第21話 母と女神
――あれは、ルナだ。
レイヴェンの言葉が。
頭の中で何度も繰り返された。
「……母さんじゃない?」
私は。
目の前の女性を見る。
銀色の髪。
赤い瞳。
優しい笑顔。
声も。
顔も。
全部。
母さんと同じ。
「久しぶりね、ミア」
女性が笑う。
「……母さん」
私は。
一歩前へ進んだ。
「おい、ミア!」
レオンが止めようとする。
でも。
私は。
止まれなかった。
「母さん……だよね?」
女性は。
少しだけ首を傾げる。
「ええ」
「じゃあ……」
私は。
震える声で聞いた。
「どうしてレイヴェンさんは、ルナって呼んでるの?」
「……」
女性の笑顔が。
一瞬だけ消えた。
「なるほど」
女性は。
レイヴェンを見る。
「あなたがいたのね」
「……ルナ」
レイヴェンは。
警戒したまま剣を抜いている。
「なぜここにいる」
「それは私の台詞よ」
女性――ルナは。
静かに答えた。
「なぜミアをここへ連れてきたの?」
「俺が連れてきたわけじゃない」
「そう」
ルナは。
私を見る。
「ミア自身が来たのね」
「はい」
私は頷く。
「母さんを探していました」
「……」
ルナは。
悲しそうに微笑んだ。
「そう」
「会いたかったです」
「ええ」
「ずっと」
私は。
涙をこらえた。
「私……母さんが死んだと思ってました」
「……」
「でも、生きてるなら」
一歩。
近づく。
「どうして帰ってきてくれなかったんですか?」
ルナは。
答えなかった。
「どうして私を一人にしたんですか?」
静寂。
「私、ずっと……」
声が震える。
「母さんがいなくなった理由を考えてました」
ルナは。
ゆっくり目を閉じた。
「……ごめんなさい」
その声。
やっぱり。
母さんだった。
「でも」
ルナが目を開く。
「あなたを一人にしたことは、一度もないわ」
「……え?」
「ずっと見ていた」
「じゃあ……」
「あなたが村で暮らしていることも」
「冒険者になったことも」
「仲間を作ったことも」
ルナが微笑む。
「全部知っている」
私は。
涙を拭いた。
「だったら……」
「はい?」
「帰ってきてください」
ルナは。
少しだけ悲しそうに笑った。
「それはできないの」
「どうして?」
「私はもう――」
ルナが。
自分の胸に手を当てる。
「あなたのお母さんではないから」
「……」
私は。
言葉を失った。
◇
「どういう意味?」
シエラが尋ねる。
ルナは。
彼女を見る。
「あなたは賢い子ね」
「質問に答えてください」
「この身体は――」
ルナが。
自分の手を見る。
「私の器ではないの」
「器?」
「正確には」
ルナは。
自分の胸に手を置く。
「私の魂の一部を宿しているだけ」
「……!」
シエラが息を呑む。
「じゃあ、この人は……」
「ミアの母親ではある」
ルナは答えた。
「でも同時に――」
一瞬。
空気が変わる。
「始原の女神ルナでもある」
誰も。
言葉を発しなかった。
私は。
ゆっくり尋ねる。
「母さんと……女神様は」
「別人なの?」
「いいえ」
ルナは。
首を横に振った。
「同じよ」
「……?」
「あなたの母親マリアと」
「始原の女神ルナは――」
ルナは。
私を見つめた。
「同じ魂なの」
私は。
頭が混乱した。
「じゃあ……」
母さんの名前は。
「マリアっていうのは?」
「人間として生きるために選んだ名前」
「じゃあ、ルナは?」
「神としての名前」
「……」
全部が。
繋がっていく。
母さんが。
普通の人間ではなかったこと。
銀色の髪。
赤い瞳。
私の力。
そして。
千年前の記録。
「でも……」
私は聞いた。
「どうして母さんは千年前から生きているんですか?」
ルナは。
答えなかった。
代わりに。
レイヴェンが口を開いた。
「時間の流れが違う」
「え?」
「ルナにとって千年は――」
レイヴェンは。
苦しそうに言った。
「人間にとっての十年にも満たない」
「そんな……」
私は。
母さんを見る。
「じゃあ、母さんは……」
「人間ではない」
ルナが答える。
「そうね」
そして。
「だから私は」
ルナは。
悲しそうに笑った。
「あなたを普通の人間として育てたかった」
「……」
「神の娘としてではなく」
「ただの女の子として」
私は。
胸が熱くなった。
「だから、力を封印したの?」
「ええ」
「私の記憶も?」
「……ええ」
私は。
拳を握った。
「どうして!」
思わず。
声が大きくなる。
「私が知らないままなのが、そんなに大事だったんですか!?」
「ミア……」
「私は!」
涙が。
頬を伝う。
「ずっと自分が弱いと思ってました!」
「レベル1で」
「魔力もなくて」
「何もできなくて……」
私は。
泣きながら笑った。
「でも……」
「本当は違ったんですね」
ルナは。
何も言わない。
「どうして教えてくれなかったの?」
「……怖かったの」
「何が?」
「あなた自身が」
「……私?」
ルナは。
頷く。
「あなたの中には――」
その瞬間。
地下全体が。
激しく揺れた。
――ゴゴゴゴゴ!!
「何!?」
クロエが叫ぶ。
遠くから。
巨大な音が聞こえてくる。
「魔王軍か?」
レオンが剣を構える。
でも。
レイヴェンが。
首を横に振った。
「違う」
「じゃあ何だ?」
「もっと悪い」
レイヴェンが。
天井を見る。
「……神界が動いた」
「神界?」
アリシアが驚く。
「魔王が神々に連絡したんだろう」
レイヴェンは。
ルナを見る。
「そして――」
ルナの表情が。
初めて。
険しくなった。
「もう来たのね」
――ドォォォン!!
地下の天井が。
光に包まれた。
白い光。
黒い光。
その二つが。
ぶつかり合っている。
「何が起こってるの!?」
クロエが叫ぶ。
ルナは。
私の手を握った。
「ミア」
「はい」
「よく聞いて」
ルナの手が。
少し震えていた。
「これからあなたを――」
「神々が殺しに来る」
「……!」
私は。
息を呑んだ。
「どうして?」
ルナは。
私の目を見る。
「あなたが――」
一瞬。
言葉を止める。
「私の娘だから」
そして。
さらに。
恐ろしい言葉を続けた。
「そして――」
「あなたが」
「神々よりも上の存在だから」
――ドンッ!!
地下空間に。
巨大な光の柱が落ちた。
床が砕ける。
私たちの前に。
一人の男が降り立った。
白い鎧。
黄金の髪。
背中には。
六枚の翼。
その手には。
巨大な白い剣。
「……神族」
レイヴェンが呟く。
男は。
私を見た。
「発見した」
冷たい声。
「対象――ミア・ルナベル」
剣を構える。
「始原の娘」
「今ここで――」
男の翼が。
大きく開いた。
「消滅させる」
私は。
動けなかった。
でも。
ルナが。
私の前に立った。
「……させない」
その瞬間。
ルナの赤い瞳が。
金色に変わった。
空間そのものが。
震え始める。
「この子は――」
ルナが。
静かに言った。
「私の娘よ」
そして。
神族の男と。
始原の女神が。
向かい合った。




