8話 それで十分だ
ショウハがきょとんとした。
「俺も?」
「はい」
ショウハは首を傾げながら立ち上がる。
綺麗になった上着を羽織り、侍女の後について廊下へ出た。
改めて見ると、広い屋敷だった。
磨かれた床。
高い天井。
歩くだけで落ち着かない。
「どんな人なんだろうな……」
呟いた、その時だった。
廊下の向こうから、見覚えのある姿が歩いてくる。
「……あ」
ショウハは立ち止まった。
アーリアだった。
森で着ていた簡素な服とは違う。
淡い緑色のドレス。
整えられた金髪。
まるで別人だった。
ショウハは目を見開いた。
「本当にお嬢様だったんだな」
アーリアの肩が揺れる。
「……そうですね」
少しだけ、胸が痛んだ。
ショウハの言葉に悪意はない。
分かっている。
それでも。
急に遠くなってしまった気がした。
「……?」
ショウハは不思議そうな顔をした。
「旦那様がお待ちです」
侍女に促され、二人は並んで廊下を歩き出した。
その時、前方の扉が開く。
現れたのは、一人の女性だった。
アーリアの足が止まる。
「……お母様」
母は一度だけアーリアを見た。
「……ただいま戻りました」
アーリアは頭を下げた。
母は何も言わない。
やがて、その目が隣へ向く。
「そちらは?」
アーリアは目を伏せた。
「森で助けてくださった恩人です。ショウハさんといいます」
母はショウハの服装を一瞥した。
旅装。
刀。
日に焼けた肌。
……貴族ではない。
それを確かめるように、彼の姿を眺めた。
「そう」
母はそれだけ言った。
礼も。
労いも。
何もなかった。
そのまま踵を返す。
「……」
ショウハは母の背中を見送った。
思わずアーリアを見る。
「どうしました?」
アーリアが首を傾げる。
「いや……帰ってきた娘に対して、ずいぶんあっさりしてるんだなと思って」
「そうですか?」
「そうだろ」
ショウハは即答した。
「貴族ですし。こういうものなんじゃないでしょうか」
その言葉に、ショウハは何も言えなかった。
やがて執務室へたどり着いた。
重厚な扉の前で、侍女が頭を下げる。
「旦那様。アーリア様とショウハ様をお連れしました」
中から低い声が返る。
「入れ」
アーリアの指先に力が入った。
執務室の扉が開く。
父は机に向かっていた。
書類から顔を上げない。
アーリアはぐっと息を吸った。
「……ただいま戻りました」
続けて、隣のショウハを紹介する。
「こちらはショウハさんと言います。森で助けていただきました」
父は初めて顔を上げた。
一瞬だけ、ショウハへ目が向く。
「そうか」
一拍。
「娘を送っていただき感謝する。帰って来られたのなら、約束は果たされたということだ」
父はアーリアを見る。
「それで十分だ」
再び書類へ目を落とした。
それが会話の終わりだった。
アーリアは息を吐いた。
期待されていないことくらい、昔から知っていた。
「……失礼します」
一礼し、ショウハと共に部屋を出た。
扉が閉まる。
「……」
ショウハは眉を寄せた。
「なんか息苦しい家ねぇ」
ルルがぼそりと呟いた。
アーリアは苦笑する。
「ルル」
「だって本当じゃない」
ルルは頬を膨らませた。
アーリアは何も言わなかった。
しばらく廊下を歩く。
やがて中央階段が見えてきた。
「あら」
女の声が響いた。
アーリアの足が止まる。
階段の途中に、一人の少女が立っていた。
照明を受けた金髪が揺れる。
赤い瞳が細められた。
「お姉様」




