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犠牲者の弁明


 昼の時間はとうに過ぎた。他にもたくさんスペースがあるにも関わらず、一人の男は当然のようにリンネの隣に腰かけたのだ。僕らの周りの空気は切り取られたみたいに静かになった。

 はす向かいの男の顔を眺める。

 鼻筋が通っており、整った顔立ちをしていた。短く茶色い髪をワックスで立たせ、黒いライダースジャケットを羽織った長身の男だった。いかにもチャラチャラした服装をしていたが、彼の持つ独特な雰囲気は僕に緊張感を与えた。

 嫌な予感が背中に汗をかかせる。

「よぉ」

 男が口を開いた。思ったよりも柔らかい声だった。

「今日はいい天気だな。空は青く晴れ渡って、心も踊る素晴らしい日だ」

 男が笑顔を張り付けたまま、口を開いた。与えられた台詞を読み上げるかのような抑揚のない声だった。


「久しぶりね」

 リンネは箸でつまんだうどんから目をそらさずにぼそりと呟いた。

「久しぶりだな。こうして会話をするのは一年ぶりくらいか。また会えて嬉しいぜ」

「私はちっとも嬉しくないわ。団三郎」

「そんな悲しいこというなよな。相変わらず口が悪いな。安心したぜ」

「あなたのことが嫌いとかそういう訳じゃなくて、単純に位置が補足されてるのが嫌なのよ。連れ戻しにきたのね?」

「引っ掻く猫にちょっかいを出す気はない。あとリンネの場所がわかったのは、俺の明晰な頭脳のおかげさ」

「あっそ」

 リンネは横目で男をちらりと見ると、特に気にした風もなくうどんをすすった。

 どうやら知り合いらしい。それはつまりリンネを連れ戻そうとしている連中の仲間ということだ。

「しかし。リンネ、いまからでも遅くはない。帰ってこい。なんでみすみす命を軽々になげうつかね。まったくもって理解できない感性だぜ」

「放っておいてちょうだい。あなたたちとはちがうのよ」

 男はわざとらしく肩をすくめると僕の方に視線をやった。

「あんちゃんはどう思う?」

「どう思うと言われましても。まず、あの、どちら様ですか?」

 スプーンを皿の縁において、僕は男を睨み付けた。

「ああ、これは失礼。はじめましてだったな。狸穴団三郎です。以後どうぞよろしく。それでキミは?」

「ねぇ、何しにきたの? 茶化しにきたのなら迷惑だから帰ってくれない? 今食事中だって見てわからないかしら」

 リンネが不機嫌そうに僕と団三郎の間に割って入った。

「俺だって、急な呼び出しを食らって迷惑してるんだ」

「それは悪いことしたわね」

「偉い人はリンネがいないと困るって言ってきかねーんだよ。ガキみたいにさ」

「いい気味だわ。勝手にやってなさい 」

「そうは言っても、正直俺はオススメしないぜ。帰ったところでリンネはひとりぼっちだろ」

「なによ。どういう意味?」

 言うな。

 声をあげそうになったが、僕はぐっとこらえた。

 リンネは自分が孤独ということを、知らない。

「……まさか、知らされてないのか?」

「だからなに? 意味がわからないわね」

 団三郎は無言になった僕の視線に気付いたのか、小さくため息をついた。

「いやさ、だって、冷凍睡眠に入って、もう何年も経ってるんだぜ? 故郷の環境も変わってるに決まってるじゃん」

 いけすかないやつだと思ったが、案外デリケートな思いやりが出来る男らしい。

 それは両親がリンネを捨てて海外にいることを精一杯オブラートに包んだ問いかけだった。

「変わっててもいいわ。また、私はあの星空がみたいのよ。都会の空で最期を迎えるのだけはしたくないし、一生を鳥かごで過ごすより空を飛びたいと思うのが心情じゃない?」

「俺はリンネに生きていてほしいと思うし、ヒサメだってそれはおんなじさ」

「ヒサメがどうかしたの?」

「いんや。どうにもなってないよ。相変わらず捜索班として東奔西走さ。ちゃらんぽらんにうろちょろしてるのは俺だけでね。残念なことに『肉吸い』のやつにはバレてたみたいだけど、君の頼れるパートナーがなんとかしてくれたみたいだし」

「え」

 肉吸い、というのはどうやらショッピングモールで僕に声をかけてきた奴のことらしい。ひどいあだ名だ。

「おたく強いみたいね。憧れちゃうな」

「たまたまですよ」

 僕の輕口に人懐っこい笑みを浮かべて、団三郎は微笑んだ。

「でもそろそろ危ないぞ。ヒサメが内部の人間に疑われ始めている。そうなると必然的に君らにたどり着くのも時間の問題だ。肉吸いには口止めしたが、言うこと聞くタイプじゃないしな、あれ。俺の予想だ連中は君らに追い付くぞ」

「……本当に?」

「未来は変わってきている。当然だが、そんなにうまくはいかないさ。人生も似たようなもんだけど」

 団三郎は誰の許可を取らないで、リンネのコップを掴み、口をつけた。

 特に気にした風もなくリンネは続けた。

「わかった。ありがとう団三郎。気を付けるわ」

 なんで、リンネはお礼を言ったのだろう。僕が疑問に思うと同時に団三郎は苦笑を浮かべてリンネの額を人差し指で軽く小突いた。

「むっ」

 不機嫌そうに唇を尖らせるリンネに団三郎は笑いながら続けた。

「違うぞ。リンネ、逆だ。未来が変わってきてるから、また未来を視ればいい、そういう風に考えたんだろうが、それは全くの検討違いだ」

「だって、それしか方法がないじゃない。そうしないと危険な目に合うし」

「俺らが何とかする。だから、リンネはこれ以上寿命を削るな」

「……」

 異形の力を使えば、体力が削られる。未来を視るという強大な能力の代償が寿命というのも頷ける話だ。

 リンネは未来を視るのに寿命を使う。だから、能力を使うな、と団三郎は言いに来たのだ。

「雑事は俺がなんとかする。だから、リンネ、家出が終わったらすぐに戻ってこい。その間は能力は絶対に使うな。使わなければ、間に合うはずだから」

「間にあったって、待ち受けるのが偽りの生なんて、私はゴメンだわ。ただ望むように生きて、綺麗なものと思い出だけをもって、そして、死にたいの」

「なんであろうと生きろ。醜くても生きろ。這いつくばってでも死ななければ勝ちだ。同じように今は無理でも必ず俺らがなんとかする。もっともっともっと綺麗な景色を見せてやる」

 団三郎は肺にたまった空気を吐き出すように大きく息をつき、僕を見た。

「なぁ。そうだろ?」

 精悍な顔立ちが歪み、すがるような目をしていた。当然僕の答えも決まっていた。

「僕も、その時は協力します」

「なっ」

 白い歯を見せて、団三郎は微笑んだ。

「……わかったわよ」

 少しだけ不機嫌そうに、それでいて嬉しそうに、ぶっきらぼうな口調でリンネは続けた。

「故郷に帰ったら、すぐに連絡する。それでいいでしょ?」

「おうよ」

「あーあ、せっかく自由になれたと思ったのに、これじゃ本当にただの家出じゃない」

「それでも、俺らは生きていてほしいんだよ」

「ふん。いいわよ。それで」

 リンネの声を聞いて彼は立ち上がった。

「帰る場所があるのはいいことさ」

「私は家に帰ろうとしてるの。間違っても研究所が帰る場所なんかじゃないわ」

「そうだな……」

「……なによ」

「いや、なんでもないさ。とりあえず焦りは禁物だ。ゆっくり食べて体力つけて出発しな。飛ばさなくていいから、焦らないで進めよ。後ろのことは俺がなんとかするから安心してくれ」

「ありがとう、ございます」

 気付けば僕はお礼を言っていた。団三郎は右手を軽く上げて、去っていった。




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