第9話 夜の襲撃
――ガキィン!
夜の静かな宿場町に、金属音が響いた。
「……誰だ」
銀髪の男が剣を構える。
屋根の上。
男の前には、黒いローブを着た者が三人。
「邪魔をするな」
黒ローブの一人が言った。
「我々は、あの少女に用がある」
「……ミアに?」
銀髪の男の表情が変わる。
「お前たちが何者かは知らない」
剣先を向ける。
「だが、あの子には手を出させない」
「ならば――」
黒ローブの男が手を上げた。
「お前も排除する」
三人が一斉に飛びかかる。
――その頃。
宿の中。
「……ん?」
私は目を覚ました。
「何か音がした?」
隣のベッドでは、クロエが眠っている。
「クロエ?」
「……んー……」
起きない。
私は窓へ近づいた。
外を見る。
「……誰もいない」
気のせいかな。
そう思ってベッドへ戻ろうとした時。
――ドンッ!!
今度ははっきり聞こえた。
「きゃっ!」
宿全体が揺れた。
「何!?」
クロエが飛び起きる。
「地震?」
「分かりません!」
廊下から叫び声が聞こえる。
「魔物だ!」
「宿を囲まれてるぞ!」
「全員、逃げろ!」
クロエが短剣を手に取った。
「ミア!」
「はい!」
「レオンたちを起こすよ!」
◇
「何が起きてる!?」
レオンが剣を持って部屋から飛び出してくる。
シエラも杖を持っている。
ガルドは盾を構えていた。
「外に敵がいる!」
クロエが言う。
「魔物か?」
「分からない!」
レオンが窓から外を見る。
「……人間だ」
「人間?」
私は驚いた。
宿の周囲。
黒いローブを着た人間たちが立っていた。
数は十人以上。
「なんで人間が……?」
シエラが呟く。
「しかも、あの紋章」
黒ローブの胸元。
そこには。
三本の線が入った円形の紋章。
「……!」
私は息を呑んだ。
それは。
母の短剣に刻まれているものと。
同じだった。
「この紋章……」
「ミア?」
クロエが振り返る。
「私の短剣と同じです」
「……本当?」
シエラが険しい顔になる。
「それなら、偶然じゃない」
レオンが剣を抜いた。
「ミアを狙ってるのか」
その時。
外から声が響いた。
「ミア・ルナベル!」
私は窓を見る。
「……私?」
「出てこい!」
「何の用ですか?」
レオンが慌てて止める。
「ミア、答えるな!」
「でも……」
「危険だ」
外の男が叫ぶ。
「お前が持つ『鍵』を渡せ!」
「鍵?」
私は首を傾げる。
「何のことですか?」
「惚けるな!」
黒ローブの男が手を上げる。
「――捕らえろ!」
一斉に宿へ向かってくる。
「来るぞ!」
レオンが叫んだ。
◇
戦いが始まった。
「はあっ!」
レオンが一人を斬り伏せる。
「そっちは任せて!」
クロエが素早く敵の背後へ回り込む。
「――風刃!」
シエラの魔法が敵を吹き飛ばす。
ガルドは盾で敵の攻撃を受け止める。
「ミアは俺の後ろに!」
「はい!」
私はガルドの後ろに隠れた。
すごい。
みんな強い。
私は何もできない。
そう思っていた。
その時。
一人の黒ローブが。
ガルドの横をすり抜けた。
「ミア・ルナベル!」
「!」
男が私に手を伸ばす。
「捕まえた!」
私は反射的に手を前へ出した。
「えいっ」
――ドンッ!!
「ぐああああっ!」
男が吹き飛んだ。
壁を三枚突き破り。
宿の外へ転がっていく。
「…………」
全員が止まった。
「……」
「……」
「……」
私は自分の手を見る。
「今の……」
クロエが呟く。
「またやったね」
「え?」
「押した?」
「はい」
「……」
レオンが額を押さえる。
「だから、それは『押した』ってレベルじゃないんだって……」
シエラが敵を見る。
「でも……」
シエラの顔が険しくなる。
「まだ終わってない」
倒れていた黒ローブの男が。
ゆっくり立ち上がった。
「……なるほど」
男が笑う。
「これが……『鍵』」
その瞬間。
男の身体から黒い魔力が溢れ出した。
「何だ……この魔力」
レオンが後ずさる。
男の身体が変化する。
腕が黒く染まり。
爪が伸びる。
「魔族化……?」
シエラが叫ぶ。
「人間が魔族になるなんて……!」
「グオオオオオオッ!」
男が巨大な怪物へ変わった。
「全員、下がれ!」
レオンが叫ぶ。
怪物が拳を振り下ろす。
――ドォン!!
床が砕ける。
「くっ!」
ガルドが盾で受け止める。
「重い……!」
クロエが背後から攻撃する。
「そこ!」
しかし。
刃が弾かれた。
「硬い!」
シエラが魔法を放つ。
「――氷槍!」
氷の槍が突き刺さる。
だが。
怪物は止まらない。
「まずい……」
レオンが構える。
「ミア!」
「はい!」
「逃げろ!」
「でも!」
「いいから!」
怪物が私へ向かってくる。
「ミア!」
クロエが叫ぶ。
私は。
怖かった。
昨日まで。
ただ薬草を採っていただけだった。
冒険者になったばかり。
戦い方も知らない。
魔法も使えない。
そんな私を。
みんなが守ってくれている。
「……嫌だ」
私は呟いた。
「私だけ逃げるのは嫌です」
母の言葉を思い出す。
『必ず生きて帰ってきて』
でも。
今は。
この人たちも。
私の仲間だ。
「みんなを守りたい」
私は。
一歩前へ出た。
「ミア!?」
レオンが叫ぶ。
怪物が拳を振り上げる。
「グオオオオオッ!」
私は。
両手を前に出した。
「……あっち行って!」
――――ズドォォォォン!!!
宿場町全体が揺れた。
巨大な衝撃波が走る。
怪物が。
夜空の彼方へ消えていく。
そして。
宿の壁に。
大きな穴が開いた。
「…………」
静寂。
私は呆然と立っていた。
「……倒しました?」
誰も答えない。
クロエが口を開く。
「……うん」
「やりました!」
私は笑った。
「みんな、無事です!」
レオンは。
何とも言えない顔をしていた。
「……ミア」
「はい?」
「お前……」
そこまで言って。
レオンは笑った。
「いや。今はいい」
「?」
「ありがとう」
「……!」
私は少し驚いた。
「はい!」
◇
その夜。
宿場町の外。
森の中。
銀髪の男が立っていた。
彼の足元には。
黒ローブの者たちが倒れている。
「……遅かったな」
銀髪の男が呟く。
その視線の先。
遠くの宿。
そこには。
一人の少女がいた。
「ミア……」
男は目を細める。
「やはり、お前は何も知らない」
そして。
小さく笑った。
「だが、それでいい」
男は背を向ける。
「今はまだ――」
その時。
男の背後から。
別の声が聞こえた。
「見つけたぞ」
「……!」
銀髪の男が振り返る。
そこに立っていたのは。
黒い鎧をまとった騎士。
その肩には。
王国騎士団の紋章。
「お前は何者だ?」
騎士が剣を抜く。
「その少女と何の関係がある?」
銀髪の男は答えない。
ただ。
一言だけ呟いた。
「……俺は」
月明かりが男の顔を照らす。
「アレン・ルナベルの――」
その瞬間。
騎士の目が見開かれた。
「……何?」
銀髪の男は。
闇の中へ消えていった。
「――弟だ」
残された騎士は。
しばらく動けなかった。
そして。
王都へ向けて。
緊急報告を送る。
『ミア・ルナベルを狙う謎の組織が出現』
『さらに、アレン・ルナベルの弟を名乗る男を確認』
『至急、王都へ報告を求む』
翌朝。
その報告書は。
王国の最高機密会議へ届けられることになる。
そして。
ミアたちはまだ知らない。
王都に着けば。
自分たちを待っているのが――
父親の秘密だけではないことを。




