第22話 女神と神族
静寂。
地下深くにある湖底の神殿。
その中央で。
ルナと神族の男が向かい合っていた。
男の六枚の翼が。
大きく広がる。
「始原の女神ルナ」
男は。
冷たい声で言った。
「お前がここにいるとはな」
「私も驚いているわ」
ルナが答える。
「あなたたちが、こんなに早く動くなんて」
「当然だ」
神族の男は。
私を見る。
「始原の娘が目覚めようとしている」
「だから殺すの?」
「違う」
男は。
淡々と答えた。
「世界を守るためだ」
「……」
私は。
思わず口を挟んだ。
「私が何をしたんですか?」
神族の男が。
私を見る。
「何もしていない」
「え?」
「お前はまだ何もしていない」
それなのに。
「だからこそ、危険なのだ」
男は剣を構えた。
「お前が何をするのか――誰にも分からない」
私は。
少しだけ悲しくなった。
「じゃあ……」
「私が何をするか、自分で決めることもできないんですか?」
「できない」
「どうして?」
「始原の力を持つ者に、自由な選択を与えることはできない」
その言葉に。
ルナの表情が変わった。
「……それは違うわ」
「何がだ」
「この子は――」
ルナが。
私の肩に手を置く。
「自分で選ぶために生まれたのよ」
「それが問題なのだ」
神族が答える。
「神々が最も恐れているのは――」
剣が。
白く輝く。
「始原の力そのものではない」
男の視線が。
私を射抜く。
「その力を持つ者が――何を選ぶかだ」
――シュンッ!
神族の姿が消えた。
「ミア!」
レオンが叫ぶ。
次の瞬間。
神族の男が。
私の目の前に現れた。
「――っ!」
白い剣が振り下ろされる。
でも。
――キィン!
ルナが。
片手で止めていた。
「……!」
剣と手がぶつかっている。
なのに。
ルナの手には傷一つない。
「この子には触れさせない」
ルナが。
静かに言った。
「相変わらずだな」
神族の男が。
剣を引く。
「お前は昔からそうだった」
「何が?」
「世界よりも――」
男がルナを見る。
「たった一人を選ぶ」
ルナは。
答えなかった。
代わりに。
右手を上げる。
――ズンッ!
神殿全体に。
巨大な魔法陣が広がった。
「下がって!」
レイヴェンが叫ぶ。
「全員、壁際へ!」
私たちは。
急いで下がる。
次の瞬間。
白い光と。
金色の光が。
激突した。
――ドォォォン!!
「きゃあ!」
クロエが吹き飛ばされる。
「クロエ!」
私は。
とっさに手を伸ばした。
――ピタッ。
クロエの身体が。
空中で止まった。
「……え?」
そして。
ゆっくりと。
地面に降りる。
「ミア……?」
クロエが。
呆然としている。
「今……」
「私……」
私は。
自分の手を見る。
「何をしたんでしょう?」
シエラが。
驚いた顔をしている。
「無意識に魔法を使った?」
「でも魔力は……」
シエラは。
言葉を失った。
「感じない」
「え?」
「何も」
シエラが私を見る。
「魔力を使った形跡がない」
「じゃあ、どうして……」
レイヴェンが。
小さく呟いた。
「魔法じゃない」
「……」
「それは――」
レイヴェンが。
私を見る。
「世界そのものへの干渉だ」
◇
神族とルナの戦いは。
さらに激しくなっていた。
白い光。
金色の光。
黒い影。
三つの力が。
神殿を揺らしている。
「ルナ!」
神族が叫ぶ。
「お前はもう神ではない!」
「知っているわ」
「ならばなぜ戦う!」
「母親だからよ」
ルナの手から。
巨大な光が放たれる。
神族が剣で受け止める。
「その子を守ることで、世界が滅びるかもしれない!」
「それでも」
ルナは。
一歩も退かない。
「私はこの子を守る」
「愚かな……!」
神族が。
剣を振るう。
ルナが避ける。
しかし。
その剣先が。
私たちの方へ向いた。
「危ない!」
レオンが叫ぶ。
私は。
また手を伸ばした。
「やめて!」
――ドンッ!!
空間が。
大きく歪んだ。
神族の剣が。
途中で止まる。
「……!」
神族の男が。
初めて驚いた顔をした。
「これは……」
剣が。
ゆっくり消えていく。
「何をした……?」
私は。
何も答えられない。
「私……」
自分でも。
何をしたのか分からない。
「ただ……」
私は。
みんなを見る。
「みんなを傷つけてほしくなかっただけ」
神族の男が。
私を見つめる。
「……そうか」
そして。
初めて。
恐怖の表情を浮かべた。
「これが……」
「始原の力……」
ルナが。
私を見る。
「ミア」
「はい」
「もういい」
「え?」
「あなたは力を使わなくていい」
「でも……」
「あなたはまだ知らなくていい」
ルナが。
私の前に立つ。
「この力が何なのか」
「そして――」
少しだけ。
寂しそうに笑った。
「なぜ私が、あなたからこの力を奪おうとしたのかも」
「……奪う?」
私は聞き返す。
でも。
その瞬間。
神族の男が。
大きく後ろへ飛んだ。
「今日はここまでだ」
「逃げるの?」
クロエが叫ぶ。
「違う」
神族は。
私を見る。
「報告するだけだ」
「誰に?」
「神々に」
翼を広げる。
「始原の娘は――」
男が。
最後に言った。
「完全な覚醒を始めた」
――バサッ!
六枚の翼が。
大きく羽ばたく。
白い光に包まれ。
神族は消えた。
◇
神族が消えた後。
神殿は。
静かになった。
「……終わった?」
クロエが呟く。
「一応な」
レオンが剣を下ろす。
でも。
ルナは。
じっと私を見ていた。
「ミア」
「はい」
「あなたに伝えなければならないことがある」
「……何ですか?」
「あなたが生まれた場所」
「はい」
「それは、この世界ではない」
「……え?」
私は。
目を見開く。
「どういうこと?」
「あなたは――」
ルナが。
一歩近づく。
「この世界の外から来たの」
「……」
頭が。
真っ白になる。
「そんな……」
私は。
首を振る。
「だって私は……」
村で生まれて。
母さんと父さんに育てられて。
普通の女の子として。
「私の記憶では――」
「その記憶も」
ルナが言う。
「一部は本物」
「一部?」
「ええ」
私は。
何も言えなくなる。
ルナは。
私の手を握った。
「だから」
「あなたのレベルが1なのも」
「魔力が測れないのも」
「スキルが存在しないのも」
「全部――」
ルナは。
静かに言った。
「あなたがこの世界の法則に、完全には属していないから」
――ドクン。
私の短剣が震えた。
目の前に。
新しい表示が現れる。
『世界法則との適合率――0.0000001%』
「……」
そして。
その下。
今まで見たことのない文字が。
ゆっくり浮かび上がる。
『本来の存在階位――測定不能』
私は。
その文字を見つめた。
「……測定不能?」
レイヴェンが。
目を見開く。
「まさか……」
「レイヴェンさん?」
彼は。
私ではなく。
短剣を見ていた。
「その表示……」
「知ってるんですか?」
レイヴェンは。
しばらく黙っていた。
そして。
ゆっくりと口を開く。
「千年前」
「アレンが一度だけ――」
レイヴェンの顔が。
青ざめる。
「同じ表示を見た」
「……誰の?」
レイヴェンが。
私を見る。
「お前の――」
その瞬間。
神殿の最奥から。
巨大な扉が開いた。
――ゴゴゴゴゴ……。
その奥に。
一人の男が立っていた。
黒い髪。
優しい目。
見覚えのある顔。
「……父さん?」
私が呟く。
男は。
ゆっくりとこちらを見た。
「ミア」
その声は。
確かに。
アレン・ルナベルだった。
「やっと……」
父さんは。
少しだけ笑った。
「ここまで来たか」
そして。
その後ろには。
無数の黒い鎖に拘束された。
一つの巨大な影があった。
赤い目が。
ゆっくりと開く。
「……虚無の王」
レイヴェンが。
震える声で呟いた。
父さんは。
私を見つめる。
「ミア」
「聞いてくれ」
「お前の母親が――」
一瞬。
言葉を止める。
「お前に力を封印した本当の理由を」
父さんの背後で。
虚無の王が。
笑った。
「――もうすぐ、教わる。」




