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無能と罵られ追放された天才軍師、敵国で英雄になる ~追放した王国が、今さら停戦を求めて土下座してきても遅い~  作者: レモンティー


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第十四話 敵軍の食料を断ったら、五万人が動けなくなった

収容所の炊事係は、敵軍の配給表を見て首を振った。

「明日の分がありません」。

シリウスは補給路を断つ命令を変えなかったが、降伏を申し出た兵のために別の鍋を用意させた。

「飢えを勝利の証拠にするな。武器を置いた者を、戦いの続きで殺してはいけない」。

兵士は鍋の湯気を見つめ、ようやく敵の顔を上げて見た。

むしろ困ったのは、敵軍だけではなかった。

補給路を閉ざすために移した荷車が、山間の村へ向かう粉ひき屋の通行まで妨げていた。

村長が抗議に来ると、若い士官は「戦時だから我慢してもらう」と答えた。

シリウスはその言葉を遮った。

「村の食料を奪って得た勝利は、誰の勝利だ」

彼は地図に小さな脇道を書き入れ、護衛付きの通行時間を指定した。

敵に利用されないよう荷を調べる必要はある。

しかし、村人の暮らしを止める理由にはならない。


翌朝、粉ひき屋の老人が荷車を押して通った。

老人は礼を言わず、ただ袋の数を数えていた。

シリウスはそれでよいと思った。

戦場の作戦は、作戦を知らない人々の日常を壊さずに済むなら、そのほうが優れている。

公国軍の主力が使う西街道には、荷車一台がようやく通れる石橋があった。

橋を壊せば敵の食料は止まる。

だが橋の向こうには村が三つあり、麦も薬も同じ道を通っていた。

「橋を落としますか」とベルク。

「落としません。村人の道まで奪うことになります」

シリウスは石橋の西側にある分岐路を指した。

「敵の荷車は、攻城塔の資材と同じ街道を使っています。塔の修理が続く間、食料車は追い越せません」

「なら塔を襲う?」

「正面から攻めれば、こちらの騎兵が失われます。敵の護衛が自分で足を止める状況を作ります」

騎兵三百を丘へ配置し、空荷の荷車が集積場へ戻る時間帯にだけ姿を見せる。

襲撃はせず、敵の護衛が近づけば退く。

「それだけで止まりますか」

「止まらないかもしれません。だから一度試し、効果を測ります」

最初の日、敵の護衛は警戒して隊列を止めた。

だが二度目には騎兵を無視し、荷車を進めようとした。

「策が見破られました」とベルク。

「敵も学びます。次の手を考えましょう」

シリウスは斥候に、荷車が止まる場所と時間を記録させた。

橋ではなく、橋の手前に積まれた攻城塔の替え材が渋滞を生んでいた。

「ここに人を集めれば、道はさらに詰まります」

「民間の荷車も巻き込まれます」とガイル。

「だから村長に迂回路を知らせます。村の麦は止めません」

帝国側は丘に小さな監視陣地を設けた。

公国軍が護衛を増やすと荷役に回す人手が減り、空荷の車が戻れなくなった。


やがて後続の食料車が橋の手前に滞留した。

食料は焼かれていない。

奪われてもいない。

ただ前線へ届かなかった。

四日目の朝、公国軍の前衛では配給が半分になった。

補給将校がローデリックへ訴えた。

「麦は後方にあります。しかし攻城塔の資材と荷車が道を塞ぎ、前へ運べません」

「人に背負わせろ」

「五万人分は運べません。兵が運搬に回れば、攻撃する人数も減ります」

補給路を断たれた王国軍の野営地から、飢えた少年兵が白い布を振って現れた。

部下は罠を疑った。

シリウスも同じ懸念を持ったが、弓兵を伏せさせたまま、水と乾パンだけを前へ運ばせた。

少年の証言で、五万人の中に徴発された民間人が混じると分かった。

シリウスは包囲線に非戦闘員用の通路を設けた。

ローデリックは机を叩いた。

「なら近くの村から徴発しろ!」

副官ミハイルが顔を上げた。

「村の麦を奪えば、帰路の食料も失います。村人が逃げれば道案内も得られません」

「敵の肩を持つのか」

「兵を帰す道を残したいのです」

大将軍は返事をしなかった。

黒岩砦には、街道沿いの村から別の報告が届いていた。

公国兵が井戸に押しかけ、村人と水を奪い合っているという。

ガイルは眉をひそめた。

「敵の補給を止めた結果だ。仕方あるまい」

「仕方ないと放置すれば、村が戦場になります」

シリウスは村へ水桶と井戸の修理道具を送り、武装した兵が村へ入らないよう、白旗の使者を通じて公国軍へ警告した。

「敵に水を渡すのですか」

「村人の水を守るためです。水が必要なら、武器を置いて決めた場所へ来てもらいます」

砦の南門の外に臨時の給水所を設け、負傷兵と降伏希望者を受け入れる時間を定めた。

見張りと衛生兵を配置し、砦の貯水量も毎朝確認する。

「全員を養えるわけではありません」と補給係。

「分かっています。だから約束できる人数と量を先に決めます」


やがて敵陣から、白布を掲げた担架隊が現れた。

担架の上には、敵味方の矢を受けた兵が横たわっていた。

ガイルは弓兵に命じた。

「撃つな。衛生兵を通せ」

彼自身がその命令を口にしたことに、ベルクは驚いた。

夕刻、シリウスは公国軍へ停戦を提案した。

攻城戦を中止すれば、負傷者の搬送と一時的な食料供給について協議するという内容だった。

使者が戻るまで、砦の警戒は解かなかった。

「これで勝てますか」とベルク。

「まだ分かりません。補給が苦しくなった軍は、降伏することもあれば、無理な突撃を選ぶこともあります」

シリウスは砦の北にある羊飼い道を確かめさせた。

「敵が突撃した場合、こちらが退ける道も残しておく。相手に選択肢を奪われたときこそ、私たちは選択肢を残さなければなりません」


その夜、公国軍の炊事煙は昨日より少なかった。

公国軍の食料車が止まった夜、若い敵兵が白布を掲げて砦へ近づいた。

「降伏したい。だが仲間の負傷者を置いて来られない」

守備隊長は罠を疑った。

シリウスは見張りを二重にしたうえで、衛生兵を伴う短時間の収容を認めた。

「助けた者を、翌朝また戦場へ戻すつもりか」とガイルが問う。

「武器を預かり、名を記します。降伏を受けるなら、その後の責任も引き受けなければなりません」

翌朝、負傷者十二人が担架で運ばれた。

食料を断つ策は敵を止めた。

だがその成功が、人を見捨てる口実にならないことを、シリウスは兵の前で示した。

西街道の補給車列を止めたと聞いたとき、ガイルは笑わなかった。

「食料が来なければ、敵は必死になって砦を攻めるぞ。こちらも危ない」

「だから、止める場所を選びました」とシリウスは答えた。

彼が封鎖したのは唯一の街道ではない。

狭い橋を通る重い荷車だけを足止めし、兵の退路になる山道は残していた。

道を完全に塞げば、敵は死に物狂いで突破を試みる。

退ける道があれば、指揮官は撤収を選べる。

だが夕刻、思わぬ知らせが届いた。

補給車列には公国軍の食料だけでなく、徴発された村の小麦も積まれていたという。

「橋を焼けば車列は止まります」と工兵長。

シリウスは首を横に振った。

「橋は村人も使う。焼かずに車軸を外し、渡橋を一時停止させる。村の荷には印を付けて返す」

作業は遅れた。

敵の騎兵が近づき、護衛の一隊が撤退を余儀なくされた。

「これでは完全な勝利ではありません」とベルクが唇を噛む。

「完全でなくていい。橋を残し、兵を帰すことが先です」


翌朝、ローデリックの幕営では前衛と後衛の食料配分を巡って将校たちが言い争っていた。

ミハイルは進軍表を広げた。

「このまま前進すれば、先頭だけが砦に着き、後続は橋の向こうです。砦を攻める前に隊列が崩れます」

ローデリックは机を叩いた。

「五万の軍が、荷車数十台で止まるというのか!」

「五万人だからです。五千人なら持てる食料を、五万人は持ち歩けません」

シリウスの作戦は敵を飢えさせるためではなかった。

五万の軍が一斉に攻撃できる条件を奪い、撤退という選択肢を残すためのものだった。

だが消えたわけではない。

五万人は一夜で飢えるわけではない。

前線の食料と後方の輸送が噛み合わなくなり、軍全体として攻撃を続ける力が失われつつあるのだ。

ローデリックは最後の攻撃準備を命じた。

ミハイルは命令書を受け取り、退却に必要な荷車の数を別紙に書き始めた。

同じ夜、黒岩砦のシリウスも二枚の表を並べていた。

一枚は敵の補給の推定。

もう一枚は自軍の食料と負傷者の数。

「敵が止まっても、こちらの時間が無限になるわけではありません」

村から戻った伝令は、橋を渡れなかった商人の名簿を持っていた。

シリウスは敵の輸送が滞った数字と、その名簿を同じ机に並べた。

「策が成功したからといって、被害がないわけではない」。

彼は村へ別の通行時刻を知らせるよう命じた。

ベルクは頷き、翌朝の偵察当番を確認した。

勝敗を決めるのは、五万人という数字でも五千人という数字でもない。

明日の朝、誰が動ける状態で立っているかだった。

補給路を塞ぐために倒した木は、山道を完全には閉ざさなかった。

斥候が小道を見つけたため、シリウスはそこを封鎖せず監視に切り替えた。

「全部塞げば、敵兵は村へ散って食料を奪う」。

二日目、敵の小部隊が小道へ出た。

帝国軍は矢を放たず、降伏勧告と水桶を置いた。

三日目、戻らなかった荷車の数が敵陣の配給表に表れた。

ローデリックは突撃を命じたが、ミハイルは先頭の兵が空の水筒を振る音を聞いていた。

四日目の夜明け、敵陣の炊事煙は明らかに減っていた。

シリウスは斥候の報告を三つ並べた。

南街道の荷車は泥で停止、北の橋は重量制限で一度に二台しか渡れず、迂回路は村の市場を通るため大軍の輸送には使えない。

「補給線を一本切っただけではありません」とベルクが言う。

「敵将が全軍を一か所に集めたせいで、残る道も詰まっています」

「だからといって飢えさせ続ければ、敵兵は村から食料を奪う」とシリウスは答えた。

彼は帝国側の食料を数え直し、敵に降伏を呼びかける使者を送った。

武器を置いた兵には水と最低限の食事を保証する。

ただし捕虜を無制限に受け入れれば砦も飢えるため、受入人数と時刻を区切る。

敵陣ではミハイルが配給表を握り潰した。

五万人という大軍は、食料を運べなければ五万人分の空腹になる。

「突撃すれば勝てる」とローデリックが叫ぶ。

「突撃する兵の足が、もう動きません」

ミハイルの声は静かだった。

その一言で、敵将が三日で落とすと笑った砦は、四日目もそこに立っていた。


挿絵(By みてみん)

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