第8話 王都への旅
灰色迷宮を出た頃には。
太陽は、すっかり西に傾いていた。
「疲れた……」
私は大きく伸びをした。
「ミア、あれだけ動いて疲れたのか?」
レオンが不思議そうに聞く。
「はい!」
「……そうか」
レオンが少し考える。
「じゃあ、今日は村に戻って休むか」
「王都へ行くんじゃないんですか?」
「明日からだ」
「分かりました!」
私は元気よく返事をした。
するとクロエが笑う。
「切り替え早すぎない?」
「だって、王都ですよ!」
「そんなに楽しみ?」
「もちろんです!」
私は胸を張った。
「一度も行ったことがないんです!」
「私も楽しみ」
シエラが言った。
「王都には大きな図書館がある。古代魔法の資料も多い」
「じゃあ、お父さんのことも調べられますね!」
「そうね」
シエラが頷く。
でも。
その表情は少しだけ複雑だった。
「……何か分かるといいね」
「はい!」
◇
翌朝。
村の入口。
私たちは王都へ向けて出発することになった。
「忘れ物はないな?」
レオンが確認する。
「はい!」
私は荷物を背負った。
水。
パン。
薬草。
着替え。
母の短剣。
「大丈夫です!」
「よし」
レオンが頷く。
「王都までは徒歩で三日ほどだ」
「三日!」
「途中で宿場町に一泊する」
「楽しみです!」
「旅行じゃないからな?」
「冒険ですよね!」
「……そうだ」
レオンが苦笑した。
私たちは歩き始めた。
◇
昼頃。
街道を進んでいると。
「止まって」
クロエが突然言った。
「どうしました?」
「人がいる」
前方。
道の端に。
一台の馬車が止まっていた。
車輪が壊れている。
その周囲には。
「……商人?」
レオンが呟く。
数人の商人が困った顔をしていた。
「どうしたんですか?」
私が声をかける。
一人の男性が振り返った。
「ああ、助かった!」
商人は頭を下げた。
「魔物に襲われて、車輪が壊れてしまったんだ」
「魔物?」
レオンが警戒する。
「もう逃げたのか?」
「いや……」
商人の顔が青ざめる。
「近くにいるはずだ」
その瞬間。
草むらが揺れた。
「来るぞ!」
レオンが剣を抜く。
クロエが短剣を構える。
ガルドが盾を前に出す。
シエラが杖を握る。
「ミアは後ろ!」
「はい!」
私は素直に下がった。
――ガサッ。
草むらから。
一匹。
二匹。
三匹。
次々に魔物が現れる。
「ウルフだ!」
レオンが叫ぶ。
十匹近い。
「多いな」
ガルドが盾を構える。
「私がまとめて――」
シエラが杖を掲げた。
その時。
狼たちが。
一斉に私を見た。
「……?」
そして。
全員。
後ずさった。
「…………」
レオンが固まる。
「またか」
クロエがため息をつく。
「ミア」
「はい?」
「何した?」
「何もしてません!」
狼たちは。
私から距離を取る。
そして。
一斉に逃げていった。
「…………」
商人たちが呆然としている。
「魔物が……逃げた?」
私は笑った。
「よかったですね!」
「よくないだろ」
レオンが頭を抱える。
「いや、助かったけど……」
クロエが笑う。
「ミアって本当に何なんだろうね」
「普通の村娘です!」
「それ、もう聞き飽きたよ」
◇
商人たちを助けたことで。
私たちはお礼として、馬車に乗せてもらえることになった。
「王都まで行くなら乗っていきなさい」
商人が言う。
「いいんですか?」
「もちろんだ」
「ありがとうございます!」
私たちは馬車に乗った。
初めての馬車。
私は窓から外を眺め続けた。
「すごい……!」
「何が?」
クロエが聞く。
「全部です!」
「全部?」
「はい!」
流れる景色。
広い草原。
遠くに見える山。
知らない村。
知らない人。
知らない世界。
私は笑っていた。
「冒険って……楽しいですね」
その言葉に。
レオンが微笑む。
「ああ」
シエラも。
「そうね」
ガルドは窓の外を見ながら。
「……悪くない」
クロエが笑った。
「ほら。もう立派な冒険者じゃん」
「本当ですか?」
「うん」
その言葉が。
なぜか嬉しかった。
◇
夕方。
馬車が宿場町へ到着した。
「今日はここで泊まる」
商人が言った。
私たちは宿を探す。
「部屋は二部屋しか空いてないね」
受付の女性が言った。
「男一部屋、女一部屋でいいだろ」
レオンが言う。
「はい!」
私は頷いた。
その夜。
女性部屋。
「ミア」
クロエがベッドに座る。
「はい?」
「王都に着いたら、何したい?」
「えっと……」
私は考える。
「お父さんのことを調べたいです」
「うん」
「それから……」
私は笑った。
「冒険者として、もっと強くなりたいです!」
クロエは少し黙った。
「……そっか」
「はい!」
「じゃあさ」
「?」
「王都に着いたら、私と一緒に買い物行こうよ」
「いいんですか?」
「もちろん」
「楽しみです!」
私は笑った。
その夜。
久しぶりに。
私は安心して眠った。
◇
しかし。
同じ宿の屋根の上。
一人の男が立っていた。
黒い外套。
銀色の髪。
そして。
ミアと同じ色の瞳。
「……やっと見つけた」
男は宿の窓を見る。
「ミア・ルナベル」
手には。
古い写真。
そこには。
幼いミア。
そして。
若いアレン・ルナベル。
「まだ何も知らないか」
男が呟く。
「……なら、俺が教えるしかない」
男は空を見上げた。
月が雲に隠れる。
「だが――」
男の表情が険しくなる。
「俺だけじゃない」
遠く。
森の中。
無数の赤い目が光っていた。
魔物ではない。
人間。
黒いローブを着た者たち。
その胸には。
見たことのない紋章が刻まれている。
「対象を確認」
一人が呟く。
「ミア・ルナベル」
「確保するのか?」
「命令は違う」
「では?」
黒ローブの男が答える。
「――目覚める前に殺せ」
その瞬間。
屋根の上にいた銀髪の男が。
ゆっくり振り返った。
「……そうはさせない」
男の瞳が。
一瞬だけ。
赤く光った。
そして。
夜の街に。
剣を抜く音が響いた。
――王都へ向かう旅は。
まだ始まったばかりだった。




