14話 旅人の朝
翌朝。
目を開けると、窓の外はまだ薄暗かった。
しばらくぼんやりと天井を見つめる。
不思議だった。
知らない場所のはずなのに、昨夜は不安を感じなかった。
身支度を整え、部屋を出る。
一階へ降りると、食堂にはまだ数人しかいなかった。
「おはよ」
窓際の席で、ショウハが手を上げた。
アーリアは思わず目を見開く。
「おはようございます」
近づきながら尋ねた。
「もう起きてたんですか?」
「まぁ、いつもこんなもん」
ショウハは肩をすくめる。
木のコップを口元へ運んだ。
アーリアは向かいへ腰を下ろす。
窓の外では、朝日が少しずつ街道を照らし始めていた。
「よく眠れたか?」
「はい」
素直に頷く。
「ショウハさんは?」
「寝た」
返ってきた答えに、アーリアは思わず笑った。
「そういう意味ではありません」
「分かってる」
ショウハも笑う。
「二人とも早いわねぇ」
アーリアの肩のあたりを飛んでいたルルが元気よく声を上げた。
アーリアはルルに目を向けた。
ショウハには見えていない。
だが、アーリアの様子を見て察したらしい。
「ルルか?」
「はい」
「相変わらず元気そうか?」
「元気よ!」
ルルが胸を張る。
「元気みたいですよ」
「そうか」
ショウハはふっと笑った。
やがて朝食が運ばれてくる。
焼きたてのパンと温かなスープ。
旅人たちも少しずつ増え始めていた。
「今日はどちらへ向かうんですか?」
「んー、まず次の町かな」
「リースの町ですか?」
「ん?」
「王都の東街道沿いにある商業都市です」
「へぇ。知ってるのか?」
ショウハが感心したように頷く。
「地理は学びましたので」
「じゃあ俺より詳しいな」
ショウハが茶を一口含む。
「……そういえば」
「はい?」
「あの王都、なんて名前なんだ?」
アーリアは思わず固まった。
「今更ですか?」
「必要なかったし」
「アルシア王国の王都アストレアです」
「へぇ。ちなみに聖女ってそんなに珍しいのか?」
「この国には一人です」
「一人?」
「代々、ルヴァニー家から輩出されています」
「マジか。お前の家だよな?」
「はい」
「じゃあ、結構すごい家なんだな」
アーリアは曖昧に笑う。
「聖女って何ができるんだ?」
「重傷者を治癒できます」
「重傷?」
「神官も治癒魔法は使えます。でも、命に関わるような重傷を治せるのは聖女だけです」
「……それ、普通にすごくないか?」
アーリアはそっと視線を落とした。
「……私は、できませんでしたけど」
ぽつりと漏れる。
一瞬の沈黙。
ショウハはあっさりと言った。
「でも、お前頑張ってたんだろ?」
「え?」
「そんな家に生まれて、ずっと期待されてたんだろ?十分すごいと思うけど」
アーリアは言葉を失った。
頬が少し熱くなる。
「ショ、ショウハさんだってすごいじゃないですか」
「俺?」
「あれだけ魔物を倒して……」
一拍。
「私にはよく分かりませんが、普通の人にはできないと思います」
「そんなことないだろ。慣れだよ」
「慣れ?」
「何回も戦ってれば分かる。
どこを狙えばいいか、とか」
まるで当たり前のように言う。
……そういうものだろうか。
アーリアはしばらくショウハを見つめた。
今まで護衛の騎士たちを見たことはある。
だが、そんな話は聞いたことがなかった。
「アーリア?」
「……なんでもありません」
アーリアはスープを一口含む。
窓の外では、子供たちの笑い声が響いていた。
朝食も終わりに近づいた頃だった。
「馬車が拾えたら楽なんだけど」
ショウハが呟いた。
「拾う?」
「乗せてもらう」
アーリアは目を丸くした。
また知らないことが増えた。
旅というのは、思っていたよりずっと自由らしい。




