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なんで私が”艦政本部”に!?  作者: トムヤンクン
太平洋戦争(1)
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第111号艦の建造

私は、1934年からの大和型の設計には加わることが出来なかったため、大和・武蔵は史実通り大和型第一グループとして竣工した。


時をかなり戻して

私は、空母化された信濃の次、つまり第111号艦の設計から加わることとなった。


「大和型の垂直方向の防御はいくらか過剰な部分があります。ここは主砲の前面と舷側の装甲を10mmほど削り、大和型の欠陥とされた水中防御を改善すべきです。」


「あとは対空も強化すべきだ。舷側副砲は残しつつ防御は強化させる。あと高角砲は全て長十にすべきだ。」


また、これら議論された対策の他に九八式射撃盤改一のデジタル化も、行われた。


第111号艦は仮称だが紀伊と計画された。


戦艦紀伊

・全長 263m

・全幅 38.9m

・吃水 10.4m

・基準排水量 64000t

・機関 ロ号艦本式(小型高出力型)14基、艦本式タービン4基

・推進 4軸推進

・速力 27.5kt

・主要部装甲厚

舷側 400mm

主砲前面 640mm

・武装

94式40cm3連装砲(46cm砲)×3

3年式15.5cm3連装砲×4

97式65口径10cm連装高角砲×6

96式25mm3連装機銃×8

ボフォース40mm連装機銃×10

13.2mm連装機銃×2

・電探

22号電探改4×2

21号電探×2


本艦は工事の前倒しにより、1943年2月に就役予定となった。


また、正式に紀伊と命名された。


1943年1、2月中に豊後水道で訓練と公試を実施し、1943年3月2日に就役した。


そして、武蔵の後駒として、連合艦隊の旗艦に就任した。


1943年3月中旬には、トラック泊地に進出した。

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