第37話 最後の仲間、ノア
「……ノア」
その名前を口にした瞬間。
頭の奥が。
ズキン、と痛んだ。
「ミア!?」
レオンが。
すぐに駆け寄ってくる。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
私は。
額を押さえた。
「ちょっと頭が痛いだけ」
でも。
私は知っていた。
この痛みは。
ただの頭痛じゃない。
何かを。
思い出そうとしている。
◇
空に浮かぶ少女。
ノア。
黒い髪。
青い瞳。
小さな翼。
私と同じ顔。
けれど。
私よりもずっと悲しそうな目をしている。
「久しぶり」
ノアが言った。
「……」
私は。
どうしても。
目を逸らせなかった。
「本当に……」
「私たち」
「友達だったの?」
「うん」
ノアは笑う。
「一番最初の」
「友達」
セレスが。
静かに前へ出た。
「ノア」
「久しぶりね」
「セレス……」
ノアは。
少しだけ寂しそうに笑った。
「あなたは」
「ミアのそばに残ったんだね」
「そう」
「じゃあ」
ノアが。
私を見る。
「約束は」
「守れたんだ」
「約束?」
私は聞き返す。
ノアは。
答えなかった。
代わりに。
空から降りてくる。
そして。
私の目の前に立った。
「触っていい?」
「え?」
「久しぶりだから」
私は。
少し迷った。
でも。
なぜか。
怖くなかった。
「うん」
ノアが。
私の頬に触れる。
その瞬間。
「――っ!」
景色が変わった。
◇
白い世界。
私。
セレス。
ノア。
そして。
もう一人。
黒い翼を持った少女。
「四人……?」
私は。
驚いた。
少女たちは。
幼い私を囲んでいる。
「ミア!」
ノアが。
笑っている。
「今日は何する?」
「冒険!」
幼い私が。
元気よく答える。
セレスが笑う。
「また?」
「うん!」
黒い翼の少女も。
笑っている。
「じゃあ今日は」
「世界の外まで行ってみようよ」
「世界の外?」
幼い私が。
目を輝かせる。
「行きたい!」
四人で。
手を繋ぐ。
「絶対に離れない」
「うん!」
「約束!」
「約束!」
その記憶が。
突然。
真っ黒に染まった。
◇
「……今の」
私は。
目を開ける。
目の前に。
ノアがいる。
「思い出した?」
「少しだけ」
「そう」
「でも」
私は。
聞いた。
「もう一人は誰?」
ノアの表情が。
固まった。
セレスも。
何も言わない。
「ねえ」
「誰なの?」
しばらくして。
ノアが答える。
「……リナ」
「え?」
「あなたが知っているリナとは」
「少し違う」
「どういうこと?」
「あなたが今知っているリナは」
「分かれた後の姿」
「本当のリナは」
ノアが。
空を見る。
「私たちと一緒にいた」
「最初の仲間」
私は。
驚いた。
「じゃあ」
「リナも……」
「そう」
「昔は」
「私たちの仲間だった」
◇
その瞬間。
大地が揺れた。
「来るぞ!」
ガルドが。
叫ぶ。
空から。
大量の黒い翼が降りてくる。
魔物。
いや。
それだけではない。
人型の存在。
黒い鎧。
赤い瞳。
その数。
数千。
「虚無の軍勢……」
セレナが。
翼を広げる。
「ミア」
「分かってる」
私は。
前を見る。
「みんなを守る」
「そう言うと思った」
レオンが。
剣を構える。
「なら」
「俺たちはミアを守る」
「うん!」
◇
「行くぞ!」
レオンが。
最初に飛び出した。
剣が。
黒い鎧を切り裂く。
「シエラ!」
「はい!」
巨大な魔法陣。
炎が。
一気に広がる。
「クロエ!」
「任せて!」
クロエが。
敵の懐へ潜り込む。
ガルドが。
盾で敵を吹き飛ばす。
アリシアは。
王国騎士として。
正確に敵を倒していく。
セレナも。
黒い翼を広げ。
虚無の軍勢を押し返す。
「すごい……」
私は。
みんなを見る。
強い。
みんな。
ちゃんと戦っている。
「ミア」
ノアが。
私を見る。
「あなたは」
「何もしないの?」
「え?」
「みんなを助けたいんでしょ?」
「うん」
「なら」
ノアが。
笑う。
「あなたらしく」
「やればいい」
「私らしく……」
私は。
手を前へ出す。
「えい」
――ドンッ。
空気が。
消えた。
数千の敵が。
一瞬で。
彼方へ吹き飛んだ。
「……」
「……」
「……」
全員が。
固まる。
私は。
首を傾げた。
「ちょっと強く押しすぎた?」
クロエが。
叫ぶ。
「ちょっとどころじゃない!!」
シエラが。
頭を抱える。
「もはや魔法ですらない……」
ノアが。
笑った。
「ふふっ」
「やっぱり」
「ミアだ」
◇
しかし。
笑っていられたのは。
ほんの一瞬だった。
空の彼方。
黒い雲が。
ゆっくりと割れる。
そこから。
一人の男が。
歩いてくる。
黒い衣。
赤い瞳。
長い黒髪。
その姿を見た瞬間。
セレナが。
青ざめた。
「……虚無の王」
男が。
笑う。
「久しぶりだな」
「セレナ」
「……」
「そして」
虚無の王は。
私を見る。
「ミア」
私は。
無意識に。
一歩下がった。
「……」
「怖い?」
「分からない」
「そうか」
虚無の王は。
優しく笑った。
「ならば」
「思い出させてやろう」
手を。
ゆっくり上げる。
世界が。
黒く染まる。
「お前が」
「私を何と呼んでいたのか」
「……」
私の頭に。
また。
記憶が流れ込んできた。
白い世界。
幼い私。
黒い翼の少女。
セレス。
ノア。
そして。
虚無の王。
彼は。
私たちの前に座っていた。
まるで。
優しい父親のように。
「今日は何をしていた?」
「冒険!」
幼い私が。
笑う。
「そうか」
「じゃあ」
虚無の王も。
笑った。
「明日はどこへ行く?」
「世界の外!」
「危ないぞ」
「大丈夫!」
「そうか」
虚無の王が。
幼い私の頭を撫でる。
「なら」
「私も連れていけ」
「うん!」
私は。
目を見開いた。
「……嘘」
セレナが。
小さく呟く。
「ミア?」
私は。
虚無の王を見る。
「あなた……」
虚無の王が。
静かに笑う。
「思い出したか」
「……」
「お前は」
「千年前」
「私のことを」
「何と呼んでいた?」
私は。
震える唇で。
その言葉を口にした。
「……お父さん」
世界が。
静まり返った。
アレンが。
絶句する。
始原の王も。
目を見開く。
ルナは。
何も言えない。
虚無の王だけが。
静かに笑っていた。
「そうだ」
「私は」
「お前の父だった」
「……」
「だが」
虚無の王の笑顔が。
消える。
「お前は」
「私を殺した」
「……!」
頭の中で。
何かが。
弾けた。
血に染まった白い剣。
泣いている幼い私。
そして。
倒れている――
「……お父さん」
私は。
震える。
「私が……?」
虚無の王が。
答える。
「そう」
「お前は」
「私を殺した」
そして。
その背後から。
巨大な黒い門が。
ゆっくり開いた。
「だが」
「今度は」
「私が」
「お前を連れていく」
虚無の王の目が。
赤く輝く。
「世界ではなく」
「私を選べ」
私は。
拳を握る。
昔の私は。
世界を選んだ。
でも。
今の私は。
違う。
「……嫌」
虚無の王が。
笑う。
「ならば」
黒い門の奥から。
無数の黒い手が伸びてくる。
「もう一度」
「選ばせてやる」
私は。
仲間たちを見る。
そして。
静かに笑った。
「今度は」
「一人で選ばない」
レオンが。
私の隣に立つ。
「そうだ」
セレスも。
「私たちもいる」
ノアも。
「ずっと一緒」
セレナが。
黒い翼を広げる。
「私も」
アレンが。
剣を抜く。
「ミア」
始原の王も。
ゆっくり前へ出る。
「今度こそ」
「お前を守る」
ルナが。
微笑む。
「あなたは」
「もう一人じゃない」
私は。
前を向いた。
「うん」
「だから」
「今度は」
「誰も捨てない」
その瞬間。
私の胸の奥で。
何かが。
目を覚ました。
世界の核が。
白く輝く。
虚無の王が。
初めて。
驚いた顔をした。
「……まさか」
そして。
小さく呟く。
「それを」
「統合したのか」
私の目が。
一瞬だけ。
赤く光った。
次の瞬間。
空に。
新しい文字が浮かぶ。
『世界の核――完全統合』
その下に。
今まで存在しなかった。
新しい表示。
『虚無因子――接続』
そして。
最後に。
警告が現れた。
『警告――世界の核と虚無が同時に存在しています』
『現在の世界では――この状態を維持できません』
私は。
空を見上げた。
「……え?」
世界が。
大きく揺れ始める。
フィアが。
青ざめる。
「ミア……」
「どうしたの?」
「この世界が」
「あなたを拒絶し始めてる」
大地に。
巨大な亀裂が走った。
そして。
その亀裂の向こうから。
聞いたことのない声が響く。
『世界の核と虚無』
『その二つを持つ者よ』
『ここから先は――』
『世界そのものが、お前の敵になる』
私は。
仲間たちを見る。
そして。
ゆっくり。
剣を構えた。
――第二世界編。
本当の戦いが。
始まろうとしていた。




