第三次ソロモン海戦(前編)
1944年6月に120隻以上の輸送船と空母カサブランカ、リムカム・ベイ、アンツィオ、コレヒドール、ミッション・ベイ、ガダルカナル、マニラ・ベイ、他に32隻の駆逐艦、12隻の軽巡洋艦を擁する上陸船団がガダルカナル島に上陸すべく出航した。
しかし、日本軍はペルシャ方面に戦力を集中させていたため、基地航空隊と重巡を中核とした艦隊による迎撃を計画した。
まず、二式単戦がルンガ飛行場、ブーゲンビル飛行場、ラバウル飛行場から合計60機ほど発進した。
これを探知したアメリカ艦隊も100機以上のF8Fを発進した。
「敵機を探知、距離30kmだな。25kmで攻撃する。」
「本機と敵機との距離が25kmだ。攻撃を開始する。誘導弾発射。」
これら誘導弾はかなりの数がウィンドウにより無力化されたものの、60機を撃墜した。
二式単戦60機と40機のF8FとのWVR空戦が始まった。
しかし、ここでもIIR誘導式の二式空対空誘導弾改により二式単戦は終始優勢に立ち回った。
それでも旋回力に勝るF8Fの銃撃により、3機が撃墜された。
これら二式単戦は対艦兵装を装備していた。
「敵との距離50浬、誘導弾発射!」
1機から2発の三式空対艦誘導弾が発射された。
合計114発の対艦ミサイルは敵艦隊に向け飛翔していった。しかし、今回の米軍は一味違った。
米艦隊からテリアミサイルが発射された。
このテリアにより、67発の対艦ミサイルが撃墜されてしまった。
しかし、撃墜されなかったミサイルは駆逐艦12隻、巡洋艦3隻、空母アンツィオ、輸送船18隻を撃沈した。
さらに空母カサブランカが中破した。
ミサイル攻撃で与えられた被害は以上であった。
今後は重巡による攻撃にシフトすることになる。




