春。
寝そべった身体の上をそっと撫でていく様な、柔らかで、植物の湿気と匂いを含んだ風がゆっくり、吹いていた。
そよそよ。
早春の午前九時、垂直に空を見上げると太陽は視界に入らず、風に千切られた雲だけが、真上に行くほど青みを増す空に、コラージュのように白い色合いを加えていた。
― 空の色って、青で良かったなぁ。
いや、マジで。
黄色とかだったら色々しんどいんじゃない? 火星の大気は赤いらしいが、眼がチカチカしそうだ。我々ハ宇宙人ダ。はて、そう言えば、なにゆえ宇宙人の一人称は『我々』なのだろうか? 私ハ宇宙人ダ、と名乗るイメージはなかなか想像できない。うーむ。おれが宇宙に行く事になったら、「おれは地球人の新月真広です」とスッパリ言ってやろうではないか。アイアム・パイオニア。
誰もいない校舎の裏で、大の字に寝転がりながら、世の中で七番目くらいにどうでも良い事を考えていた。世の中の物語では、学校の屋上に寝そべるキャラクタは色々と哲学的な、もっと有意義な事や色事を考えているが、甘いぜ、おれはそんな風に行かないぜ、べいべー。
………。
そのまま掌を空に伸ばし、拳を作った。光がその部分だけ消え、影がおれの顔を覆う。
しばらく、そうして拳を眺めていた。
何も摑むことなどできなかった、この手を。
何度も、分かった気になっていた。
大切な人を失う度に、学んだと思っていた。力を持てば、努力をすれば、守りたい物を守れるし、自分を変えられるんだと思っていた。そうして、過ちを犯す度に、こんな過ちは繰り返すまい、みんなの命の分も、しっかり生きろ、と学んでいた……つもりだった。
息を吐きながら、拳を胸元に降ろす。
でも、本当の本当には、何も分かっていなかった。
おれは、おれ自身よりも守りたかった相手を、もう一人の自分、今の自分より大切な自分の片割れを、失ってしまった。
― さよなら、マヒロ ―
アイツの最期の言葉と笑顔は、おれの心から離れないで、思い出す度におれの心を、胸の奥を締めつける。焼き豚の網のように。
「カッコつけてんじゃねえよ……馬鹿野郎……」思わず、言葉が漏れる。二の腕を眼に押し付け、歯を食いしばる。
「バカはオメーだろ」その言葉と共に風が遮断され、少しだけ寒さを感じる。人影が寝そべったおれの頭の先に立っていた。
「あ……サラ」
太ももが見えるほど短めのプリーツスカートをはためかせ、腕組みをしたサラが、見上げたところに立っていた。おれの学校の、制服を着て。「編入手続き、もう終わったんだ?」
「ああ。おかげさんでね。時期が時期だから面倒かと思ってたけど、案外簡単だったよ。ていうかさ」
「ん?」
「その間、寝そべって何考えてたんだ? アンタ」
「あー……」軽く、頭を掻く。「言って、いい?」
「なんだよ」
「パンツ、見えてる」
鋭いトゥキックが頭蓋に突き刺さった。
「ってぇぇ! 蹴るなよ、乙女が人の頭を!」
しかも本気で。目が眩みそうなほどの頭の痛みに耐えかね、おれは身体を起こして立ち上がる。無造作すぎるショートヘアの女子が、頬を真っ赤に染めている。無駄に可愛い。
「アタシの下着見れたんだ、安いもんだろ」
「そんなに価値のあるもんかな?」
今度はみぞおちに見事なショートアッパーをぶち込まれた。「ぐぇっ」
「アンタ、次に言ったらぺんぎん堂の敷居を二度と跨がせないよ」
「言論の弾圧だ」
「へぇ?」獲物を狩る目で振りあげた拳を、それでも途中で降ろした。「まぁ、口先だけでも元気が出りゃ、上等だね。帰るよ、ぺんぎん堂に。わざわざアタシの用事に付き合ってくれた礼だ、美味いコーヒー、淹れたげるよ」そう言って、クルリと踵を返す。
「御相伴に預からせていただきます」
ありがとう、サラ。色々、気を使ってくれて。そして、ありがとうって口では言えなくて、ごめん。
「どうした? 行くよ」立ち止まったままのおれを振り返り、サラは促す。「ひょっとして、何かあるの?」
「いや」頭を振る。「無いよ。なにも。でも」
「でも?」
「女子高生が、猫柄のパンツは止めた方がいいんじゃないかな」
裏拳をいただきました。
猫柄のパンツ、もといサラは肩をいからせて先に立って歩いている。サラの髪が柔らかい風に吹かれて、なびく。時々、強めの風が吹くと臀部に猫柄が覗く。言ったら殴られるから言わないけど。風の中に、時折、暖かいものが混じっている。
「春、かぁ」
正門に続く中庭では、桜の蕾たちが、待ち焦がれたように膨らんでいた。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
全てが終わって、おれ達がぺんぎん堂に帰りついた時、珍しくCLOSEDの札が下げられた店のカウンターには、ヨシヤさんの手紙 ―遺言状― が、分厚い封筒の中に、したためられていた。
ヨシュアを止める為に、自分は命を落とすであろうこと。
その際、ぺんぎん堂の厨房はジュンさんかサラに譲ること。
ヨシュアが開いた闇の扉が、万が一、暴走した時の対処法。
それら必要な事の他に、ぺんぎんず全員に宛てた手紙が入っていた。受取人がいなくなった分の手紙は、コンビニでライターを買ってきて、カウンターの灰皿の上で燃やした。
おれへの手紙は、こんな感じだった。
― 前略。
よぉ、ぼぉず。生還、コングラッチュレーション。おめでとう。まぁ、お前さんは生きる力が強いから、きっとコイツを読んでくれてると俺は思ってる。おっと、悪い意味じゃねェぜ? 俺が言ってるのは、お前さんは命を大切に思う、生きる事を粗末にしない奴だってことだ。そいつは、お前さんのカゲの特異的な強さが証明してる。
自分を卑下して他人を羨み、それでも自分なりに必死こいて前を向いたお前さんなら、消えない痛みを引きずってでも生きていけるだろう。まぁ、お前さんが自分自身をどう思うかは、自分で決めるんだがな。宇宙船マヒロ号の船長は、お前さんだ。
脇道に逸れたか? まぁ勘弁してくれ。
スパッと言おう。お前さん、ぺんぎん堂の店長をやってくれ。会計だとか事務的な事は要に伝えてある。ぺんぎん堂は、全国に散らばってるぺんぎんずの本拠地、総本山みたいなもんだからな。誰かが屋台骨を支えてかなきゃならんのだが、お前さん以上の適任者がおらんのだ。若いのに面倒だなぁ、なぁんて思うかも知れんが、安心しろ、人間、一人で何かをするのはしんどいが、二人なら大抵の事は何とかなるもんだ。んだから、人は結婚すんだ。人生をやり過ごすには、仲間が欲しいってな。
まぁ、そんなわけでなぁ、頼みたいのよ。諸々の権利書とかは、この手紙に同封しておく。どうしても嫌だったら、生き残った誰かにそいつを渡しても構わねぇ。一度カゲ使いになって、もう一度カゲと関係のない生活に戻る、普通はできねぇが、お前さんにはその権利があると俺は思う。それだけの事を、お前さんはヨシュアと対峙してする事になるだろう。
願わくば、俺がかつてお前さんにしたように、カゲを持っちまった連中の、なるたけ良い方向への導き手になって欲しい(俺、なってたよな? わりぃ、ちぃと自信がねェ)。
さっきも書いたけどな、決めるのは、お前さんだ。お前さんの人生はまだまだ始まったばっかだ。それでも、何かを選べる状況なら、自分で選べ。な。それと、自分が選ばれたんなら、なるたけ応えて見せろ。な。
……あー、後な、お前さんに大切な事な。
疲れたら休め。頑張りすぎるな。
休む事、ネをあげる事、それだってキチンとした人生の一部だ。お前さんは、我慢が出来過ぎるところがある。だから、最後のアドバイス。
頼れ。
自分一人で何でもできると思うな。一人じゃできない時は、自分が信じた相手を信じろ。相手を信じれてない時は、自分を信じれてないってことだ。
ま、んなとこかな。
んじゃぁ、な。
いつかまた、会えると良いな。
― コーヒー愛好家、霧島義哉より、愛を込めて ―
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
新学年の始まりってのは、友だちと同じクラスになれるか、新しい集団に馴染めるか、ひょっとしたらいじめに遭うんじゃないかって、期待と興奮と不安とで頭がゴチャゴチャになって視界がいつもより狭くなるくらいだ。散り始めた桜の風景を愛でるゆとりもない。心の視野狭窄だね。うん。
しかもおれは今年から輝ける受験生 ―むろんダンゴ虫の様な鈍い輝きだ― になるので、色々と心配事は尽きない。「やってみなくちゃ何事も始まらない」なんて言葉もあるけど、その「やってみる」までがウルトラインポシッブルなんだって。人類が月に踏み出すより、ある意味では偉大な一歩なのだ。
てなことを思いながら、校舎の昇降口前の掲示板に大々的に張り出された新学年のクラス表を一組から順番に見つめ、自分の名前を探す。
すぐに、見つかる。
『三年三組・十一番・新月真広』
そして。
二十二番、春野桜空。二十三番、冬月拓斗。
そこに、いつも必ずあった、『日向秀人』の名前は、無い。
いや、どこのクラスにも、無い。
分かってた、事、だけど。胃が持ちあげられるような感覚に囚われる。
数名の友人が声をかけて来る。よっ、新月。また一緒だな。担任、シゲッチョだぜ、悪くないよな。受験かー、やべぇよなー。など。
女の子たちは、一緒のクラスな事に喜び、抱き合い、違うクラスに別れた子たちは涙ながらに言葉を交わしている。
そうして、みんな一様に、新しい集団の中に自分の居場所を一刻も早く確保すべく、足早に教室の方へと移動していく。
つむじ風が、陽に照らされた桜の花びらを宙に舞わせている。
おれは、掲示板の下に一人、立っている。
いるはずのない親友の名前を、影を、探し求め続けている。
ふいに後ろから、肩を叩かれる。
「サラ?」侠気溢れる女の子が、すっと横に並んだ。
「……おんなじクラスになれたんだ、よろしくな?」
「……うん」
「アタシ、頭の方はデキが悪いからさ……アンタと一緒で良かったよ。教えてよ、色々と」
「うん」
サラは諦めたように首を左右に振った。「やれやれだね。まぁ、一個、良いニュース、あるよ」
「うん?」
「五組の、前の方の番号、見てごらん」
「五組? 前の方?」少し、眼を細めてサラが指し示した列を見つめる。
『三年五組・七番・北方剛璽』
……ん?
んんんん?
二度見、三度見して、サラの方を見る。間抜けに開いた口が塞がらない。
「ど、同姓……同名さん?」いや、そんな生徒はウチの学校にいなかった。サラは、してやったり、と言う顔でニヤリと笑う。
「正真正銘、あのゴウジだよ」
「は?! どっ、なっ、え、ええええええ?!」
頭の中を小さい人が駆け廻っている。そして叫んでいる。理解不能な感情をばらまいて。『号外ッ! ごうがぁぁいっ!』
その時、校内スピーカーが珍妙な音を立て始めた。
― キィィィィン……。
マイクがオンになる時の高音が耳に刺さる。
「……あー、テス、テス。本日は晴天なり。本日は晴天なり。ニイタカヤマノボレ。トラトラトラ。よっしゃ、いくでぇ」
聞き覚えのある、というか一度聞いたら二度と忘れない、無駄に野太い声が聞こえた瞬間、おれは駆けだしていた。その後方で、サラはお腹を抱えて笑っていた。
「あー、春日高校の諸君。お初お目にかかる。いやまだ眼にしておらんか。うむ。天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ! 呼ばれて無くても俺から行く! 本日からこの高校に世話になる、男一匹、北方ゴウジたぁ、俺のこった! おうおぅおぅ、皆の衆、ぁ何卒ぉ、宜しくぅ、お頼み申すぅっ!」
息を切らせて放送室に辿り着いたおれが眼にしたのは、プロ野球日本一の監督を胴上げする選手達さながらの人だかりの中心で、数名の教師に取り囲まれた、学ランのボタンを全開にした男……『筋肉一筋』と、意味不明な四字熟語が明朝体でデカデカとプリントされた真っ赤なシャツを着た、汗臭くニンニク臭く男臭い、元気過ぎるゴウジの姿だった。
汗が、目に沁みた。
その後、何故か連帯責任を負わされたおれはゴウジと一緒に職員室で説教を喰らった。理不尽この上ない。
まぁ、良いか。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
「お前、どうやって生きてたんだ?」
始業式が終わり、周りが三々五々解散して人気が無くなった放課後。ぺんぎん堂の準備があると言って先に帰ったサラを見送ったおれとゴウジは二人並んで三年生の教室が並ぶ四階の廊下を歩いていた。
「カゲ、おれに渡しちゃったし、帰り道にお前の姿はなかった。っていうか、生きてたんなら連絡しろよ」
「いやぁ、ワシも予想してなかったんだがの、玄武の尻尾は蛇がおるんじゃ。お前に渡したのは陰鉄甲の部分、亀の方だけだったらしいわ。カゲ使いとしての力はほとんど失ったがの、こうして生きておった」
「小説か何かの設定にしたら、絶対ボツになりそうな話だな」
「事実は小説より奇なりってな!」
「褒めてはいないんですけどね」胸を張って即答したゴウジに半ば呆れつつ、頭の後ろを軽く掻く。
「ポジティヴに生きんと人生損すンぞ?」
「死にかけたお前に言われてもな」
「まぁ、そんなわけで、おんどれにカゲを渡した後、ワシはカゲの世界から弾き飛ばされて現実世界に倒れておった。んで、親切な人が救急車を呼んでくれてな、しばらく入院しとったが、ほれ、この通り! 無事回復して、マヒロを驚かそうと、こっそりこっちの学校に移ってきた、ちゅうことじゃ!」
「いや、もう……とりあえず良かったよ、この野郎」
確かにホップステップジャンプするほど驚きましたけどね。もう突っ込む気力もなかった。おれはただただ、この大切な馬鹿友だちが生きていてくれた事から、地面から身体が少し浮いてるような安堵に包まれていた。そうして、ぺんぎん堂に向かおうと廊下を歩いていた時だった。
「ふはははは!」
階段の曲がり角から、急に人影が飛びだし、意味不明の高笑いを上げた。
口から内臓が飛び出るほど驚いた。おれは調理されるイカか。今日は驚かされる事ばかりだぞ。自家製ビックリドッキリメカか。
「久方ぶりだな! 少年っ!」
クルンクルンと、全く美しくないフィギアスケートの如き動きをしながら人影は叫んだ。え、ちょっと待て、この男は。
「アンタ……!」
紛れもなく、幾度もおれに挑みかかってきた、時空を超えたKY変態金髪白タキシード男。逆転満塁サヨナラ場外ホームラン並みに長い肩書だ。「こんなところまで……!」ポケットのカゲに手を伸ばす。
「待ちたまえ。少年。君の怒りはむべなるところだが、私はもう、君と闘うつもりはない。ましてや無関係の人を傷つけ脅かす事など、以前から私はした事がないが、今後もしないと誓おう」
「はぁ?」いきなり現れては、何を言ってんだ、コイツ?
「もう私は、影法師ではない。人として生きる、と言う事だよ」
「はぁぁ?!」おれのこめかみに血管が浮かび上がりそうになった時、ゴウジが口をはさんだ。
「マヒロ、此奴……嘘は、ついとらんぞ」
「お前、んな、馬鹿な」
「どうやったんかは分からんが、確かに今の此奴からはカゲの気配を感じられん。敵意も何も感じん。探知機も反応せんじゃろ?」
「いや、でも、そんな」釈然としない、ていうか出来るわけないおれを尻目に、男は話しだした。
「ふっ……まぁ、そう言う事だ、少年。いや、新月真広君。今日の私は、新任教師として、君に挨拶に来たのだよ。お互い知らぬ仲ではないわけなのだからな!」
「……しんにん?」
「きょうし」
思っていた事の遥か斜め上空をスカイダイビングした言葉に、おれとゴウジは意図せず顔を見合わせた。
あ、鼻毛出てるよゴウジ。
「少年。私は君に教えられたのだ。『しっかり生きろ』とな。全くを持ってその通りだ。命のやりとりをした相手とでも、生きている証……すなわち愛! 愛を育む事ができるのだと、私は証明したいっ! だから私は、もはや昂る感情を抑える事をしないっ! 君に少しでも近づくべく、住居も移転し、人間として、一教師として、愛する君と接する事を決めたのだ!」
動機が不純すぎる。そしてキモい。むしろ怖い。だが男はダークヒーローっぽく両手を宙空に浮かべて高笑いした。
「ふはは! 斯様なわけだ、少年。明日からはよろしくな! 春日高校新任教師、最上天子としてな! 担当教科は英語だ……真摯に、情熱的に君を受け持たせていただく! はっはっは! ではさらばだ! 楽しみだな! 実にな!」
そう言うと、あんぐりと口を開けているおれ達にクルリと踵を返し、スタスタ歩きだしてしまった。数えきれないほどのクエスチョンマークを頭に浮かべたおれは、それでもようやく疑問を一つだけ口にした。
「アンタ、どうやって……カゲを切り離したんだ? そんなことが、出来るものなのか? 出来るとしたら、どうやって、だ?」
男は背中越しに、指をスナッピーに振って答えた。
「私の愛は、全てを超越するのさ」
聞くだけ無駄だった。
おれの脳内CPUの許容量を超え続ける事態の連続に脱力しつつも、校門をくぐり、ぺんぎん堂へ向かう河原の土手を歩いた。肩をいからせたゴウジが、ノシノシとおれの前を歩く。暖かい日差しの中、川面が運ぶ風は少し冷たい。
「ごめんな、ゴウジ」
不意に、言葉が漏れた。
「あ?」ゴウジは立ち止まり、おれと正対した。
「おれは、おれはさ、結局、みんなから力を、命を託されたのに……何も……何もできなかった」
ベシ。
ゴウジの分厚い手が、俯いていたおれの肩を摑んだ。そして、真一文字の唇を開いた。「アホ。誇れ」
「え」
「お前は、望んでないのに他人の人生を託された。自分に期待していないお前に、みんなが託した。正直に言う。俺は、マヒロを初めて見た時、とんだ軟弱モンが来たと思った。だが、お前は、カイや俺達の期待に応えようと必死になった。全力を尽くした。まぁ、上手く立ち回ったとは言えん。お前の親友の方が向いてたかも知れん。だが、お前は与えられた状況がいかなるものでも、全力で臨んだ」そして、少し小声で言った。「普通は、どこかで逃げちょるよ」
「ゴウジ……」
「結果は、いつだって偶然じゃ。必然なんてのは人が描いたものの中にだけ、存在するけぇ。現実は、偶然がもたらす。努力したら報われるかどうかは時の運よ。だが、お前は全力を尽くし、誰よりも雄々しく戦った」
「それは、ぺんぎんずのみんなの姿を見れば、そんなの当たり前っていうか」
「かも知れん。だがな、当たり前を実践できる人間が、世の中にどれほどおる? お前は本当に、本当によくやってるわ。だから、誇れ。そして、胸を張れ」
そう言うと、また歩き出した。おれは、陽の色が混じって白くなった空を見上げた。
今日は、やたら景色がにじんで見える……。
あれっ、と思って視界を前に戻すと、ゴウジの姿は消えていた。「え?」
ぶぅぅん、と携帯がなったので開いてみると『先に行くで 漢・剛璽』というメールが来ていた。えっ、なんだよ、急に……。友情賛歌バンザイ、って感じだったじゃないか……。チョッ、と軽く舌を鳴らして歩いていくと、まだ満開の桜の樹の下に寄りかかる様にして、彼女が立っていた。
紺のブラウスの制服を着た、細い体つきの、肌の白い女の子。
だけれども、いつも顔を隠していた深い紺色の髪が、今日は右側に上げられて、小さなビーズ飾りの付いたヘアピンで留められている。だから、彼女の灰色がかった青い瞳が、はっきりと見えた。おれは駆けだす。
「要。待ってて、くれたの?」
「……うん……私の学校……始業式、早く終わった……から」俯きながら、何度もおれの方に視線をあげながら、彼女は話す。
「髪型、変えたんだね」
「あ……う、うん……へ、変……じゃ、ない、かな……?」
「全然だし、おれは、そっちの方が好きだよ」
頭上の桜と同じように頬を桜色に染めた彼女は、そっと、おれの横に並んだ。彼女の手にそっと触れて、それから握る。握り返される。手を繋ぐ。
そうして、桜が舞い散る中を、二人で歩いていく。
これから、どんな事が待ち受けているのか、おれには分からない。
きっと、予想外の事がたくさん、待ってるんだろう。
おれが生きて行く道は、普通の人の歩いた道からは逸れた、そう、きっとケモノ道だと思う。
当たり前じゃない事を、当たり前として受け入れて、生きて行こうと思う。
そして、ケモノ道を渡りきる事が出来たら、知らせに行くよ。今度は胸を張って。
だから、さ。
待っててくれるよな……シュート。
― いつか、遠い未来、また会おう ―
そうして、おれはもう一度、走り出した ―




