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無能と罵られ追放された天才軍師、敵国で英雄になる ~追放した王国が、今さら停戦を求めて土下座してきても遅い~  作者: レモンティー


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第百十五話 古い剣を売りに来た男は、俺の部下だった

古道具屋の店先に、見覚えのある剣が置かれていた。

柄に刻まれた小さな傷。

二十年前、敵の包囲を破った夜、シリウスが自ら修理を命じた剣だった。

持ち主は元兵士のダンだった。

「大将軍。こんなところで会うとは」

ダンは恩給の申請書を三度出していた。

却下理由は毎回違い、負傷の証明を求められるたびに古い傷を見せなければならなかった。

シリウスは彼の剣を買い取るより先に、その申請書を読んだ。

男は笑おうとしたが、笑顔にならなかった。

右足を引きずり、上着の袖口は何度も繕われていた。

「剣を売るのか」

「息子の薬代が必要でして」

退役兵には年金があるはずだった。

だがダンの村には、手続きの変更が伝わっていなかった。

以前の証明書では受け付けられず、役所まで往復する金もなかった。

シリウスは店主に剣を買い戻すと申し出た。

「それだけはやめてください」

ダンが強く首を振った。

「施しを受けるために戦ったわけじゃありません」

シリウスは口を閉じた。

自分はすぐ金を出せる。

だがそれでは、同じ事情の退役兵を何人も置き去りにする。

二人は年金局へ向かった。

窓口の役人は規則を説明した。

「本人確認のため、新しい印章が必要です」

「遠い村の者はどうすればいい」

「代理申請も可能ですが、証人が二人必要です」

「証人を連れて来られない者は」

役人は答えに詰まった。

ダンは肩をすくめた。

「だから剣を売るんです。ここで怒鳴っても、薬は買えません」

シリウスは役人を責めなかった。

窓口が勝手に規則を変えられないことも知っていた。

ただ、誰がこの制度を設計したのかを確かめた。

調査の結果、都心の不正受給を防ぐために増やした手続きが、遠隔地の退役兵に過重な負担をかけていたと判明した。

シリウスはエリシアに報告した。

「制度は不正を防ぎました。しかし正当な受給者も締め出しました」

皇帝は巡回窓口の設置を認めた。

過去の未払い分を遡って確認し、急を要する治療費には仮払いを設ける。

担当者には期限を与え、結果を公表させた。


数日後、ダンの息子の薬が届いた。

「剣は売らずに済みました」

ダンは礼を言ったが、シリウスは首を振った。

「礼を言う相手は、声を上げてくれたお前だ」

「俺はただ、困っていただけです」

「困っていると言えることが、国を直す最初の一歩だ」

秋、シリウスはダンの村を訪ねた。

畑で少年が鍬を振り、父親が隣で教えていた。

古い剣は家の梁に掛けられていた。

「父さんは強かったの?」

少年が尋ねる。

ダンは少し考えた。

「怖かったさ。でも、隣にいた人を置いて逃げなかった」

シリウスは剣を見上げた。

兵士が老いた後も暮らしていける国でなければ、勝利を誇る資格はない。

彼はそう思いながら、少年の持つ鍬の柄を直してやった。

巡回窓口の最初の訪問先は、ダンの村よりさらに北にある山間の集落だった。

冬には雪で道が閉ざされ、役所へ行くには三日かかる。

年金局の若い職員は、古い証明書を前に首をひねった。

「この印章は、今の台帳にありません」

老人は黙って袖をまくった。

腕には古い傷が走っていた。

「これも証明にはならんかね」

職員は顔を赤くした。

傷だけでは本人確認はできない。

しかし老人が嘘をついていると決めつけることもできない。

シリウスはその場で、戦友の証言、当時の部隊名簿、村の住民記録を照合する手順を作らせた。

確認には時間がかかる。

だから仮払いと本審査を分けることにした。

「不正を防ぐために慎重であることと、困っている人を待たせ続けることは同じではない」

若い職員は、申請書の余白に大きく『緊急』と書いた。

ところが議会では、仮払いが不正受給につながるという反対が出た。

シリウスは反論を封じなかった。

支払い後の照合、故意の虚偽申請への対応、窓口の監査を制度に盛り込んだ。

ダンはその会議を傍聴した。

「俺たちのために、こんな大騒ぎになるとは」

「大騒ぎにしなかったから、長く見えなかったんだ」

巡回窓口が始まると、思わぬ声が届いた。

戦死者の妻が、夫の証明書を持ってきたのだ。

「夫は帰っていません。それでも、この紙は使えますか」

担当者は年金の規則を読み、遺族給付の対象だと説明した。

だが妻は顔を伏せた。

「以前の役所では、夫の部隊が記録にないと言われました」

古い部隊名は戦後の再編で消えていた。

台帳の番号も変わっていた。

誰も嘘をついていないのに、制度から一人の兵士が消えていた。

シリウスは記録庫で当時の名簿を探した。

埃をかぶった箱の底に、戦死した兵の署名が残っていた。

横には、補給を受け取った日付と、故郷の村の名があった。

「この人を覚えていますか」

シリウスは頷いた。

「橋を守った夜、負傷した仲間を先に渡した兵だ」

妻は泣かなかった。

ただ、夫が本当にそこにいたと証明された紙を、両手で抱えた。

議会では給付のための記録照合を簡略化し、申請者が古い番号を知らなくても調査できる制度を設けた。

誤支給を防ぐ確認は残しつつ、調査の負担を遺族だけに負わせない形にした。

ダンは巡回窓口の案内係を買って出た。

杖をついて歩く彼に、若い役人が椅子を勧める。

「俺は座っていてもいい。でも、あの人たちは立ったまま待たせるな」

役人は受付の順番を見直した。

遠方から来た人と急病の家族がいる人を先に案内する。

シリウスは剣を売らずに済んだダンの姿を見て思った。

制度が変わるとは、立派な布告が出ることではない。

窓口で「次の方」と呼ばれる順番が変わることなのだ。

会議の帰り、ダンは古い剣を持ってきた。

「軍学校に寄付しようと思います。若い兵が、退役後のことも学べるように」

シリウスは受け取らなかった。

「お前の息子が欲しいと言うかもしれない」

「それなら、剣ではなく鍬を渡しますよ」

二人は笑った。

戦場では決して交わせなかった種類の笑いだった。

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