第39話 最初の父親
「最初の……父親?」
私は。
男の言葉を繰り返した。
目の前の男は。
静かに笑っている。
銀色の髪。
赤い瞳。
白い服。
そして。
背中には巨大な黒い翼。
その姿を見た瞬間。
ルナが。
震える声で言った。
「……オルフェ」
男が。
微笑む。
「久しぶりだね」
「……」
ルナは。
何も言わない。
アレンも。
始原の王も。
険しい顔をしている。
「知ってるの?」
私が聞くと。
アレンが。
静かに答えた。
「知っている」
「俺たちが世界を作る前から」
「存在していた者だ」
「……」
始原の王が。
続ける。
「名前は」
「オルフェ・ノクティス」
「かつて」
「始原の王と並んで」
「世界の外側にいた存在だ」
オルフェは。
笑った。
「正確には」
「私は」
「彼よりも先にいた」
「……!」
◇
「どういうこと?」
私は。
頭が混乱してきた。
「お父さんが三人いるってこと?」
「違う!」
アレンが。
即座に否定した。
「俺は父親だ」
「俺もだ」
始原の王も。
否定しない。
ルナが。
頭を抱える。
「……どうしてこうなったの」
クロエが。
小声で言った。
「ミアのお父さん」
「増殖してない?」
「してないよ!」
私は。
思わず叫んだ。
でも。
オルフェは。
楽しそうに笑った。
「安心して」
「私は」
「父親と呼ばれる資格があるだけだ」
「……?」
「血の繋がりとは」
「少し違う」
私は。
首を傾げる。
「じゃあ」
「どういう意味?」
オルフェが。
私を見る。
「君が最初に生まれた時」
「私は」
「君を抱いた」
「……」
「君が初めて泣いた時」
「私は」
「君の声を聞いた」
「そして」
オルフェの表情が。
少しだけ柔らかくなる。
「君が初めて笑った時」
「私は」
「初めて」
「父親になりたいと思った」
◇
私は。
何も言えなかった。
ルナが。
静かに目を閉じる。
「オルフェ」
「あなたは」
「どうして今まで……」
「姿を見せなかったのか?」
「簡単だ」
オルフェは。
空を見る。
「私は」
「君を守れなかった」
「……」
「だから」
「遠くから」
「見ていた」
「ずっと」
「千年間」
アリシアが。
驚く。
「千年……」
「そんなに長く?」
「そう」
オルフェが。
頷く。
「君が」
「村で暮らしていた時も」
「初めて冒険者になった時も」
「森で黒牙狼王を吹き飛ばした時も」
「……」
私は。
目を逸らす。
「そこは見てたんだ……」
クロエが。
吹き出す。
「全部見られてたんだ」
「恥ずかしい……」
オルフェは。
少し笑った。
「だが」
「それ以上に」
「嬉しかった」
「君が」
「普通の女の子として」
「笑っていたから」
◇
私は。
少しだけ。
胸が温かくなった。
「じゃあ」
「私が村で暮らしていたことも」
「知ってたの?」
「もちろん」
「でも」
「どうして会いに来なかったの?」
オルフェは。
黙った。
「……」
そして。
「会えば」
「君の封印が壊れるからだ」
「……」
「君は」
「自分から」
「普通の女の子になることを選んだ」
「だから」
「私たちは」
「その選択を尊重した」
ルナが。
小さく頷く。
「そうね」
「それが」
「ミアの願いだった」
◇
私は。
ふと気づいた。
「じゃあ」
「お母さん」
「私が生まれた時」
「何があったの?」
ルナが。
黙り込む。
「……」
「教えて」
私は。
まっすぐ母を見る。
「今度こそ」
「ちゃんと知りたい」
ルナは。
しばらく考え。
静かに頷いた。
「分かったわ」
「あなたが生まれた場所へ」
「案内する」
「……!」
フィアが。
驚く。
「ルナ」
「本当に?」
「ええ」
「もう隠す理由はない」
◇
私たちは。
白都へ向かう予定を変更した。
向かう場所は。
さらに西。
地図に存在しない場所。
「ここ?」
私は。
何もない平原を見る。
「そう」
オルフェが。
答える。
「ここに」
「君は生まれた」
「……」
私は。
周囲を見渡した。
何もない。
建物もない。
森もない。
ただ。
白い大地。
「何もないよ?」
「まだ」
オルフェが。
手を上げる。
空間が。
ゆっくり裂けた。
その向こうに。
巨大な白い門が現れる。
「……!」
門には。
文字が刻まれている。
『始原の子――帰還』
私が近づくと。
門が。
勝手に開いた。
◇
中へ入った瞬間。
私は。
息を呑んだ。
「……ここ」
見覚えがある。
白い床。
白い壁。
星空のような天井。
そして。
中央に。
一つの小さな台座。
その上に。
赤ん坊を包むための布が置かれている。
「……」
私は。
無意識に。
そこへ近づいた。
「ここで」
ルナが。
静かに言う。
「あなたを見つけた」
「……誰が?」
「私と」
オルフェが。
答える。
「そして」
「始原の王」
「アレンも」
「最初は」
「まだ来ていなかった」
私は。
布に触れる。
その瞬間。
記憶が。
一気に流れ込んだ。
◇
白い世界。
何もない。
その中心に。
一つの光。
小さな光。
オルフェが。
その前に立っている。
「……これが」
「ミア?」
ルナが。
頷く。
「そう」
「この子が」
「世界の核?」
「違う」
ルナが。
首を横に振る。
「この子は」
「世界の核を持っているだけ」
「……?」
「この子そのものは」
「もっと古い」
オルフェが。
光に手を伸ばす。
「触れても?」
「ええ」
オルフェが。
光に触れる。
すると。
光が。
赤ん坊の姿になる。
「……!」
赤ん坊の私は。
泣いている。
オルフェが。
恐る恐る。
抱き上げる。
「……小さい」
ルナが。
笑う。
「当たり前でしょう」
「赤ちゃんなんだから」
オルフェは。
しばらく。
私を見つめていた。
そして。
小さく笑った。
「……かわいい」
その瞬間。
赤ん坊の私が。
泣き止んだ。
そして。
初めて。
笑った。
オルフェが。
目を見開く。
「……笑った」
「ええ」
「私に?」
「そうみたいね」
オルフェは。
赤ん坊の私を。
大切そうに抱きしめる。
「……守る」
「何があっても」
「この子を守る」
◇
記憶が。
途切れた。
「……」
私は。
目を開ける。
目の前に。
オルフェがいた。
「覚えている?」
「少しだけ」
「そうか」
「私」
私は。
胸に手を当てる。
「この場所で」
「生まれたんだよね?」
「違う」
オルフェが。
静かに答える。
「ここは」
「君が」
「初めてこの世界に来た場所だ」
「……!」
私は。
息を呑んだ。
「じゃあ」
「生まれた場所は?」
オルフェが。
答えない。
ルナも。
アレンも。
始原の王も。
全員。
黙っている。
「……?」
私が。
もう一度聞く。
「私が」
「本当に生まれた場所は?」
オルフェが。
ゆっくり。
空を見上げた。
「それは」
「この世界の外側だ」
「……」
「だが」
オルフェの目が。
赤く光る。
「そこへ行くには」
「一つだけ」
「必要なものがある」
「何?」
「君自身の」
「最初の記憶だ」
◇
その瞬間。
部屋の奥で。
何かが動いた。
「……?」
古い扉が。
ゆっくり開く。
中から。
黒い羽根が。
一枚。
落ちてきた。
ルナの顔が。
青ざめる。
「……これは」
「どうしたの?」
「この羽根は」
「私が」
「千年前に」
「捨てたもの」
「……?」
黒い羽根が。
床に触れた瞬間。
巨大な魔法陣が。
部屋いっぱいに広がった。
そして。
その中心に。
一人の少女が現れる。
黒い髪。
青い瞳。
小さな翼。
ノアと。
同じ顔。
でも。
ノアではない。
少女は。
私を見る。
「……ミア」
「あなたは……」
少女が。
泣きそうな顔で。
笑った。
「やっと」
「私を思い出してくれた」
そして。
少女の背後に。
一つの名前が浮かんだ。
『虚無の子――ノクス』
セレスが。
震える。
「……ノクス」
「知ってるの?」
「うん」
セレスは。
私を見る。
「この子は」
「虚無の王の」
「娘」
私は。
目を見開く。
「じゃあ……」
ノクスが。
静かに。
私へ手を伸ばした。
「違うよ」
「私は」
「虚無の王の娘じゃない」
「え?」
ノクスが。
笑う。
「私は」
「あなたの」
「最初の半身」
世界が。
再び。
大きく揺れた。
そして。
オルフェが。
初めて。
恐怖の表情を浮かべた。
「……まずい」
「何が?」
「ノクスが目覚めたということは――」
遠く。
世界の果てで。
巨大な黒い目が。
ゆっくり開いた。
「虚無の王も」
「完全に目を覚ます」




