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無能と罵られ追放された天才軍師、敵国で英雄になる ~追放した王国が、今さら停戦を求めて土下座してきても遅い~  作者: レモンティー


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第十二話 俺は兵士たちに、戦う前に眠るよう命じた

夜半、砦の廊下でシリウスは若い歩哨と出会った。

名はリュカ。

交代時刻を過ぎても持ち場を離れない。

「眠れば、敵が来たとき気づけません」

「君一人が起きていても、五千人を守り切れない」

シリウスは当番表を広げた。

歩哨を二組に分け、警鐘を鳴らす者と伝令を走らせる者を別にした。

片方が倒れても、もう片方が知らせを届ける。

「仕組みがあれば、休むことも任務になる」

リュカはなお迷っていた。

「もし、寝過ごしたら」

「そのときは交代を確認しなかった私の責任だ。だから私も、確認する」

シリウスは砂時計を置き、次の歩哨が来るまで一緒に待った。


やがて交代の兵が現れ、二人で合図を復唱する。

リュカは初めて肩の力を抜いた。

兵舎へ戻る途中、彼は靴を脱ぐ前に眠り込んだ。

翌朝、警鐘の試験は予定どおり全区画に届いた。

公国軍の先遣隊が砦の西に陣を敷いた日の夕刻、シリウスは各隊長を集めた。

「今夜は交代で眠ってください」

誰もすぐには返事をしなかった。

「五万人が目の前にいるのですぞ」とガイル。

「だからです。敵が攻める前に、こちらが疲れ切っては戦えません」

シリウスは見張り台、門、伝令所、救護所に必要な人数を確認し、夜を三つの時間帯に分けた。

当直は交代制とし、起床後には全員が持ち場へ戻れるよう、集合場所も指定した。

「全員を同時に寝かせるわけではないのか」

「当然です。眠る兵を、起きている兵が守ります」

若い弓兵が手を挙げた。

「敵が角笛を鳴らしたら、起こしますか」

「角笛だけでは起こしません。敵が渡河点を越えた、攻城兵器が前進した、門への接近が確認された。そのいずれかなら全軍に警鐘を鳴らす」

「判断を誤ったら?」

「見張りの責任を一人に押しつけないよう、二人一組で確認します。最後に判断基準を決めた責任は私が負います」

ガイルは当直表を見下ろした。

「お前自身はいつ眠る」

「第二組の交代後に、四時間」

「四時間で足りるのか」

「足りなければ明日の判断を誤ります。だから副官に、私の交代時刻も守らせます」

軍師が休むことを命じるのは、兵を休ませるより難しかった。

夜の炊事場では、槍兵が不器用に芋の皮をむいていた。

炊事兵まで夜通し働かせれば、翌朝の食事が止まる。

料理経験のある兵を各隊から一人ずつ借り、厨房の当番も交代させたのだ。

「剣より包丁の方が難しい」と槍兵がぼやく。

「指を切るなよ。明日は槍も持つんだろう」と炊事長が笑った。

その笑い声が兵舎へ届くと、毛布を被った新兵が少しだけ顔を上げた。

「皆、怖くないんでしょうか」

隣の古参兵が答えた。

「怖いさ。だから交代する。俺が寝ている間はお前が見張り、お前が寝ている間は俺が見張る」

「もし、俺が見落としたら」

「俺が確かめる。逆も同じだ」

新兵は当直表に並んだ二人の名前を指でなぞり、ようやく横になった。

真夜中、公国軍の陣から角笛が響いた。

見張りの一人が警鐘へ走る。

「待て。松明は動いているか」

当直隊長が止めた。

「陣の中を移動しています。街道には出ていません」

「荷車は」

「止まったままです」

「なら全軍は起こさない。西の見張りを一組増やし、十五分後にもう一度報告させろ」

敵は二度、三度と角笛を鳴らした。

砦から反応がないと見るや、さらに太鼓を打った。

だが帝国兵の大半は眠り続けた。

公国軍の本陣では、ローデリックが苛立っていた。

「なぜ砦は静かなのだ」

ミハイルが答える。

「こちらの示威行動に反応していないのでしょう」

「恐れて身を潜めているのだ」

「そうかもしれません。ただ、こちらの兵も夜通し起きています」

夜間の哨戒兵が眠気で合図を取り違え、友軍の輸送隊に弓を向けた。

シリウスは罰を求める隊長を止め、当直表を机に広げた。

「過ちを犯した一人を処分しても、次の夜に別の誰かが同じ間違いをする」

三交代を四交代に変えるには炊事係の増員が必要だった。

彼は自分の護衛を二人減らし、炊事場へ回した。

ローデリックは聞き流した。

明け方、黒岩砦の伝令所に小さな問題が起きた。

交代を終えた見張りの一人が、敵騎兵を二十騎と報告した。

別の兵は四十騎だと言う。

シリウスは怒鳴らなかった。

「どの丘で見た?」

「西の丘です」

「何時に?」

「夜明けの少し前」

「動いていたか?」

「二列に分かれていました」

二人の報告を重ねると、同じ騎兵が丘を回り込んで再び現れた可能性が高かった。

「数が違うこと自体は失敗ではありません。場所と時刻を分けて報告してくれたから、確かめられた」

若い見張りは安堵したが、シリウスは続けた。

「次は旗の色も見てください。分からなければ、分からないと書く」

朝の点呼では、眠れなかった兵が三人いた。

シリウスは彼らを責めず、医師の確認を受けさせたうえで後方の伝令補助に回した。

眠れなかったことを隠して城壁へ立つより、安全だった。

ガイルは兵の顔を見渡した。

「昨日より、目が生きているな」

「睡眠だけで勝てるわけではありません」

「分かっている。だが、眠れぬ軍は戦う前から負ける」

シリウスは頷き、交代表をガイルへ渡した。

「次の夜は、将軍が決めてください」

「俺が?」

「兵を守るのは、私一人の仕事ではありません」

そのとき、敵陣から朝の角笛が鳴った。

見張り台の兵が報告する。

「公国軍、前衛を整列。攻城塔はまだ街道の後方です!」

シリウスは地図に印を付けた。

「全隊、持ち場へ。まずは敵が何を動かしたのか、確かめましょう」

交代の鐘が鳴ると、ガイルは眠れなかった若い兵の持ち場へ行った。

「今夜は俺が最初の見張りをする」。

兵は驚いたが、将軍は肩をすくめた。

「命令を出す者が交代を守らなければ、誰も休めんだろう」。

兵舎に戻る足音が、ひとつ増えた。

二度目の夜、眠れない兵たちの間に「西門が破られた」という噂が走った。

リュカは飛び起きたが、警鐘は鳴っていなかった。

「確認してきます」

彼は当直表に従い、門番と見張り台の双方へ伝令を出した。

返答は一致した。

門は無事で、風で古い板戸が鳴っただけだった。

シリウスが尋ねた。

「なぜ全員を起こさなかった」

「確認前に騒げば、明日の当番が眠れなくなります」

「その判断を報告に書いてくれ」

リュカは誇らしげに筆を取った。

眠るよう命じられた兵士が、初めて休息を守る側になった。

「今夜は眠れ」と命じられた若い兵士は、怒って寝台を蹴った。

「敵が五万もいるのに、眠っていられるか!」

シリウスは彼を叱らなかった。

「君の見張りは明朝四刻だ。今夜一睡もしなければ、朝の合図を見落とすかもしれない」

「眠れなかったら?」

「横になって目を閉じるだけでもいい。眠れない者を責めない。見張りは二人一組にする」

夜半、敵の偵察隊がわざと松明を振り、砦の兵を起こそうとした。

眠っていない交代班が鐘を鳴らしかけたが、隣の兵が止めた。

「まだ敵の攻撃ではない。合図を確認しろ」

明け方、敵は疲れさせたはずの守備兵を前にして足を止めた。

砦の矢は無駄に放たれず、門番は偽の退却信号を見抜いた。

戦闘後、先ほどの若い兵士がシリウスに言った。

「眠ったから勝てた、とは言いません。でも、眠らなかったら、あの旗を見間違えていました」

「それで十分だ」

シリウスは勝利を奇跡にしなかった。

休息という地味な準備が、一人の正しい判断につながったのだ。

兵士たちは弓と盾を取り、静かに城壁へ向かった。

昨夜の恐怖が消えたわけではない。

それでも彼らは、眠れないまま命令を待つ軍ではなく、自分の番に立ち上がれる軍になっていた。

その日の夕刻、リュカが伝令室へ駆け込んできた。

「将軍、休息の命令を取り消してください」

当直表には、彼の名が夜半から明け方まで記されている。

だが本人は一睡もできていなかった。

「理由を聞こう」

「昨日、俺が交代した直後に西の丘で火が見えました。もし次も見逃したら、仲間が死にます」

シリウスは窓の外を見た。

丘の火は、敵の炊事か、偵察隊の合図か、まだ分からない。

「君が休まなかったら、その火の意味が分かるのか」

「……いいえ」

「なら、必要なのは君一人の徹夜ではなく、見間違いを確かめる仕組みだ」

彼は机に二枚の紙を置いた。

一枚は目撃した事実を書く紙。

もう一枚は、その事実から考えた可能性を書く紙だ。

「『火を見た』は事実。『敵が攻めてくる』は推測。両方を同じ欄に書くと、次の兵が推測を事実として受け取ってしまう」

リュカは紙を見つめた。

「俺は、火を見たことだけを書けばいいんですか」

「見た時刻と場所も。それから、分からないことは分からないと書いてくれ」

そこへガイルが現れ、二枚の紙を拾い上げた。

「俺の若いころは、見張りが寝たら鞭だった」

リュカの肩が強張る。

「だから眠らずに立って、目を開けたまま何も見ていない兵が出た。……あれも俺の責任だったのかもしれんな」

ガイルは自分の筆跡で当直表に署名した。

「今夜の交代は俺が確認する。お前は寝ろ。もし合図があれば起こす」

「将軍ご自身が?」

「俺が確認したと言えば、誰もお前を臆病者とは呼ばんだろう」

リュカはようやく敬礼し、兵舎へ向かった。

その背中を見送りながらシリウスは、王国軍にいたころのことを思い出した。

敗戦の夜、疲労で伝令の方角を取り違えた兵がいた。

責められたのはその兵だけで、休息を認めなかった指揮官は報告書に名前すら残らなかった。

同じ失敗を、ここでは繰り返さない。

夜半、敵の陣から火が三つ上がった。

見張りは時刻と方角を記録し、別の二人が位置を確かめた。

「三つの火は同時ではありません。西から順に灯っています」

「荷車の列は?」

「動いていません」

「なら合図の可能性はあるが、突撃の証拠はない。予備隊だけ起こそう」

ガイルは命令を復唱し、警鐘を鳴らさずに伝令を走らせた。

朝になって、敵の前衛はまだ丘の向こうにいた。

予備隊は再び休息へ戻れた。

「俺たちは勝ったんでしょうか」とリュカが尋ねた。

「今夜は、誤った命令を出さずに済んだ。それは次の戦いに残せるものだ」

交代を終えた歩哨リュカは、敵の松明が同じ場所を三度往復するのを見た。

「数を多く見せるための陽動です」。

眠っていなければ、火の数だけで敵兵を数えたかもしれない。

シリウスは即断せず、別の見張り台から距離を測らせた。

二つの報告は一致した。

ガイルが笑った。

「寝かせた甲斐があったな」。

シリウスは首を振る。

「眠る仕組みを守ったからだ。リュカ一人の頑張りに戻してはいけない」。

当直表は翌朝、全隊へ配られた。

シリウスは記録用紙の余白に、当直の改善案を書き足した。

兵士の勇気を測るためではない。

明日も同じ人数が立っていられるようにするためだった。


翌朝、交代で眠った兵たちは、敵の偵察隊が残した偽の足跡を見つけた。

前夜なら誰もが追いかけたかもしれない。

「蹄の跡が途中で消えています」とリュカが報告する。

「追跡を誘うためだな」とガイル。

シリウスは見張りに確認した。

「足跡の向こうで、荷車の音を聞いた者は?」

誰も手を上げなかった。

追撃を見送った直後、別の谷から本隊の斥候が現れた。

眠って判断力を保った兵たちは、偽の動きに釣られず持ち場を守った。

リュカは息を吐いた。

「寝ることが命令だった意味が、やっと分かりました」

「眠るだけでは勝てない。眠ったあとに、何を見落とさないかだ」。

シリウスは当直表の改善を命じた。


挿絵(By みてみん)

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