6話 帰る場所
森を抜ける。
視界が大きく開けた。
緩やかな丘の先。
遠くに巨大な城壁が見える。
その向こうには白い王城がそびえていた。
「すごいな」
ショウハが素直に呟く。
「王都ですから」
アーリアは答えた。
だが、その声は少し硬い。
気づけば指先に力が入っていた。
ルルがふわりと肩へ降りる。
「アーリア?」
「……何?」
「大丈夫?」
「大丈夫よ」
「全然大丈夫じゃなさそう!」
ショウハが振り返る。
「何が?」
「え?」
「な、何でもありません」
「そう?」
ショウハは首を傾げた。
しばらくアーリアを見たあと、
「ならいいけど」
そう言って再び王都へ視線を向けた。
「初めて、なんですよね?」
「ん?」
「王都です」
「ああ」
ショウハは遠くの城壁を見上げる。
「ここの王都は初めてだな」
一拍。
「まさか森を抜けた先に、あんなでかい街があるとは思わなかった」
アーリアは目を瞬いた。
そういえば。
婚約破棄の話はした。
家の話もした。
でも――
自分が王太子の婚約者だったことまでは話していない。
……話した方がいいんだろうか。
「あの……」
「ん?」
ショウハが目を向ける。
まっすぐな黒い瞳。
「……何でもありません」
思わず視線を逸らした。
なぜか、今は話す気になれなかった。
しばらく二人は並んで歩く。
王都は少しずつ大きくなっていった。
高い城壁。
白く輝く王城。
行き交う馬車。
見慣れたはずの景色なのに。
胸の奥が、少しだけ重い。
やがて王都の外門が見えてきた。
門番が顔を上げる。
「――っ」
一瞬だけ目を見開いた。
「……アーリア様」
ショウハは何も言わなかった。
ただ、アーリアを見る。
アーリアは小さく頷いた。
「ごきげんよう」
自然と背筋が伸びる。
門番はわずかに言葉を詰まらせた。
だが、すぐに姿勢を正す。
「どうぞ」
門が開く。
アーリアはそのまま足を進めた。
ショウハも後に続く。
門をくぐった瞬間だった。
「あれ……」
「アーリア様?」
通りを歩いていた女性が立ち止まる。
その隣の男も目を見開いた。
ひそひそと声が広がる。
アーリアは前だけを見た。
聞こえないふりをするように。
ショウハは周囲を見回した。
「……アーリア」
「はい」
「思ったより有名人なんだな」
アーリアは少しだけ黙る。
「少し前までは、そうだったかもしれません」
その答えに、
ショウハは何も聞かなかった。
しばらく二人は王都を歩く。
通りには人が行き交い、店先には様々な商品が並んでいた。
「へぇ。魔道具専門店か。そんな店もあるんだな」
アーリアは目を瞬いた。
「読めるんですね」
「ん?」
ショウハは近くの看板へ視線を向けた。
「読めるな」
「でも、ここはショウハさんの世界じゃないんですよね?」
「いつもそうなんだよ」
頭をかく。
「言葉も文字も勝手に分かる」
「そんなことが……」
「俺も最初は驚いた」
「すごいわねぇ」
ルルがくるりと宙を回る。
「便利そう!」
アーリアが苦笑した。
その時だった。
「あ!」
ルルがぴたりと止まる。
「アーリアと似た魔力の気配!」
「え?」
「近いわ!」
ルルが前方を指差した。
「たぶん、あっち!」
アーリアが顔を上げる。
「……そうね。もう少しで着くわ」
その声に、ショウハもその先を見た。
一本通りの向こう。
ひときわ大きな館が見えた。
「でか……」
ショウハが呟く。
「もしかして、あれがアーリアの家か?」
「……はい」
アーリアは頷いた。
二人はそのまま館へ向かった。
門の前まで来る。
高い鉄門。
門番が顔を上げる。
そして、目を見開いた。
視線が、泥の付いた裾へ落ちる。
乱れた髪。
擦り傷。
旅の跡が残る姿。
「お嬢様……」
思わず声が漏れる。
アーリアは小さく頷いた。
「門を開けてちょうだい」
「……はっ!」
門番は慌てて姿勢を正した。
重い鉄門がゆっくりと開く。
アーリアは一歩踏み出した。
帰ってきたのだ。
もう逃げることはできない。
背後に感じるショウハの気配が、
不思議と心強かった。




