた。

ひとつは荷車の列、ひとつは負傷兵を演じる兵士たち、最後は後方の伝令所だ。

審判はガイルが務める。

制限時間内に二つ以上を守ればシリウス側の勝ち。

リュカの騎兵がいずれか二つを奪えば騎兵側の勝ちと決めた。

勝敗の基準を先に明らかにしたことで、兵士たちの顔から余計な疑念が消えた。

開始の角笛が鳴る。

騎兵の先頭が砂煙を上げた。

速い。

シリウスはその速さに正面から対抗しなかった。

歩兵を低い土手に下げ、荷車を道幅の広い場所へ移した。

リュカは即座に迂回を選ぶ。

だが谷の入口は狭く、後続の騎兵が一度に通れない。

シリウスの伝令はその間に別の尾根を走った。

訓練が終わると、シリウスは勝者の顔をしなかった。

「リュカ隊長。

もし敵が橋を壊していたら、こちらの荷車は止まっていた。

あなたの騎兵がいなければ斥候を戻せなかったでしょう」

リュカは唇を結び、それから小さく笑った。

「つまり次は、俺たちの速さを最初から計画に入れろということか」

「そのつもりです」

模擬戦のあと、リュカは馬房で部下の手綱を直していた。

若い騎兵が低い声で尋ねる。

「隊長、どうしてあの軍師を試すんです。

黒岩砦で勝った男でしょう」

「勝ったからだ。

勝ち続けた人間の命令ほど、疑わずに従う者が増える。

俺の部下を預けるなら、負ける条件まで知っているか確かめたい」

その言葉を聞いた古参兵が頷いた。

彼らは先の戦役で、勇ましい命令に従った友を失っていた。

一方、シリウスは訓練場の端で伝令役の少年に歩幅を尋ねていた。

「馬が走る速さは測れます。

でも、命令を聞いてから動き出すまでの時間は?」

少年は首を傾げる。

「緊張すると、同じことを二度聞いてしまいます」

「それも時間だ。

君が悪いのではない。

二度聞いても間に合う命令を作る」

当日、谷へ向かった騎兵の一隊は予備の伝令を置かなかった。

リュカは本隊を先へ出した後で、その不備に気づいた。

審判の旗が上がる。

勝敗がついた瞬間、彼は怒るより先に部下の顔を見た。

命令を届けられなかった伝令が、悔しさで唇を噛んでいた。

「お前の失敗じゃない。

俺が帰り道を用意しなかった」

リュカのその一言を聞き、シリウスは初めて安心した。

この隊長は敗北を部下へ押しつけない。

ならば共に戦える。

訓練のあと、シリウスは勝敗の記録を三種類に分けた。

目標を守れたか。

伝令は間に合ったか。

兵と馬はどれほど疲れたか。

リュカが真っ先に指したのは三枚目だった。

「馬の息を見れば、あと一度走れるか分かる。

だが帳面では分からん」

「なら、帳面を書く者に馬を見せてください」

シリウスは記録係を厩舎へ連れていった。

汗の乾き方、蹄の熱、鞍擦れの位置。

数字にしにくいことを切り捨てるのではなく、観察した人間の名前とともに残す。

リュカは無言で馬の脚を持ち上げ、若い記録係に傷を見せた。


翌朝、白銀騎兵の一隊が山道へ偵察に出た。

二刻で戻る予定だったが、三刻を過ぎても帰らない。

門番は「精鋭なら問題ない」と笑った。

シリウスは笑わなかった。

予備隊を出す前に、最後に目撃された地点と渡河可能な場所を確かめさせた。

帰還した騎兵は一頭の馬を曳いていた。

山道で荷を運ぶ老人の車が転倒し、道を塞いでいたのだという。

隊長は車を起こすため馬を降り、予定の時刻を過ぎた。

「遅延の報告を怠りました」

リュカが頭を下げると、シリウスは首を振った。

「老人を見捨てろとは言わない。

ただ、待つ側にも知らせてほしい。

知らせがなければ救助隊を二つ失うこともある」

「合図の煙を出せば敵にも見える」

「なら伝令を一騎戻す。

帰り道が危険なら、出発前に合流時刻を二つ決めておく」

話し合いの末、彼らは遅延時の集合地点と、無理に単独帰還しない規則を決めた。

シリウスは命令書の末尾に一行を加えた。

『現場で人命を救うための遅延は、処罰の理由としない。

ただし報告の義務は残る』

夜、リュカがその一行を読み返した。

「昔の上官は、遅れた理由を聞く前に鞭を振るった」

「だから部下は遅れを隠したでしょう」

「……ああ。

隠した結果、もっと多くを失った」

二人は厩舎の前でしばらく黙っていた。

遠くの見張り台で鐘が鳴る。

騎兵がシリウスを信頼するには、模擬戦の勝敗より、この夜の約束の方が大きかった。

シリウス側は無理に敵旗を狙わなかった。

小隊ごとに合図を受け継ぎ、傷病者役を乗せた荷車を定刻までに安全地帯へ移した。

リュカの先鋒は丘を占領したが、護衛対象を見失った。

「これでは俺たちが負けたようだな」

「丘ではあなたの勝ちです。

護衛任務ではこちらの勝ちです」

シリウスは双方の損耗を示した。

判定を曖昧にして部下を辱める気はなかった。

リュカは黙って馬を降りた。

「次は本物の敵が相手だ。

命令の伝え方を変える」

「私も騎兵の速度を生かす方法を学びたい」

互いの得意を認めたとき、ようやく千二百騎は一つの軍の一部になった。

夜、ガイルは笑った。

「剣も抜かずにあの男を従わせたか」

「従わせたのではありません。

同じものを守ると決めただけです」


その夜、リュカは模擬戦の採点表を持ってシリウスの部屋を訪ねた。

勝敗欄には敗北とある。

だが彼が指さしたのは「伝令未着」

の文字だった。

「谷の入口に一騎置けば済んだ。

俺は速さを信じて、待つ役目を軽く見た」

「待つ者がいなければ、戻る者も道を失います」

シリウスは次の訓練で、伝令の帰還を確認するまで前衛が進めない規則を提案した。

リュカは渋い顔をしたが、翌朝には自分で騎兵へ説明した。

部下の一人が「それでは敵に追いつけません」

と抗議すると、リュカは答えた。

「追いついてから孤立するよりいい。

速さは生きて戻ってこそ武器になる」

リュカは翌朝、千二百騎を三つの隊に分けた。

騎兵隊長リュカは、演習場で馬を止めた。

「歩兵の退路を守るために騎兵を残す? 我々は突破するための部隊です」

シリウスは馬蹄の跡を指した。

「突破した後、この道を誰が守る。

帰ってくる者がいなければ、勝利の報告も届かない」

リュカは部下を二組に分け、一組を帰路の警戒に残した。


翌日の演習で、先頭の騎兵が泥濘に足を取られたとき、後衛がすぐに牽引綱を運んだ。

「速いだけでは帰れないんですね」

「帰れる速さが、本当の速さだ」

リュカは初めて、先頭ではなく最後尾の兵に敬礼した。

第一隊は街道の前方を探り、第二隊は荷車の横を守り、第三隊は伝令の中継点を確保する。

「速さを捨てるつもりはない」

と彼は言った。

「速さを、戻ってくるためにも使う」

シリウスは地図に中継点を記し、騎兵の帰還時刻を空欄にした。

そこはリュカ自身に決めてもらった。

翌朝、リュカは採点表の「帰還未確認」

の欄を指さした。

「旗を奪った隊は、谷に残った負傷者役を見落とした。

勝敗とは別に記録してくれ」

シリウスは審判に全員の点呼を命じた。

模擬戦で見逃した一人は、実戦なら戻らない一人になる。

「次は騎兵に歩兵を合わせるのではなく、歩兵が安全に動ける時間を騎兵に作ってもらいたい」

リュカは答えず地図を見た。


やがて谷の出口に指を置く。

「ここに中継役を置けば、先頭は振り返らずに済む」

意見が初めて命令ではなく共同の作戦になった。

午後の再訓練で、最も遅い荷車の車輪が溝にはまった。

以前なら先頭の騎兵は気づかず丘を越えていただろう。

今度は最後尾の旗が倒され、中継点から赤い布が掲げられた。

先頭が戻るまでにかかった時間を記録官が読み上げる。

リュカは満足せず「まだ遅い」

と呟いたが、誰も置き去りにはならなかった。

翌朝、リュカは模擬戦の採点表を持って来た。

勝者の欄は空白だった。

「旗は奪えた。

だが、負傷役の二人を回収できなかった」

彼は自分の手で失点を書き込んだ。

シリウスは馬上の武勇を否定しなかった。

「君の速さが必要だ。

だからこそ、速い者だけが帰る作戦にはできない」

リュカは返答の代わりに、救護班の歩幅を確かめるため馬を降りた。


翌朝、騎兵隊の先頭が予定より早く帰還した。

だが、リュカは勝利を報告する前に後衛の点呼を取った。

ひとり足りない。

落馬した新兵を助けに戻った歩兵が、泥に足を取られていた。

リュカは自ら馬を引き返し、歩兵と新兵を一緒に連れ戻した。

「騎兵だけが帰っても、軍は帰ったことにならない」

その言葉を聞いた歩兵隊長は、初めて騎兵隊へ礼を述べた。


挿絵(By みてみん)

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