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婚約破棄された落ちこぼれ聖女は、キス逃げした好きな人を追いかけます!絶対に離しません!  作者: *ほたる*


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9/13

9話 眠れない夜

「ふうん」


 少女は一歩近づく。


「使用人たちが騒いでいたから、何事かと思ったら。本当に帰って来れたのね」


 アーリアを見下ろす。


「予想外だったわ」


「フィリアナ」


 アーリアは小さく眉を下げた。

 だが、フィリアナは気にした様子もない。


「でも安心したわ」


 フィリアナの口元が綻ぶ。


「それと、殿下のことなら心配しなくてよろしくてよ。

 最近、とても仲良くさせていただいてるの。

 お姉様は、家でゆっくり過ごせばいいんじゃない?」


 ショウハが目を瞬いた。


「殿下?」


 フィリアナが彼を見る。


「あら、聞いてませんの?

 お姉様、王太子殿下の婚約者だったんですのよ」


 アーリアの肩がわずかに揺れた。

 ショウハがアーリアを見る。

 アーリアは視線を落とした。


「……元、ですけど」


「今は違いますものね」


 フィリアナはあっさりと言った。


「では失礼しますわ」


 ドレスの裾を摘まみ、優雅に一礼する。

 そして、そのまま階段を上っていった。


 沈黙が落ちる。


「王太子の婚約者だったのか」


 ショウハがぽつりと呟いた。

 アーリアは唇をきゅっと結ぶ。


 ――だから、言いたくなかったのに。


「でも、ほんと嫌な感じの子ねぇ」


 ルルがむすっと頬を膨らませる。

 アーリアは苦笑した。


「悪い子じゃないのよ」


「えぇ?」


 ルルはますます納得できない顔になる。

 アーリアはショウハへ視線を向けた。


「とりあえず客室へ向かいましょう。

 もうすぐ夕食ですし、私もご一緒します」


「家族と食べるんじゃないのか?」


 アーリアは少しだけ黙った。


「今日は客室へ運ばせます。

 ショウハさんはお客様ですから」


「いいのか?」


「はい。恩人を一人にするわけにはいきませんから」


 そう言って歩き出す。

 ショウハはその背中を見た。


 王太子の元婚約者。

 まさか、そんな相手だったとは。


「……すげぇな」


 ショウハは呟き、彼女の後を追った。



 客室へ戻ると、夕食は既に用意されていた。

 窓際のテーブルには、豪華な料理が並んでいる。


「うわ……これ、二人分だよな?」


「はい」


 アーリアが頷く。


「どうぞ」


 ショウハは落ち着かない気持ちのまま席に着いた。


 ***


 夕食は穏やかに進んだ。

 やがて食後の紅茶が運ばれてくる。


「この紅茶、美味しいですよ」


「へぇ」


 ショウハはカップを持ち上げる。


 薄い。

 驚くほど薄い。


「割れそう……」


「? 何か言いました?」


「いや、なんでもない」


 高そうな皿。

 高そうな椅子。


 そして何より。

 侍女が普通に出入りしている。


 ドアも開いたままだ。


 食事が終わった後も、何度か人が出入りした。

 客室なのに全然落ち着かない。


「……アーリアさ」


「はい?」


 ショウハは少し考える。

 そして口を開いた。


「この環境で、よく頑張ってたな」


「え?」


 思わず顔を上げる。


「普通にすごいと思う」


 ぽん。

 頭に手が乗った。


「……!」


 アーリアは固まった。

 何を言われたのか、一瞬分からなかった。


「な、な……何するんですか!」


「え?」


 ショウハが瞬く。


「いや、褒めただけだけど」


「だからって頭を撫でないでください!」


「なんで?」


 まったく分かっていない顔だった。


「もう!」


 アーリアは真っ赤なまま目を逸らす。

 ショウハはふっと笑った。


「おやすみ」


 それだけ言って立ち上がる。

 アーリアはしばらく動けなかった。


「……アーリア?」


 不思議そうな声に、はっと我に返る。


「な、何でもありません!」


 慌てて立ち上がる。


「おやすみなさい!」


 そう言って客室を飛び出した。


 自室へ戻り、扉を閉める。

 そのまま背中を預けた。


「……」


 そっと頭に触れる。

 まだ熱い気がした。


『普通にすごいと思う』


 言葉が蘇る。

 胸の奥が落ち着かない。


 こんなの――

 初めてだった。


 ***


 一方その頃。

 客室では、ショウハがベッドへ腰を下ろしていた。


「何だったんだ?」


 さっきのアーリアを思い出す。


 急に顔を赤くして、

 急に逃げていった。


「……わかんねぇ」


 小さく呟く。

 そのままベッドへ倒れ込んだ。



 夜明け前。

 ショウハは静かに立ち上がった。


 アーリアをこの家に残すのは気になる。


 父親。

 母親。

 妹。

 誰も彼女を見ていない気がした。


 だが、自分にできることなんてない。

 責任も取れない。


 アーリアは子供じゃない。

 命の危険があるわけでもない。

 帰る場所もある。

 これ以上、踏み込む理由はなかった。


「……行くか」


 ***


 眠れなかった。

 何度目かの寝返りを打つ。

 その時だった。

 かすかな物音につられるように、アーリアは身を起こす。


「……?」


 窓の外へ目を向けた。

 門へ向かう人影。

 見覚えのある背中。


「……!」


 どくん。

 心臓が大きく跳ねる。


 慌てて上着を掴み、肩へ引っ掛ける。

 部屋を飛び出す。


 廊下を駆け、階段を下りる。

 息が上がる。

 それでも止まれなかった。


 玄関を飛び出す。


「ショウハさん!」

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