第7話 父さんは誰だったのか
『――お前の父親は、本当の父親ではない』
その言葉だけが。
頭の中に残っていた。
「……どういうこと?」
私は石板を見つめた。
けれど。
もう父の姿はない。
光も消えている。
残されたのは、冷たい石だけだった。
「ミア……」
クロエが心配そうに近づいてくる。
「大丈夫?」
「……はい」
私は答えた。
でも。
自分でも分かる。
声が震えていた。
「お父さんが……本当のお父さんじゃないって……」
「聞き間違いじゃない」
シエラが静かに言った。
「私たち全員が聞いた」
「……そうですよね」
レオンが拳を握る。
「だが、映像が途中で切れた」
「はい」
「何か重要なことを伝えようとしていたんだろう」
ガルドが石板を見る。
「……まだ何かあるかもしれない」
私は石板に手を置いた。
「お父さん……」
胸が苦しくなる。
私は父が好きだった。
優しくて。
強くて。
いつも笑っていて。
私が転んだ時には、必ず手を差し伸べてくれた。
そんな父が。
本当の父親じゃない?
「……じゃあ」
私は小さく呟いた。
「本当のお父さんは……誰なんですか?」
答えはなかった。
◇
その時だった。
――ゴゴゴゴゴゴ。
「!」
石室の奥から。
大きな音が響いた。
「全員、構えろ!」
レオンが剣を抜く。
ガルドが前へ出る。
クロエが短剣を構える。
シエラも杖を握った。
私は慌てて母の短剣を抜く。
「何か来ます!」
「ミアは下がって!」
「はい!」
私は後ろへ下がった。
――ズズズ……。
暗闇の奥。
二つの赤い目が光った。
「魔物……?」
クロエが呟く。
次の瞬間。
巨大な影が飛び出した。
「来るぞ!」
レオンが踏み込む。
「はあっ!」
剣が振り下ろされる。
ガキィン!
「硬い!」
レオンの剣が弾かれた。
「私が援護する!」
シエラが杖を掲げる。
「――炎よ!」
巨大な火球が飛ぶ。
ドォン!
炎が魔物を包み込む。
「やった!?」
クロエが叫ぶ。
しかし。
炎の中から。
ゆっくりと影が出てきた。
「嘘……」
それは。
巨大な黒い狼だった。
けれど。
昨日の黒牙狼王とは違う。
さらに大きい。
全身に黒い鎧のようなものをまとっている。
「……なんだ、こいつ」
レオンが息を呑む。
シエラが震える声で言った。
「魔力反応……測れない」
「またかよ……」
レオンが苦笑する。
狼がこちらを睨む。
「グルルル……」
そして。
ゆっくりと。
私を見る。
「……?」
狼の動きが止まった。
その赤い目が。
私の持つ短剣へ向けられる。
「……どうしたんですか?」
私は一歩近づいた。
「ミア!」
レオンが叫ぶ。
でも。
狼は動かない。
むしろ――
頭を下げた。
「…………」
「…………」
「…………」
全員が固まる。
私は首を傾げた。
「お辞儀してます?」
「……たぶん」
クロエが呆然と答える。
「魔物がお辞儀するところ、初めて見たけど」
狼はそのまま。
私に向かって頭を下げ続ける。
「えっと……」
私は困った。
「こんにちは?」
狼が顔を上げた。
そして。
――グルル。
小さく鳴いた。
「こんにちは!」
私は笑った。
「…………」
クロエが頭を抱える。
「何で会話成立してるの……?」
すると。
狼が口を開いた。
『……鍵よ』
「…………」
今度こそ。
全員が凍りついた。
「しゃべった……」
レオンが呟く。
狼は私を見つめる。
『お前が……目覚めたのか』
「目覚める?」
私は聞き返す。
『違う……』
狼が苦しそうに首を振る。
『まだ……完全には目覚めていない』
「何のことですか?」
狼は答えなかった。
代わりに。
私の短剣を見た。
『その剣を……持っているということは』
狼の声が震えた。
『あの男は、まだ生きているのか』
「あの男?」
『……』
「誰ですか?」
狼が答える。
『お前を育てた男だ』
心臓が跳ねた。
「……お父さん?」
『そうだ』
「父さんは……」
私は唇を噛んだ。
「死んだはずです」
『死んだ?』
狼が首を傾げる。
『あの男が?』
「……はい」
『ありえない』
その一言。
私の胸に突き刺さった。
「……どうして?」
狼はしばらく黙っていた。
そして。
『あの男は――』
そこで。
狼の身体が突然揺らいだ。
「え?」
黒い霧が全身から噴き出す。
『時間がない』
「待って!」
『ミア・ルナベル』
狼は私を見た。
『お前の父を探せ』
「……!」
『すべての答えは――』
狼の姿が崩れていく。
『王都の地下にある』
「王都……?」
『古き塔』
それだけを残して。
狼は消えた。
後には。
黒い毛だけが一本。
床に落ちた。
◇
「……王都の地下」
シエラが呟く。
「古き塔……」
レオンが剣を収める。
「意味が分からないな」
クロエが床の毛を拾う。
「でも」
クロエは真剣な顔をしていた。
「少なくとも、ミアのお父さんについて何か知ってる魔物がいる」
「……はい」
私は短剣を握った。
今まで。
父は死んだと思っていた。
それを疑ったことはなかった。
母がそう言ったから。
でも。
もし。
もし父が生きているなら。
「……会いたい」
自然と声が出た。
「もう一度……お父さんに会いたい」
レオンが私の肩に手を置いた。
「じゃあ、行こう」
「え?」
「王都へ」
レオンは笑った。
「俺たちはパーティーだろ?」
クロエも笑う。
「もちろん」
シエラも頷く。
「古代魔法についても調べたい」
ガルドは短く。
「一緒に行く」
私は。
胸がいっぱいになった。
「……みんな」
目が熱くなる。
「ありがとうございます……!」
「泣くなって」
クロエが笑う。
「まだ何も分かってないんだから」
「はい!」
私は涙を拭いた。
そして。
みんなで階段を上っていく。
その途中。
私はふと振り返った。
地下の暗闇。
そこに。
一瞬だけ。
人影が見えた気がした。
「……?」
目を凝らす。
何もない。
「ミア?」
「何でもありません!」
私は仲間を追った。
気づかなかった。
暗闇の中に。
一人の男が立っていたことに。
黒い外套。
銀色の髪。
そして。
私と同じ色の瞳。
男は小さく呟いた。
「……やはり、目覚めたか」
そして。
懐から一枚の古い写真を取り出す。
そこには。
幼いミアと。
若い頃の父。
そして――
見知らぬ女性が写っていた。
「十六年か……」
男は写真を見つめる。
「そろそろ、真実を返してやるべきだな」
男が去った後。
写真の裏側が風でめくれる。
そこには。
たった一行。
『ミア・ルナベル――世界を終わらせる者』
と。
書かれていた。




