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無能と罵られ追放された天才軍師、敵国で英雄になる ~追放した王国が、今さら停戦を求めて土下座してきても遅い~  作者: レモンティー


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第百十四話 戦争を知らない若者が、戦争を始めたがった

「弱腰の和平を終わらせろ!」

議会前の広場で、青年カイルの声が響いた。

集まった若者は旗を振り、国境の軍備増強を求めていた。

シリウスは遠巻きに演説を聞いた。

言葉は巧みだった。

演説を聞く若者の中には、戦争で職を失った父を持つ者もいた。

カイルの怒りは空想だけではない。

シリウスは彼らの不満を笑わず、何を変えれば明日がよくなるのかと問い返した。

平和は屈辱であり、かつての栄光を取り戻すべきだと訴えるたび、歓声が上がる。

だが演説が終わると、ひとりの老女が青年に近づいた。

「あなたは戦場で誰を失ったの」

カイルは言い淀み、やがて胸を張った。

「僕たちは失った世代の代わりに立ち上がるんです」

老女は怒鳴らなかった。

「私は息子を失ったの。代わりに立ち上がるなら、まず息子の名前を覚えてちょうだい」

カイルは答えられなかった。


翌日、シリウスは議会の公開審問に出席した。

カイルの提案には軍需商会からの寄付が含まれていた。

違法ではない。

しかし寄付を受けた事実が演説で伏せられていた。

「あなたは戦争を望んでいるのか、それとも国境の安全を望んでいるのか」

シリウスが問うと、カイルは即座に答えた。

「安全です。武器がなければ守れません」

「ならば、武器以外の選択肢も比較するべきだ」

シリウスは山道の修復費、共同監視所の費用、増兵した場合の商業損失を示した。

どれも万能ではない。

だが比較する前に一つだけを『勇気』と呼ぶのは危険だった。

「大将軍は戦争で名を上げた。僕たちには同じ機会もない」

思いがけない言葉に、会場が静まった。

シリウスはその声の底にあるものを聞き取った。

若者たちは戦争を知らないだけではない。

平和な時代に何を成せばよいのか、答えを持てずにいた。

「私の名誉が羨ましいなら、代わってやりたい」

シリウスは言った。

「勝利の夜、戦死者の名簿に印をつける仕事も含めてな」

審問の後半、戦死者遺族が証言した。

補給を担当した者、敵の負傷兵を助けた者、帰らなかった者。

それぞれに名前があった。

カイルは最後まで席を立たなかった。

議会は軍備案を即決せず、寄付の公開と独立審査を義務づけた。

必要な警備は維持し、武器を増やす前に脅威の根拠を公表することになった。

夕方、カイルがシリウスを追ってきた。

「僕は間違っていましたか」

「まだ答えを出すのは早い。だが、人の死を自分の栄光の道具にするな」

青年は小さく頷いた。


翌月、カイルは国境の修復工事に参加した。

演説ほど拍手は起きなかったが、彼が直した橋を毎朝子供たちが渡った。

シリウスはその橋を見て、若者が誇れる仕事は戦争の外にもあると信じた。

公開審問のあと、カイルの仲間の一部は彼を裏切り者と呼んだ。

シリウスと話しただけで、権力に取り込まれたと決めつけたのだ。

「僕は考え直すと言っただけだ!」

カイルが叫んでも、仲間は耳を貸さなかった。

その夜、彼は橋の修復現場に来た。

石を運ぶ老人たちは、演説のときのような歓声を上げない。

汗を拭き、次の石を渡すだけだった。

「ここで働けば、何が変わるんですか」

現場監督は橋脚を指さした。

「春の洪水で、向こう岸の学校へ行けなくなった子がいる。石を積めば、通れるようになる」

カイルは初めて、自分の演説が誰の一日を良くするのか、具体的に考えた。


翌週、彼は軍需商会の帳簿を自ら公開した。

寄付金の一部が集会の旗や印刷物に使われていたことも認めた。

支持者は減った。

だが新しく参加した者もいた。

軍備が必要だと考えながら、寄付の透明性を求める人々だった。

シリウスはカイルを称賛しなかった。

代わりに、軍備審査の公開会議へ招いた。

「反対意見も必要だ。ただし、数字と責任を持って来い」

カイルは初めて、敵の役を演じずに反論した。

国境の巡回人数が足りないこと、冬に山道が閉ざされること、密輸に使われる抜け道があること。

指摘には確かな根拠があった。

会議は巡回路の整備と共同通報所の増設を決めた。

増兵は保留されたが、危険そのものは放置されなかった。

カイルが橋の工事に加わった初日、職人たちは彼を歓迎しなかった。

演説で「国境の向こうは信用できない」と叫んでいた青年を、旧王国出身の石工が覚えていたからだ。

「俺たちの石を使うのも嫌なんだろう」

カイルは顔を赤くした。

「そんなことは言っていない」

「国境の向こうの物は危険だと言った。俺の手で積んだ石もそうか」

言い返そうとしたカイルを、親方が止めた。

「口より先に、水平を取れ」

石は思うように積めなかった。

急いで置けば隙間ができ、少しの傾きが次の段に響いた。

夕方には指の皮が剥けていた。

休憩中、旧王国の石工が水筒を差し出した。

「嫌なら飲まなくていい」

カイルは受け取り、礼を言った。

それだけで二人の考えが一致したわけではない。

だが翌日、石工はカイルに石の見分け方を教えた。

工事が進む頃、軍需商会の使者が訪れた。

「君の演説には人を動かす力がある。今度は国境の兵舎増築を訴えてくれ」

カイルは以前なら喜んだだろう。

だが今は問い返した。

「兵舎が必要だという資料はありますか。橋を渡る荷車が減る理由も調べましたか」

使者は答えず、寄付の話を取り消した。

仲間の若者からは裏切り者と呼ばれた。

カイルはそれでも集会に出た。

「私は警備が不要だとは言わない。でも、数字を見せない増兵には賛成しない」

拍手は少なかった。

それでも一人の青年が工事への参加を申し出た。

シリウスはその報告を聞き、安堵より先に危うさを感じた。

新しい正しさに酔えば、また他人の声を聞かなくなる。

だから彼はカイルへ短い手紙を書いた。

『昨日の自分を否定できたなら、明日の自分も疑ってほしい。』

帰り際、カイルはシリウスに尋ねた。

「僕はまだ、強い国が必要だと思っています」

「私もだ」

「では何が違うんです」

「強さを、誰かを殴れることだけで測らない」

その冬、橋が完成した。

最初に渡ったのは旗を持つ兵ではなく、教科書を抱えた子供たちだった。

カイルは自分の変化を誇示するような拍手はしなかった。

ただ、自分が積んだ石が崩れないかをじっと見守っていた。

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